5-2


 翌日、無動は学校に向かう学生を尻目に自治区にある家電量販店に来ていた。


 フロア案内でカメラ売り場を確認して、エスカレーターで向かう。


 売り場に着くと多種多様のカメラがフロア一面に並べられていた。


「種類が多いなぁ」


 無動が頭を掻きながら、端からカメラを見て行っていると、短髪のツーブロックに眼鏡を掛けた男性が無動に話し掛けて来た。


「お客様、お探しの機種でもおありでしょうか?」


「えぇ、まぁ」


「よろしければ、お手伝いさせて頂きますが?」


「それじゃあ、盗撮にお勧めのカメラはどれですか?」


「……はい?」


 店員の眼鏡がずれる。


「じゃあ、フィルムやデータに残らず、プリントが出来るカメラはありますか?」


「無いと思いますけど」


「そうですか」


 愛想笑いで誤魔化し、鞄から犯行に使われた『Canon T90』の写真を店員に見せる無動。


「では、これについて聞きたいんですが?」


 ずれた眼鏡を直し、写真を受け取る店員。


「コレは、TANKじゃないですか!!」


「た、タンク?」


「っあ、失礼しました。こちらは30年以上の物で現在は生産されていない為、中古でよろしければお探しいたしますがどうなさいますか?」


「いや、このカメラって盗撮には……」


「失礼ですが、先程から盗撮と言われてますが……」


「えぇ、ちょっと部活でね。あぁと、勘違いしないで下さい。私は弁護部の人間です」


 ポケットから自治区に措いて弁護人として活動出来る弁護士バッジを取り出し、店員に見せる無動。


「ねぇ!!」


「……はぁ。それで……」


「えぇ、今調査中でしてね。このカメラは盗撮するのに向いてるんですか?」


「何とも言えませんけど、向いてないんじゃないでしょうか?」


「それはどうして?」


「重いからです」


「重い?」


「はい。本体だけで約800g。そこに単3電池×4個で+約100gコレにレンズを足すと1kgを越えます」


「それはこういうカメラで重いほうですか?」


「いえ、平均かちょっと重いぐらいですかね」


「では、何故不向きと?」


「一眼レフカメラは御覧の通り、大きいので目立ちます」


「成程、だから盗撮には不向きと」


「はい。それに……」


 店員が話を続けようとすると、フロア責任者と書かれた腕章を付けた小太りの中年店員が咳払いをして二人の会話に割って入る。


「きみ、さっきから不適切な発言が多いぞ。うちはそういうのを目的としている人に販売する商品は無いよ」


 無動をひと睨みする中年店員。


「す、すみません。話はもう済みましたので」


 中年店員に数度頭を下げ、無動に耳打ちする店員。


「ありがとうございます。すみません、私のせいで」


「いえ。お力に成れたのなら良かったです」



 自治区陵南高校では授業が終わり、帰宅する学生達と入れ替わるように無動が部室に向かう。


無動が部室に入ると、茅野がよだれを垂らしたまま寝ている。


「起きろ、コアラロリ」


 無動が軽く茅野の頭を叩く。


「……イテッ」


 叩かれた所を擦りながら、キョロキョロと周りを見渡す茅野。


「なんだ、無動さんじゃないか。何も叩かなくても良いのに」


 お茶を沸かしに向かう茅野。


「ぐうすかぐうすかと寝やがって。射撃とあやとりが得意などこぞの小学五年生か」


「寝てません!!」


 無動が人差し指で茅野の口周りを指す。


「なら、其処に付いてるのはよだれの痕じゃないのか!?」


「っあ、いっけね!!」


 無動に背を向け、口の周りをふき取る茅野。


「私の事より、無動さんは何処に行ってたんですか?」


「ロリ、コレを見て見ろ」


 無動は家電量販店の店員に耳打ちされた時に聞いた監視カメラの小冊子を数枚、鞄から取り出した。


 お茶を入れた茅野が無動の前に湯呑を置き、小冊子を見る。


「何です、コレ?」


「監視カメラの小冊子だ」


「へぇ~。ペン型やプラグ型って、色々あるんですね」


「それだけじゃない」


 無動は二冊の小冊子を手に取る。


「こっちは火災探知機型にもう一方はハンガー型で、この冊子に載っている殆どが遠隔操作可能だ」


「文明の利器ですね~」


「『何が文明の利器ですね~』だ。誰も、そんな感想求めてねぇんだよ」


「なら、最初から言えば良いじゃないですか。一々回りくどいんですから」


「ふん。いいか、被告人の北村は盗撮写真をフィルムでしか撮っていない。」


「はい」


「しかも、一眼レフという目立つ物でだ。もし、この北村がロリコン趣味でロリが更衣室で着替えてる情報を手に入れたとする」


「なんで、私が出て来るんですか?」


「いいから、黙って聞け。そこで、北村がカメラを持って更衣室に向かったとする。お前はどうする?」


「いや、どうって!?」


「ロリは普段、更衣室に入ったら窓やカーテンを閉めたりしないのか!?」


「それぐらいはしますけど……」


「だろう。だとすると、この時点で北村は盗撮をするのが難しい」


「ですね」


「しかし、北村はどういうわけか盗撮に成功し利益を得ていた」


 茅野は閃いたのか手をポンと叩く。


「あぁ、分かった。このカメラ達で撮ったんですよ。で、データならコンビニやプリンター機器を設置しているお店なら一人で簡単に出来ちゃいますよ。データも消えますし」


 茅野の頭を軽く叩く無動。


「何が『分かった』だ。等々力産のロリかお前は!?」


「何ですか等々力って?」


「ロリと同じ早合点する昭和の警部だよ。そんな事よりな、コンビニや家電量販店に設置してあるプリンターのデータは過度に露出が多い物や盗撮の疑いがあるデータは消されず、店長や中央委員に一報が行くようシステム化されてるんだよ」


