第四部「罪の残響」第1話 (修正版)
見つけなさい
私は
あなたを待っています
☆
それでも少しだけ、黒くストレートな髪質の
肩にかかるくらいの長さ。時々覗く首筋が好きだった。
しかし
だからというわけではないが、今日の
──……付き合い始めのカップルじゃないんだから…………
そう思いながらも、
「いつ帰るの?」
珍しく平日のランチタイムを二人で楽しみ、特別目的があるでもなく街中をブラブラとしながら
すでに二週間ほどの間、
「んー…………どうしよっかな……」
そう応えた
「私もだけど、
「そういうわけじゃないんだけど…………正直に言っていい? なんかちょっと…………寂しかったからさ…………」
──……お母さんのことか…………
あの事件以来、
我が子を守るためだけに、死んだ。
相手が何者かも分からない内に。
──……私に…………それだけの気持ちを持つことが出来るのかな…………
「好きなだけいて」
その
「いいの?」
「ダメな理由を教えてよ…………あ、でも…………あっちは一日置きくらいでいいけど…………」
「毎晩あんなに喜んでるのに」
「喜んでるけど違います」
「じゃ、喜んでるみたいだからもう少しお世話になろっかな」
「お互いもう若くないんだから…………」
二人が歩いている歩道から、
その視線の先を目で追いながら
「どうしたの?」
「うん…………あそこで会ったんだ…………あの女の子…………」
「女の子? ああ…………」
「そ、私の想像上の女の子」
その話は以前から何度か
「無表情で黙って立ったまま、私のことをじっと見てた…………一緒に暮らしてた頃だよね…………あの日は私の帰りが早くて…………でも夜の一一時は回ってた…………そんな時間に、暗い歩道でひとりぼっち…………一〇才くらいの小さな花柄のワンピースの女の子…………少し歩いて振り返ったらもういなかった…………」
「いわゆる幽霊…………とは違うのよね」
「ある意味同じかもよ。私も今みたいな考えになる前は幽霊ってよく見てたけど、考えが変わったら急に見なくなった。つまり……そういうことでしょ。でも、あの子は違う…………と思いたい…………私の願望…………」
「本当に想像なのか…………0.1%なのか…………」
「どうなんだろうね。どう考えても私の想像。でもどこかに、そう思いたくない気持ちがあるんだろうね」
「例え想像でも、会いたいんだよね」
「うん…………産んであげられなかったんじゃなくて、生を受けさせてあげられなかった」
すると、
「……あの時…………声をかけてたら…………どうなってたんだろう…………金縛りの時に出てきてくれた時…………ホントに嬉しかった…………
「……髪の毛に…………頭に
次の瞬間、
そして
そしてそれは、
ある意味、
しかも、それは
この世に生を受けていない二人の子供。
想像以外に説明が出来なかった。
〝幽霊は想像で作り出せる〟
そう言い切る
「……ごめん…………暑いよね…………」
「昼間の住宅街で大胆だね…………私はいいけど」
「…………バカ」
「これから帰って店に行く前に…………」
「しないから」
☆
明治元年。あるいは
その洋館はその頃に建てられた。
少し小高い高台に、林を切り開いて作られた広い敷地。その敷地のためだけに道路も作られ、その街としてはちょっとした公共事業。
元々は明治新政府の相談役として来日していたイギリス政府の要人のために建てられた家だった。今で言う大使館員に当たるだろう。
家族全員での来日。当初予定されていた期間は二年間。
妻の他は子供たちが三人。使用人が一〇人。
しかし当時の
外国事務総監の要職に就いていた
土地と建物はイギリス政府の所持となっていたが、やがて明治八年、日本政府に売却された。
それに合わせて
妻と幼い息子が二人。
最初に体調の不調を訴えたのは次男。
やがて長男も同じ症状を訴え始め、一年と経たない内に病床に伏せる。
やがて妻、そして
息子二人、妻に次いで
明治政府の指示で、建物と土地は民間の不動産業者に引き渡された。
☆
夜になっても真夏日が収まる気配はない。
その夜、いつものように
場所はカウンターの定位置である一番奥。
他の客と盛り上がれば閉店までいる時もあるが、ほとんどは
──……いずれは、帰っちゃうんだろうな…………
そんな一抹の不安を抱きながら、
──……このままでも…………いいんだよ…………
珍しく開店と同時に来店があった。
平日の早い時間にたまに顔を出すその常連は下の階のゲイバーのマスター。もっとも、本人はママと呼ばれたいらしい。今夜は久しぶりの来店だった。故に、常連とはいえ
