最終話 4
無動は横領事件について過去の部活予算会議議事録が載っている生徒会議事録を図書室から数十冊ほど借りて、調べ始めて数日が過ぎた。
「コレも問題なしか」
無動は両目を瞑り、親指と人差し指で目頭と鼻の付け根の窪んだ部分を摘まむ。
「残りは去年と今年の分だけか……」
無動は手近所に置いてある製本されていない今年の部活予算議事録のみを記録したA4用紙数枚をホッチキスで留めているプリントを手に取る。
「……うん?」
無動はプリントを見直して、他の議事録と見比べる。
無動は議事録とプリントを見比べると右の口角を上げて、軽く頷く。
「違和感はコレかぁ」
眉間に皺を寄せると、無動はプリントを鞄に入れて部室を後にした。
無動は銀行の前まで来ると意を決して中に入る。
無動が銀行から出てきたのは、銀行の営業時間がとうに過ぎた夜中の事であった。
「それでは、当日よろしくお願いします」
無動がそう言って手を差し出すと、脂汗を拭いながらたどたどしく手を出し握手する。
「は、はい」
「では」
無動が見えなくなるまで頭を下げ続ける銀行員。
無動は帰路に着く途中でスマホが鳴り、取り出すとスマホの画面に生徒会長と表示されていた。
無動は生徒会長に呼ばれて、学校の屋上までやって来ると生徒会長は既に居り、手すりを越えた所で両手を広げバランスを保ちながら歩いていた。
「そんな所を歩いてたら危ないですよ」
無動の声に気付き、振り返る生徒会長。
「遅かったね。無動くん」
頭を掻く無動。
「まぁ、これでもタクシーに乗ってきたんですけどね。おかげでこの通り……」
無動は財布を取り出し、逆さまにして上下に振ってみるも何も出てこない。
頬を緩める生徒会長。
「お金が無いのかい?」
「えぇ、まぁ。私の懐事情より何故、私を呼び出したんですか?」
「この事件、降りてくれないかい?」
「その件ならお断りしたはずですけど?」
「今度は私、生徒会長からのお願いだ」
「お断りします。それと私から貴方に話があります」
「それなら知ってるよ。さっき、銀行の人間から連絡があったよ。何でも私が公文書偽造だって?」
「違いますか?」
空笑いをする生徒会長。
「何で私がそんな事をするんだい?」
ゆっくりと、首を軽く横に振る無動。
「そこまでは、まだ。しかし、昨年。貴方が生徒会室の会計に成ってから、今までの銀行から突然貴方の父親が勤務されている銀行に取引が変わってます」
「それは学校の意向で私は関係ないよ」
「その辺は裁判所で証言してもらえれば問題ありません」
「私を証言台に立たせてどうするんだい?」
「……野瀬さんの潔白を証明します」
相対する二人。
「そうかい、君には確証があるみたいだね」
「えぇ、勝ちますよ。この裁判」
「随分と自信があるみたいだね。もう、帰っていいよ」
無動は生徒会長に今回の裁判で自分を学選弁護人に選んだのか聞こうと思ったが、生徒会長は無動に背を向け両手を広げて身体を少し揺れながら屋上の端を歩き始めた。
無動が校門を通り抜け、明日の裁判に向けて帰路に急ぐ。
無動の後ろ姿を屋上から睨みつけるように見つめ、口角を上げる生徒会長。
「君は優秀だよ。無動くん。でも、私は負けないんだよ」
翌日、執行委員が起訴状を読み上げ終わると同時に中央委員が慌てて入廷してくる。
「何ですか? 慌ただしい。今は裁判中ですよ」
モニター越しで裁判官が問いただすと、中央委員が息を絶え絶えにその場で答える。
「お伝えします。本法廷で証人として立つ夏目晶さんが自治区綾南高校で、飛び降り自殺をされました」
その一言に無動と被告人の野瀬は驚きを隠せなかった。
「本裁判は休廷。本日は閉廷します」
空いている和解室に案内され中央委員により詳細が教えられる。
遺書には野瀬や無動に因って虚言を強いられている事や恫喝に合い自身が濡れ衣を被る事を強制され、従わない場合は他の生徒に濡れ衣を着させる等と脅迫されていた為に誰にも相談出来ずに身の潔白を証明する為にこのような手段を選んだ事が書かれており、また第一発見者である教員が他の教員に話しているのを生徒が立聞きしており、生徒会長の自殺と遺書の件が校内の生徒に一気に広まった。
無動はそれを否定し、集めた証拠を提出してその日は改めて閉廷となった。
翌日には裁判は再開されるも公開停止が条件とされており傍聴人が居ないまま裁判が再開された。
× × ×
「弁護側、証人の親御さんから和解案が提出されています。異例ではありますが、どうなされますか?」
「どうもこうも……」
無動の言葉を野瀬が無動の服を掴み止め、首を横に振る。
「無動くん」
「分かりました。その和解案を一読させて応えるかどうかは考えさせてください」