「え、じゃあ、海やプールに行った時の写真はどうするんですか?」


「データで共有するか、個別にカメラ屋で念書に同意してプリントするんだよ」


「うわぁ、めんど~」


「まぁ、だからプリントなんてしないでデータで残してるのが殆どだろうな」


「へぇ~。便利なような不便なような」


「それにな」


「あ、はい」


「北村は盗撮から販売まで一人でやってたらしい」


「それがどうしたんです?」


「おかしいと思わないか?」


「何がです?」


「空き教室で盗撮写真の販売だぞ!?」


「はい」


「見つかれば、退学案件だ」


「ですね」


「なら、用心の為にドアの前に人を立たせるか、無理なら監視カメラや人感センサーを設置しないか?」


「確かに」


「だが、それらを設置した様子は無いとなるとだ」


「……っは、共犯者がいる!?」


「まだ、憶測だがな」


「でも、見つかったら退学の危険があるのに協力する人なんて居ますか?」


「他にもある」


「まだあるんですか?」


「売り上げ金の行方が分からん」


「一回で20万~30万の売り上げを月に3~4回は開催してたという」


「それって、ほぼ毎週1回はやってたって事ですよね!?」


「その通り。期間にも依るが、かなりの大金が被告の懐に入ってたはずだ」


「ですね」


「だが、家宅捜査をしたにも関わらず札束は疎か現金は見つかってない」


「札束って」


 笑いそうになるのを堪える茅野の両頬を引っ張る無動。


「先に言っとくが、通帳は勿論、仮想通過や投資を行った形跡は無い」


「しゅみません。痛いので離してくだひゃい」


 鼻で笑い、茅野の頬から手を離す無動。


「カメラとかそういう関係の物を買ったんじゃないですか?」


 両頬を擦る茅野。


 ソファーに寄りかかる無動。


「そんな分かりやすい物があればな、悩んでなんか無いんだよ」


「無かったんですね」


「おまけにな、告発者さえ分かってないんだ」


「告発者? それって、重要なんですか?」


「この告発者が居なければこの事件は発覚されずに今も続いていた可能性がある。そして、そいつが共犯者って可能性があるだろうが」


「共犯者なら北村さんが名前を出しら意味無いじゃないですか」


 茅野を指指す無動。


「だから、重要なんだ。被告が共犯者の名前を言ったとしても、共犯者が告発者なら司法取引が出来たはずだ。告発者はそれを自ら手放した。何故だ?」


「私に聞かれても。そうですね~。例えばちゃんと、罪を償いたいと思ったからとか?」


「じゃあ、何故、告発文に名前を書いてない」


「だから、司法取引をしたくないから」


「何を言ってるんだこの無知ロリは」


「はい?」


「司法取引は双方が合意の元で行われるんだ。罪を償いたいなら断れば良いだろう」


 腕を組む茅野。


「……確かに」 


「それに瀬良達は今も告発者を捜してる」


「と言う事は?」


「盗撮が行われている事は伝えたいが捕まりたくはないor罪を償いたいとは思ってないんだろう」


「なら、何故告発文を?」


「だから悩んでるんだ。この事件はおかしな所が多すぎる」


 ため息を付き頭を掻く無働。


「考え過ぎじゃないですか? 一回整理してみましょうよ」


「そうするか」

 鞄から調書と証拠写真(盗撮写真を纏めた物や告発文など)を取り出す。


「先ずは写真だ」


 ホワイトボードの中心に線を引く茅野。


「フィルムで撮ったのはあるが、接写した写真は1枚も無い」


 茅野から向かって右側に『分かっている事』と書き、その下にネガの写真をマグネットで貼る。


 左側には『分かっていない事』と書き、その下に接写と書いていく。


「はい」


「次は売上金だが、コレは使途秘匿の可能性がある」


「なんですそれ? キリストの新しい弟子ですか?」


「それに、動機やどうやって生徒を集めたのか。そして、告発者は誰かっだ!!」


 ホワイトボードに急いで書いていく茅野。


「無視かよ」


 ホワイトボードの左側にに書かれている物に凝視する無働。


「分かってない事が多すぎません?」


「そうでもないぞ、ロリ」


 指を差す無動。


「良く見てみろ。分かっていない項目には複数人が関わっていないと出来ない物が多い」


「確かに。でも、それも憶測ですよ?」


「あぁ、それがどうした?」


「告発文が狂言っていう可能性はありませんか?」


「ほう、続けてみろ」


「無動さんが言ってる共犯者説は憶測で証拠はありません」


「まぁな」


「でも、これが北村さんの単独犯なら嘘の告発文を書いて捜査を混乱させ、あわよくば罪を軽くして、退学から逃れようとしてるんじゃないですか? やだ、私、名推理!?」


 茅野の頭を丸めた教科書で叩く無動。


「何が名推理だ。迷推理の間違いだろうが」


「すみません」


「何度も言うがな、頻繁に盗撮写真の販売を行っていて教師や女生徒に見つからないのはどう説明するんだ?」


「……運が良かったとか?」


「なら、売り上げた金は何処にある? 購入した生徒はどうやって集めた? 接写写真だけどうして見つからない? それに、北村さんが捕まった後、盗撮されたカメラは何処に消えた? これらはどう説明する?」