「オカマとゲイを一緒にしてほしくないわ」
それがゲイバーのマスター、リョウの口癖だった。
「リョウちゃんはどっち?」
すでにだいぶ酔いの回った
「私はゲイ。男しか愛せないわ」
「私はレズ。女しか愛せないわ」
「私たち仲良くなれそうね」
「そうね」
──この二人、結構似てるかも
そんなことを思いながら、カウンターの中の
リョウはボトルのブランデーを繰り返し口に運びながら口を開く。
「所詮マイノリティーって言われたら反論できないけど」
「生物の子孫繁栄に反してるからね」
応える
それにリョウが返していく。
「でも仕方ないじゃない。男にしか興奮できないんだから」
「仕方ないよね。女にしか興奮できないんだから」
「私たち親友になれそうね」
「そうね……リョウちゃんなら
そこに
「私を挟むな」
そしてリョウが声を上げる。
「それより私の悩み聞いてよ」
「オカマでゲイのリョウちゃんの悩み?」
「私はオカマじゃなくてオカマ寄りのゲイなの。ノンケのオカマだっているんだから一緒にしないで」
「やっぱりオカマじゃん」
「もう! 嫌な子ね! あなたとは絶対に仲良くなれないわ」
「で? 親友でゲイのリョウちゃんの悩みって何よ」
「それがね。この間彼氏と一緒に暮らすために広いマンション借りたのよ。そしたらさ…………お札があったの」
「不動産屋に聞いても事故物件じゃないって言うし家賃だって普通だったんだけど…………なんでお札なんかあるのよ…………ラップ音もするのよ…………」
「そんな所いくらでもあるよ。どうせ古いマンションなんでしょ? 他の部屋にもあるかもね」
「まあ……確かに古いわね」
「仮に事故物件だったとして物々しくお札なんか貼る? ここは事故物件ですってポスター貼ってるようなもんだよ。形式でお
「それもそうね…………」
「飲食店の店先の盛り塩と同じ意味合いのお札もあるんだよ。大家さんの中には事故物件じゃなくても空室にお札貼ってる人もいるみたいだね。変な人が入居してこないようにって。内見で勘違いされる可能性があるから、分からないような位置にね。剥がし忘れたんじゃない? どこにあったの?」
「トイレのタンクの裏……自然に剥がれて落ちてきた…………」
「ほら、それじゃ幽霊だって気付かない」
「それに例えばここのテナントビルだって百年前は何があった所なんだろう。千年前なんて更に分からない。元々都市部って昔から人が集まってた所がほとんどでしょ。じゃあ、このビルのある場所で、長い間にどれだけの人が死んだんだろう。人間だけじゃないでしょ。動物だって命がある。宗教なんてものが無かった遥か昔から、色々な場所で生き物が死んできたはず。世界中が事故物件になるじゃん」
そう言ってグラスを空にした
「でもやっぱり最近死んだ人のほうが幽霊になりやすいんじゃないの? 知らないけど」
するとグラスに氷をゆっくりと入れながら
「なんで死んでまで寿命があるのよ。あの世がこの世と同じだったら、なんでこんなふざけた世界が必要なの?」
「それも…………そうね……」
「つまりさ、幽霊とか心霊現象って、宗教が生み出したものなんだよ。変だと思わない? もしもリョウちゃんが引っ越す前にそこで自殺とかあったとして、その人が仏教徒って補償ある? 日本人だってキリスト教徒はいっぱいいるんだよ。ホントは十字架のほうが良かったりしてね。結局思い込みでしょ。お札が無ければ不安に思うことも無かった。ラップ音だってただの
すると、ロックグラスのブランデーを飲み干したリョウが静かに返す。
「やっぱりあなたとは仲良くなれそうね」
「オカマ寄りのゲイはちょっと…………」
「差別よ差別! ヘイトスピーチだわ! ヘイトヘイト!」
「友情の始まりね」
そして
──……後で
そこに立っていたのは若い女性だった。初めてみる顔。会員制の店では珍しい。
「えっと…………」
「すいません。会員制のお店なのは知ってたんですけど…………」
「一人? いいわよ。気にしないで」
──……私と
するとリョウが急に立ち上がる。
「もうこんな時間じゃないの! 私もお店開けるわ! ママ、また来るわ」
そしてカウンターにいつものセット料金のお金を置くと、ゆっくり
「店で待ってるわ…………じゃあね!」
そして、リョウはドアに足をぶつけながらけたたましく店を後にした。
途端に店内が静かになる。
「嵐のようなオカマだった…………」
「座って。最初だから
そう言った
その
「この子は〝違う〟から口説いちゃダメよ」
不思議そうな顔をする女性に
──……ん? そういうこと?