和解案に書かれていた事は娘(夏目晶)の四七日を過ぎれば全てを公にし、野瀬の学費や進路先についても支援することが書かれていた。
「野瀬さんどうなされますか? 四七日を待たなくても証拠は充分あります。無実は証明出来ます」
「ありがとう。無動くん。でもね、私は同意しようと思うの。言っておくけど、別に学費や進路の支援とかそういうのは別にどうでも良いの。娘さんを亡くされたんだもの。四七日まではその思いを大切してあげたいの」
「ですが、野瀬さんは夏目さんに……」
「それにね、どうであれこの自治区で私を認めてくれたのは夏目さんが初めてなの。今の私に出来るのはこれくらいだから」
「ですが、夏目さんは貴方を」
「分かってる。でも、生徒会での日々は楽しかった。このまま、いがみ合ったままのお別れはしたくないの」
「何を言っても気持ちはお変わりに成らないみたいですね」
「ごめんね」
「いえ、野瀬さんが良いのであれば」
野瀬が和解案を承諾した事により、裁判は閉廷した。
翌日、久しぶりの制服に腕を通しすと心なしか胸が高鳴るのが分かり学校に登校するのが楽しみな野瀬。
しかし、登校途中では周りからは白い目で見られたり、ヒソヒソと陰口が叩かれていたが気にせず校門を潜るり下駄箱の前まで来ると自分の所にはゴミが詰め込まれており、上履きはボロボロになっており、替えを持っていない野瀬は職員室でスリッパを貸りて教室に向かうと黒板に大きく『人殺しの野瀬』とチョークで書かれており、自分の席の机には菊の花が生けてあり、他にも『貧乏人』や『お前が死ばよかった』など誹謗中傷が机に書かれており、更衣室やお手洗い場に行けば水を掛けられたり、食べかすや消しゴムなど身近にある物を投げられたり、体育などの授業ではワザとぶつかられ転ばされたり、制服を切られたり、ゴミ箱に捨てられたりしていた。
陰湿な虐めが数日経ち、無動は野瀬が学校を辞める事を噂で耳にして急いで野瀬の元に向かう。
校門を潜る野瀬の腕を掴む無動。
「野瀬さん‼」
腕を掴まれ、目を腫らした野瀬が振り返る。
「……無動くん」
野瀬の顔を見て、思わず腕を離す無動。
「何があったんですか?」
「何がって、知ってるくせに……」
今にも泣きそうな声を必死で抑え、強がって答える野瀬。
「虐め、ですか……」
ゆっくりと頷く野瀬。
「でしたら、遠慮する事はありません。和解の解除を行いましょう。今回の事件で野瀬さんは後ろ指を指される事は何一つ無いんです」
「もういいよ。私、疲れちゃった」
「このままでは親御さんのご厚意が無駄に成ってしまいます」
「父がね、倒れちゃった」
「倒れた?」
「父はトラックの運転手してるんだけど、それだけじゃ学費を賄う事は出来ないから母と一緒に深夜や早朝に清掃のアルバイトをしてくれてたの」
「そうだったんですね」
「うん。でも、それももうお終い。これからは父の入院費も掛かるし、とてもじゃないけど母だけに……任せておけないよ」
ぽつぽつと涙を流し始めた野瀬。
「私、悔しいよ。……私を馬鹿にするのは我慢できた。でも……私の為に頑張ってくれてる両親を何で馬鹿にされなくちゃいけないの!? 親の期待に応えようとする人をあざ笑って、何が楽しいの? 自治区(ここ)は特権階級の人間が私達のような人間を甚振る為の場所なの?」
「いえ、私は違うと思ってます」
「だったら!! だったら、どうして私がこんな目に合わないといけないのよ!!」
流れる涙を気にも留めず、話を続ける野瀬。
「ううん、私はもう自治区(ここ)を辞めるからいいの。でも……」
無動を見つめる野瀬。
「無動くん、お願いがあるの」
「なんでしょう?」
「もう二度と私みたいな生徒を出さない為にも、戦って欲しいの」
「……わかりました」
無動の言葉に安堵した野瀬は再び涙を流すも顔は満面の笑みを浮かべる。
「良かった。私が後輩達に出来るのはこれくらいだから。無動君には貧乏くじを引いて貰う事になっちゃったけど」
「貧乏くじだなんて、そんな」
「私、自治区(ここ)に来てよかった。無動君に出会えた事は一生の宝だよ」
「以上が私、野瀬遥香がこの自治区で濡れ衣を着せられ無動さんお蔭で無罪となった裁判の全容です」
「以上のように、被告人琴神はこの事実を知らず、無動氏を逆恨みし同じ部のパラリーガルである茅野氏を金属バットで殴るという凶行に及んだものと考えられます」
「貴方が無罪なのは理解しました。では何故、裁判の内容が非公開に?」
「それは夏目さん、前生徒会長の親御さんが和解案の一つでした。七四日を過ぎれば公にすると書かれていましたが、守られる事はありませんでした。虐めは日を追うごとに過激になり、そんな折に父が倒れと連絡があり自治区(ここ)を去る決意をしました」