「そ、それは……」


「これらはな、共犯者がいれば可能なんだがな……」


「じゃあ、無動さんは誰が共犯者か知ってるんですか?」


 鼻を鳴らす無動。


「恐らく、7組の野村とその取り巻きが可能性はあるが……」


「が?」


「北村さんが野村を庇う理由が分からん」


「虐められてたんですもんね。訴える事はあっても、庇ったりはしませんよね」


「しかし、北村さんには野村以外に友人らしき人影はないらしいしな」


 頭を掻く無動。


「っえ!? いるじゃないですか。小日向悠さんが!?」


「小日向? 誰だそれ?」


「北村さんの友人じゃないですか? てか、無動さんと同じクラスですよ?」


「田舎の学校じゃあるまいし、全員を知ってるわけないだろう」


 瀬良とのやり取りを思い出した無動。


「あぁ、瀬良が二人の関係を調べるとか言ってたあいつか」



 翌日、無動は校門前で小日向を待ち伏せし、そのまま部室に招き入れた。


 無動に渡された複写用紙で出来ている調査協力証明書にサインする小日向。


「無動君とは初めて会話するね」


 お湯を沸かし、お茶を入れる無動。


「っふ、クラスは疎か学年、いや学校中探しても自分と会話したことある人なんて一握りですよ」


 お茶が入った湯呑を小日向に出し、作り笑顔で答える無動。


「貴重なひと時ってわけなんだね」


 対面に腰掛ける無動。


「学校中の嫌われ者なんでね」


「それで、僕に何の用かな? 調査協力書にサインまでさせて?」


 小日向から調査協力証明書を受け取り、無動もサインし、一番上の用紙を小日向に渡し、残りの二枚は無動が仕舞う。


「私の方で教員に渡して置きますので、遅刻や欠席にはならないのでご安心下さい」


「それは、良いですけど、僕に何の用なんです?」


「北村さんを知っていますか?」


「北村?」


「北村友仁さんです。ご友人なんですよね?」


「っあ、ゆうの事か。えぇ、勿論。友人ですから」


「そうですか、面会には一度も来られてない様ですが何故です?」


「いや、べ、別に理由はないですけど、面会に行かないから友人では無いって言いたいんですか!?」


「いや、別に。では貴方が言う友人の定義は何です?」


「そんなの人によって区区でしょう?」


「えぇ、だから聞いているんです。例えば、毎回昼食を買いに行ってくれるとか宿題を見せるとか。それに自分の意見には逆らわないとか」


 机を力いっぱい叩き、立ち上がる小日向。


「そんなのは友人じゃない。只の奴隷だ。僕はそんな利己的な奴を友人とは言わない。友人なら間違った道を進もうとする時に殴ってでも止めさせる。それで嫌われても構わない」


「随分と利他的ですね」


「友人の為に利他的に成って何が悪い!?」


 無動の言葉に怒って、部室を出ていく小日向。


 無動は口を尖らせ、眉間に皺を寄せ部室を後にした小日向が閉めていった部室のドアを見つめる。