「まあ、座ってよ」
そう言う
「はい……失礼します…………」
女性が椅子に腰を降ろすと、
「若くて可愛い女の子は大好きなんだけど、怖いお姉さんに怒られちゃうから我慢しようかな」
「はあ…………」
明らかに困惑した表情の女性に、今度は
「もしかしたら、誰かの紹介?」
すると女性は分厚いショルダーバッグから名刺を出してそれぞれ渡して口を開く。
「私はフリーでカメラマンをしてる
そして
「……
「あら」
思わずそう返した
「…………あいつか……………………」
春先の〝呪われた土地〟の解決以来、事あるごとに
「
そう言う
「……あのメンヘラ霊能者め…………」
そう
「私も何度か
そして、軽く溜息を
「ってことは、
「まあ……昔から好きだったのもあるんですけどね…………でも今回のネタは少し変なんですよ。少し前にニュースにもなっていたのでご存知かもしれませんが〝悪魔の館〟って呼ばれてる所です」
「ああー」
それに笑い出す
「あれ…………アレなんじゃなかった? 確か取り壊したって…………」
「今は解体工事が中断されています」
すると
「ああ、白骨遺体が出たってニュースで騒いでたやつだ」
「それです…………でもそれ以来報道はストップしました。続報もありません」
「ホントに続報がないんじゃなくて?」
「それならいいんですが」
「違うの?」
グラスを口に運びながら質問を返す
記者独特のものだろう。
「出版社の部局長から、記事を取り下げて欲しいと言われました。しかも今後もこのネタは扱わないと…………」
「へー…………」
「あそこは〝日本で一番古い事故物件〟として有名な心霊スポットだったんですよ。最初は取り壊されるの寂しいなあって思ってましたけど、そんな所から白骨遺体です。しかも大人二人と子供が三人…………もっと話題になっていいと思うんですよねえ…………」
「ところで」
不意に
「何か飲む?」
「はい! ビールがいいです!」
「ウチだとバドワイザーかハイネケンかギネスになるけど…………」
「ギネスでお願いします」
「へー、結構好きね」
すると
「ママ〜私もバド呑みたい」
「はいはい」
その間に
「警察から情報得るのだってタダじゃないし、色々取材にもお金が掛かってるんですよ。それなのに記事に出来なきゃお金にならないじゃないですか」
あまりお酒に強いわけではないらしい。
愚痴をこぼし始めた
「そもそも、なんで〝悪魔の館〟なの?」
「まあ、昔はああいった古い洋館…………って言うんですか? 珍しかったんでしょうね。山の中の廃墟だといかにもって感じだし。悪魔っぽいじゃないですか。海外のホラー映画みたいだし」
「まあ、純日本家屋だったら悪魔じゃないか……名前なんてそんなもんだよね…………あそこってどんな噂があったの? 事故とか事件とか?」
「ネットで言われてる噂は総てウソでした。よくある心霊スポットのよくある噂ですよ。でも…………人は結構死んでます」
「へえ…………」
「建物自体は明治元年に作られてます。最初に暮らしたのはイギリス人家族ですね」
「イギリス人? 外交官みたいな人?」
「大使館員みたいな感じだったようです。でも一年ちょっとで一家全員が病死してます。その後の家族も病死。三番目の家族も病死。四番目は家の主人が家族を殺害してから自殺しています。どうでしょう」
サラリととんでもない洋館の過去を語る
「ウソの噂なんか必要ないくらいに死んでるじゃない」
「はい、私も調べてみて驚きました。郷土史研究をしてる大学まで行きましたけど、問題は今回地下から見付かった白骨遺体です。過去に死んだ人たちは死因が記録に残ってます。生前にしても死後にしても、一度は病院に行っていると思われます。家の地下に埋めるわけがありません。ということはそれ以外の死体が地下に眠っていたわけです。廃墟ですから最近の物かとも思ったんですが、かなり古いらしいんですよ。警察からの裏情報ですけどね…………」
「なるほど、それで
「はい、それでお二人を勧められました」
「…………あの子も少し分かってきたのかな…………ミステリーとしては面白いけど、オカルトとしてはどうなの?」
「結果次第でしょうか。地下に埋まった死体の謎もそうですし、その死体の呪いみたいなもので屋敷に住んだ人たちが死んだのか……それとも別の理由か…………その答えさえ分かれば自分のブログで発表しようかと思ってます」
「なるほどね。でも、一度警察が入ってるってことは現場は入れないんでしょ?」
「そうですね…………バリケードテープの前までですけど…………」