「そうですか。分かりました。下がって貰って大丈夫です」
控室で聞いていた琴神は自分が知る事情と違い過ぎて、半狂乱になり頭を抱える。
「嘘だ!! 嘘だ!! 俺は晶と付き合っていたんだ。晶が銀行員と横領してたなんて馬鹿な話があってたまるか!!」
その後、裁判は粛々と進み全容が明らかになり琴神は殺人教唆の罪に問われ、実行犯の人間は琴神の同級生で同じ野球部の人間であった。その実行犯も犯行を認め、犯行に及ぶまでの経過も自白した。
『琴神の面会に行くと今回の計画を聞かされ、夏目に恋心抱いていた負い目から協力する事を約束し必要なバット・金髪のウィッグ・そして指紋が付かないよう軍手を入手し、茅野を殴打したバットを琴神に渡し、琴神の指示通り日常を過ごしていた』
この事件を重くみた裁判官達は琴神と実行犯の二人を自治区追放とし、改めて自治区外での裁判が決まり、二人は少年鑑別所に送られた。
裁判所の前で握手を交わす無動と野瀬。
「無動君、ごめんね。私が自治区(ここ)から逃げたばっかりに、虐めの矛先が無動君に集中したって聞いた」
「いいえ、そんな事は……」
無動の言葉を遮り、顔を左右に振る野瀬。
「分かってたの私!! 私が逃げれば弁護をしてくれた無動君に虐めの矛先が向くぐらい。でも、怖かった。あのまま学園に居れば私は殺されるそう思ったからわたし……」
無動は握手した手に冷たい何かが当たるのに気づくと野瀬が涙を流し謝り始めた。
「ごめんなさい。無動君は私を弁護しただけなのに、私が逃げなければ無動君が虐められる事は無かったのに、私のせいでごめんなさいごめんなさい……」
「止めて下さい。前にも言いましたが野瀬さんは周りから後ろ指を指されるような事はしてないんです。自信を持ってください」
「それに、今は私達が無動くんの周りにいますから」
聞き覚えのある第三者の声に振り返る無動と顔を上げる野瀬。
頭に包帯を巻き、車椅子に座る茅野と車椅子の手すりを持つ瀬良とその隣に並ぶ家中。
「少数だけどね」
家中の口元が緩む。
「それは無動さんの口の悪さが原因ですから。付き合ってあげてるこっちの身にもなって下さいよ」
やれやれといった感じで両手を上げて顔を左右に振る茅野。
「なんでお前がここに居るんだよ?」
軽く茅野の頭を叩く無動。
「いっっっ痛‼ 見ました!? 見ました!? この人怪我人を叩きましたよ。あ~あ、これで傷口開いたらどうしてくれるんですか? 今度こそ裁判で白黒つけてやりますから」
大げさに痛がる茅野。
「ロリ、お前が殴られたのは側頭部で俺が叩いたのは頭頂部だ。それにさっきからぺちゃくちゃぺちゃくちゃと、それだけ喋れてたら問題ないだろう」
二人のやり取りを見ていた瀬良と家中は呆れた様子で見つめていると野瀬が微笑む。
「ふふふ。無動くんには頼もしい仲間が出来たみたいね」
「いえ、足を引っ張るだけで迷惑しています。それより、野瀬さん柊さんにお聞きしたんですが、弁護士を目指されるみたいですね」
「っあ、先生から聞いたんだ⁉」
「はい」
「無動くんのおかげ。まぁ、流石に大学には行ける程のお金はないから予備試験を受けるつもりだけどね」
「予備試験って? 大学で法律学ばなくても弁護士になれるんですか?」
「予備試験ですか⁉」
無動に無視され、潤んだ瞳で瀬良を見つめる茅野。
「瀬良さん」
「予備試験に受かれば司法修習生になれて晴れて弁護士になれると聞きますが、かなりハードルが高いらしいですね」
拝む茅野にウィンクで答える瀬良。
「えぇ。だから、毎日柊先生の所でアルバイトをしつつ勉強させて貰っているの」
「お父さんの調子はどうですか?」
「お陰様でだいぶ良くなってきたわ。後、一か月もすれば退院よ」
「それは、よかった」
「じゃあ私、そろそろ行くね」
「え~、どうせなら夕食みんなで食べましょうよ」
「そうしたいけど、柊先生に資料作り頼まれてるから」
「お前は病院食だろうが。試験頑張ってくださいね」
「ありがとう。柊先生からの伝言、早く弁護士になって手伝ってくれだって」
頭を掻く無動。
「いやぁ、まだ弁護士になるとは……」
バスに乗り込む野瀬。
「私は伝言を伝えただけだから。後は二人で話してね。まぁ、私も待ってるからね」
「あ、いや。参ったなぁ」
頭を掻きむしる無動。
「なにニヤついてるんですか無動さん?」
「ニヤついてなんかいるか」
「なら、その真っ赤な顔は何かしら?」
「瀬良まで」
車椅子を押して逃げる茅野と瀬良。
その二人を走って追う無動。
三人を微笑ましく見つめる家中。
がくせん 伊色童弦 @isyok
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