 法廷には家中と茅野の姿はあるも、瀬良の姿が見つからないまま開廷の準備が行われており、被告人席に北村が座り、無動と高坂の二人が互いに鞄から裁判に必要な書類やプリントを準備し終えると、裁判官席に置いてある三台の内二台のモニターの電源が入る。


「それでは只今より、開廷します」


法廷内に居る全員が起立し、モニター越しに口元だけが映る裁判官に向かって一礼し、着席する。


 瀬良を心配し、小声で話す茅野と家中。


「瀬良さん、どうしたんですかね?」


「そうだね、スマホに掛けても出ないんだよ」


「無動さんとの事、まだ気にしてるのかな?」


「茅野さん、始まるみたいだよ」

 

 家中に軽く会釈し、姿勢を正す茅野。


「検察官、起訴状の朗読をお願いします」


 起立する高坂。


「起訴状。被告、北村友仁は綾南高校において女子生徒の更衣室にカメラを仕掛け、盗撮し、それを生徒に販売し利益を得ています。罪名及び罰条。併合罪。刑法第45条」


 着席する高坂。


「では、弁護側」


 起立し、答える無動。


「無罪を主張します」


 ため息まじりに漏らす高坂。


「またか」


 無動が着席するのと同時に高坂が起立する。


「弁護人、被告しか入部していない写真部の部室で盗撮写真が見つかり、それを販売していた事を証明するノートと大量の現金が発見され本人も認めてる。無罪なわけ無いだろう」


 手を上げる無動。


「弁護側」


「被告本人が虚偽の発言した可能性があります。それを裏付けるように盗撮に使われたカメラは発見されず、売上金についても使途秘匿であり、何より犯行動機も黙秘しています。これらから被告はトカゲのしっぽ切り、或いは誰かを庇っている可能性があります」


「馬鹿馬鹿しい、そんな事をしたら学園自治区(ここ)を出ていく事になり、今後も周りから白い目でみられる事になるんだぞ。そんな馬鹿な事をして何になるって言うんだ」


「その真偽をこの裁判で明らかにしていきます」


 椅子にもたれ掛かり、指を交差させる高坂。


「おもしろい、どんな推測をするのか楽しみだ」


「無動さん、私がやったんです。それで良いじゃないですか」


「北村さん。貴方に聞きたいんですが、カメラは犯行に使われたこの『Canon T90』だけで間違いないですか?」


「は、はい。だから、部室にその証拠があるんじゃないか……」


 尻窄みになる北村。


「北村さん。私ねぇ、自ら人生を放棄する人間は嫌いなんですがねぇ、一番許せないのは人に濡れ衣を着せて罪から逃げる人間なんです」


 怒気を帯びた無動の声色に北村は俯くことしか出来なかった。


「では。何故、弁護側が無罪と主張する根拠についてですが、証拠品として提出された盗撮写真ですがあるのはネガのある物ばかりで、ネガの無い写真は証拠品として調書には書かれていません」