すると、ビールを呑み、少しだけ考えた
「私たちが…………どういう人間か分かってる?」
「はい。
「私は99.9%幽霊も呪いも信じていない能力者…………こんな人間はオカルト好きには嫌われるだろうねえ」
「私も心霊現象に関しては前から懐疑的な部分がありました。幽霊を信じてないっていうわけじゃないですけど、色々な霊能力者さんの話を聞いてると、なんか辻褄合わないことが多くて…………でも
その
「そう? 最初会った時は典型的な霊能力者だったけど」
「そうなんですか⁉︎ 考え方とか……他の霊能者とは違う感じですけど……」
「そりゃあれだ。凄い霊能力者に感化されたんだな」
そんな
「誰よ」
「まあ、それはアレとして…………
「そうねえ…………まあ、正直今の時点ではっきり見えるものは無いし…………何より
笑顔で応える
「まあ…………
「構いません…………お二人の検証結果が知りたいです。お金も…………」
そう言うと
「
「あなたの望む結果が出せたらね」
少し驚いた表情の
「行くのは、いつにする?」
「もう少し調べたい部分があるんで…………次の日曜日の深夜はどうですか? 深夜二三時で」
「分かった。じゃ、今夜はもっと飲むか」
すると、いい感じに酔いの回り始めた
「もう一本お願いします!」
それに便乗する
「ママ〜私のボトルってあと何本残ってるの〜?」
応えるのは冷静なトーンになった
「二本しか残ってないわよ」
「早っ! 一〇本もあったのに!」
☆
現場は市街地や住宅街からはかなり距離があった。道路は舗装された物が続いていたが、それでも都市部からはだいぶある。
道中も山道。周りを林に囲まれ、曲がりくねった先にその洋館の跡地はあった。かなり広い敷地の周りには深い林があり、明らかに山の一部を切り開いて作られたことが見て取れる。
道路から敷地にはすんなり入ることが出来た。そして開かれた空間の先には中途半端に取り壊された洋館が姿を現す。解体業者が入ったためか周囲の雑草は多くない。そしてその周囲を警察のバリケードテープが黄色く車のヘッドライトを反射していた。
そのテープのすぐ前で車を停めた
そして
「少し早かったね。コーヒーでも飲んで待ってる?」
「うん」
外壁は半分以上も壊されているだろうか。そんな屋敷を眺めていた
二人でコーヒーを飲みながらバリケードテープの向こう側に目を凝らすが、夜の闇のせいで地下室の場所までは分からない。
「死体が見付かったのって最近だったよね。深夜とは言っても警察って来ないのかな」
「大丈夫じゃないかな」
そう即答した
「あの子は警察にパイプ持ってるね。細いパイプだとは思うけど…………警察の記者クラブなんてフリーの駆け出しが入れるような所じゃないし、お金渡してでも裏から情報を掴んでる。中々大したもんだよ。警察って官僚組織はまだまだ男社会…………紛れ込むならビールも飲めるようじゃないとね。洋酒の並んだ棚への目の配り方でお酒好きかどうかは分かるけど、それほど詳しくはない」
「なるほどね。
「あの子……結構やり手かもよ…………」
「ってことは、敢えてこの時間を選んだのにも理由があるってこと?」
「多分ね。まさか心霊スポットだからって理由で深夜に呼んだとも思えない」
そう言いながら周囲に懐中電灯を向け続けていた
敷地の周囲は背の高いブロック塀で囲まれていたが、それとは別の小さな突起物が気になる。
「…………井戸?」
小さな
「っぽいね。何か関係ありそう? 私はまだ見えない…………」
「どうだろう…………ここより高い周囲には工場なんかも無かった。毒物になるものが地下水に染み込む条件も無さそうだけど」
「そっかあ…………でもかなり人が死んでるって割には、そんなに感じるものもないなあ。あまり〝念〟を感じない…………でもなんか変だね。最後の家族の殺人現場は確かに酷いけど…………他はみんな病死…………ん?」
表情を曇らせた
「────どうしたの?」
「この仕事…………よくないな…………」
その時、二人の背後から車の音とヘッドライトの光。四輪駆動の軽自動車が
エンジンを切って降りてきた
「すいません! 待たせちゃいました⁉︎」
「大丈夫。早く着いちゃっただけ」
相変わらずの派手なゴスロリ衣装。
「とうとう追いかけてきちゃった」
その
「…………来ちゃったよ……」
そしてそれに続くのは、相変わらず強気な、
「ひ…………久しぶりね」
「かなざくらの古屋敷」
〜 第四部「罪の残響」第2話へつづく 〜
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