「異議あり。それは被害者のプライバシーを考え、ネガのある物だけでも充分、証拠能力があると考えたからです」


「それが違うんですよ、高坂さん」


「なに?」


「ネガのある写真の殆どが露出の少ない物や下着が辛うじて見える物ばかり。これら全てが高額で取引されるでしょうか?」


「勉学を疎かにするような学生なら思春期でもあるし、あり得るんじゃないのか?」


「しかし、しかしですよ。中にはほら」


 体操着に着替えよとする女子高生の写真や制服に着替えよとする写真が印刷されている用紙を掲げる無動。


「証拠物件として押収された写真の中には下着姿で撮られている物や肌の露出が激しい写真も数枚だけでしたがあります。どちらが高額取引されるでしょうか?」


「そ、それは……」


「これらの写真にはネガがありません。つまり、同じ盗撮写真でも被告が持つカメラで撮られた物とそれ以外で撮られた物だと判断できます」


「異議を却下します」


「では、続いて被告が自白したという疑問点を確認する為、証人を入廷させて頂きたいのですが」


「入廷を許可します」


 中央委員に案内され、証言台に立つ家電量販店のカメラ売り場で働いている眼鏡を掛けた男性。


「ではそこに書いてある宣誓書を読み上げて下さい」


「宣誓。良心に従って、事実を述べ、何事も隠さず嘘偽りを述べない事を誓います」


「では、サインを」


 控えていた中央委員がペンを男性に差し出し、サインする男性。


 中央委員が下がると無動が尋問を始めた。


「単刀直入にお聞きします。この写真に写ってるカメラは盗撮に向いてますか?」


 無動は以前、店員に見せた『Canon T90』の写真を見せる。


「いいえ。そのカメラに限らず、一眼レフは盗撮には向いていないと思います」


「その理由をお聞かせください」


「一眼レフはデジカメ等に比べ重く、また大きく目立ちます。盗撮したいなら小型カメラを改造したり、自作した方が軽くて目立ちません」


 次に盗撮された写真と同じ角度で映ってる茅野の写真を見せる無動。


「では、この写真は一眼レフで撮られたものですか? それとも別のカメラで撮られた物か分かりますか?」


「異議あり。弁護側は憶測でしかない共犯者或いは首謀者を捏ち上げてるに過ぎません」


「その憶測を証明して行ってるんですよ」


 目元は鋭く口元を緩め、不適な笑みを見せる無動。


「異議を却下します」


 写真を確認する男性。


「恐らくですが、防犯カメラか監視カメラなどそれに準じる物で撮られた物では無いでしょうか?」


 『Canon T90』の写真を自分の顔と同じ高さに掲げる無動。


「こういう一眼レフカメラでは無いと言う事ですね」


「はい」


「それは何故でしょう?」


「写真を見る限り、女生徒の横にロッカーが映ってますよね」


「はい」


「女生徒より高いロッカーの上部が見えてるという事はそれ以上の高さから撮影したと思います。そんな所に一眼レフがあれば嫌でも目立ちますし、不自然です」


「なるほど」


「仮に、目立たないように細工をしてもそのカメラは古いので遠隔操作が出来ません」


「つまり、このカメラで盗撮する場合はカメラは勿論、人ひとりが天井近くに目立たないように隠れて尚且つ、自分でシャッターを切る以外、撮影方法は無いという事ですね?」


「はい」


「異議あり。それはあくまでもそのカメラでの撮影を否定したものであり、証人が発言した防犯カメラなどで被告が撮影した可能性があります」


「異議を認めます。証人は答えて下さい」


「はい」


 高坂が立ち上がり、無動と入れ替わるように証人が立つ証言台の近くまで来るのと同時に無動が椅子に座る。


「先ほど、犯行に使われた一眼レフでの撮影は難しいとお答え頂きましたが、こうは考えられませんか?」


 高坂に向き直る男性。


「更衣室には言われた通り、防犯カメラなどをに細工を施し、そちらは遠隔操作で、一方で一眼レフでは自分で撮影するという事は出来ませんか?」


 首を傾げながら答える男性。


「出来なくは無いと思いますが、そうすると被写体を上手く撮れるか……」


 男性の発言を遮る様に続ける高坂。


「すみません、簡潔に。出来るか出来ないかのみで答えて頂けますか?」


 高坂の態度にっむとする男性。


「……。出来ます」


「ありがとうございます。この用に被告はカメラを複数台使って、犯行を繰り返していたと思われます」


 懐中時計を取り出し時間を気にする無動。


「まだか……」


 手を上げる無動。


「異議あり。今の発言は証人の発言を遮って得た証言であり、根拠に欠ける物です」


「それは違うぞ。がくせんくん。こちらが聞きたいのは出来るか出来ないかであり、それ以外は審議の妨げになる場合が多いので、発言の簡潔化を求めただけだよ」


「異議を却下します」


「こちらは以上です」


 席に着く高坂。


「弁護側は他にありますか?」


「こちらも大丈夫です」


「では、証人は下がって下さい。ご苦労様でした」


 モニターに一礼し中央委員に先導されて、法廷を後にする男性。


「っち、まだか……」


 再度、懐中時計を取り出し、時間を確認し手を上げる無動。


「裁判長。よろしいでしょうか?」


「どうぞ」


 一枚のプリントを手元に寄せて起立する無動。


「この事件の発端はこの告発状からでした」


 告発状のコピーを掲げる無動。


「これがなければ、今尚犯行は行われていたかもしれません」


「その告発状と今裁判とどう関係があるんだ弁護人?」


「大ありなんです」


 不敵に笑い、数枚のプリントを手元に置き、その一枚を告発状のプリントを同じ高さに掲げる無動。


「こちらは、今回の事件が発覚する事になった告発状です。


 無動が告発状を持っている左手が数回揺れる。


「それでこちらが……」


 右手に持つプリントを数回揺らす無動。


「被告である北村さんが授業や指導館などでノートに書いた文字です。どうです筆跡が違いませんか?」


 裁判官達や高坂がプリントを見比べる中、無動がもう一枚のプリントを掲げる。


「そして、もう一つ。このプリントされた文字はどうでしょう? 告発文の文字と似てませんか?」


 三枚のプリントを見比べる裁判官達と高坂。


「異議あり。これは明らかに弁護側の時間稼ぎであり、審議の妨害です」


「却下します。別に時間稼ぎなんかしてませんよ。次のプリントを配ってください」


 中央委員が無動から受け取ったプリントを裁判官達に渡していく。


「こちらは、筆跡鑑定に出した結果です。告発状を書いた文字と最後に見て頂いたプリントの文字は同一人物が書いた文字だと判断されました」


「なに?」


 眉間に皺を寄せ、配られたプリントに目を通す高坂。


「では、この人物Xは一体誰なのか? 事件に関与しているのか? していないなら何故、事件に詳しいのかなど聞かなければならない事があります。証言台にお呼びしていいでしょうか?」


「お願いします」


 裁判官の一言で一人の学生が証言台に立たされた。


「お名前をお願いします」


「小日向悠。自治区陵南高校二年です」


  ×  ×  ×


「それでは小日向さん、このプリントを見て下さい」


 プリントに目をやる小日向。


「これはあなたの文字で間違いないですね?」


「えぇ、だって貴方が調査協力書にサインさせたじゃないですか」


「えぇ。では、次はこちらのプリントに目を通して下さい」


 告発状のプリントを小日向に見せる無動。


「これは、筆跡鑑定に出した結果、同一人物が書いた物だと判明しました。この告発状を書いたのは貴方ですね?」


「……」


「貴方、この事件において事実を知り得る唯一の証人です。貴方は私に言いました。『友人の為に利他的に成って何が悪いと』貴方の言う利他的とは告発状を書いて終りですか? 殴ってでも、嫌われて構わない。間違った道を進む友人を止めるんじゃ無かったんですか?」


 北村をチラッと見て深呼吸をする小日向。



回想


 写真部の部室前でドアをノックして入る小日向。


『数ヶ月前から北村くんの様子がおかしく、質の悪い連中と一緒に居るのを見ていたので、心配で様子を見に行ったんです』


部室に北村の姿が無く、仕方なく扉付きの収納ロッカーから数冊のアルバムを持ってきて、見ようと表紙を開くと盗撮写真が出てきて驚く小日向。


 そうとは知らず暗室から出てくる北村が慌てて、小日向から盗撮写真を奪い隠そうとする。


「なに、やってるんだよ北村」


「そ、そっちこそ。どうしてここに……」


「俺の事より今のは何なんだ⁉」


 北村の両肩を掴み、問い詰める小日向。


「べ、別に、君には関係ないよ」


 目を合わせようとしない北村。


「何、言ってるんだよ。今の写真は盗撮写真じゃないのか? なんで、そんな事したんだよ‼」


「は、離せよ。君には関係ないよ。放って置いてよ‼」


「放って置ける分けないだろう。誰に頼まれたんだ? 最近よく一緒に居る野村って奴か⁉ なんであんな奴の言う事聞いてんだよ⁉」


 小日向を突き飛ばす北村。


「放って置いてって言ってるだろう。君には関係ない。二度と此処には来ないで」

   ×  ×  ×



「結局、北村くんが話してくれる事が無く、僕は自分なりに調べたら野村という生徒が中心になり、その取り巻き達と一緒に更衣室などに忍びこんでカメラを設置したり、その盗撮写真の販売をしてました」


「そこに北村さんは居ましたか?」


「盗撮現場には居ませんでした」


「には?」


 北村と目が合うも毅然とした態度で答える小日向。


「彼は売れ残った盗撮写真の管理やフィルムカメラで撮られた盗撮写真の現像をしてました」


「そのフィルムカメラというのは?」


「写真部に置いてあったカメラだと思います」


「何故、写真部のカメラだと?」


「以前は有ったはずのカメラがいつの間にか無くなり、中央委員が北村くんを取り押さえに来た翌日にはカメラが戻ってありましたから」


 そこに法廷の扉が開き、瀬良が一礼し、手錠をかけられ不貞腐れた野村の姿があった。


「本裁判における重要参考人とその人物宅を裁判官立ち会いの下、家宅捜査を行った結果、多数の盗撮写真や実際にに使われた改造カメラなど発見し、現行犯逮捕いたしました」


 唯一電源が入っていなかったモニターに電源がつき、立ち会いを行った裁判官の口元が映る。


 ×  ×  ×


 証言台に立つ北村。


「北村さん、本当の事を話してくれませんか?」


 優しく語り掛ける無動。


 無動の顔を見た後、モニターに向かって頭を下げる北村。


「申し訳ありませんでした」


「一体、貴方に何があったんですか?」


「いつものように一眼レフで撮った写真を現像してたら、その一枚に女子生徒が着替えている写真があって、どうしようか迷っていると野村くんに見つかってしまい、バレたく無かったら、言う事を聞けと言われ逆らうことが出来ずに盗撮に協力しました」


 改めて、頭を下げる北村。


「本当に申し訳ありませんでした」


「それは貴方も盗撮写真を撮っていたと言うことですか?」


「自分が協力したのは、盗撮写真の販売とどういった写真が高く売れるのかのリサーチや報告でした」


「では、盗撮写真を撮る事に関しては関与してないんですね?」


「はい」


「弁護側は以上です」


 ×  ×  ×


 裁判官のモニターが映り、中央のモニターに映る裁判官の口元が映し出される。


「主文。被告、北村友仁は本件において一部情状酌量の余地があるが、誰にも相談せずに犯行に手を貸すという軽率な行動を行い、告発文が無ければ現在も同じ過ちを犯しており、感化出来る物では無い。因って、被告を一か月の停学及び、三ヶ月の奉仕活動を命じる」


 裁判官達に深くお辞儀する北村。


 ×  ×  ×


 裁判所前で家中と茅野が無動と瀬良を待っていると二人が裁判所から出てくる。


「野村宅を家宅捜査するとわねぇ。思い切った事をするね、瀬良も」


「仕方ないでしょ。北村くんが本当の事を言わないんだから」


「もし、何も無かったらどうしてたのさ?」


「その時は決まってるわ」


 無動をチラ見する瀬良。


「な、なんだよ?」


 無動の背中を軽く叩く瀬良。


「無動くん弁護を依頼すわ」


 バス停に向かって歩き出す瀬良達をしり目に鼻を鳴らし、自らも歩き出す無動。


「勝手な奴だ」


「無動君」


 背後から声を掛けられ、驚き、歩みを止め振り返る無動。


「あぁ、小日向さん。その節は非礼をお詫びします」


 頭を下げる無動。


「止してください。頭を下げるべきなのは私なんですか」


「っえ?」


「北村の件ありがとうございます」


 頭を下げる小日向。


「貴方が北村を弁護してくれたお蔭で自治区(ここ)を出て行かず済みました。本当にありがとうございました」


「小日向さん。私に出来る事は此処までです。北村さんと良き友人でいて下さい」


「はい」


 瀬良を見つめる無動。


「北村さんに伝えて下さい。まだありますが、卒業写真を貴方にお願いしたいと」


「はい」

 


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