4-1
朝の段階で最高気温を更新した学園自治区では各学校に所属する中央委員や生徒会がせっせと垂れ幕を吊るしたり、校門前ではチラシを配ったり、パイプテントを設置しアルバイトの紹介や相談を受けたりと大忙しであった。
事は、一週間前に急遽、行われた自治区議会にある。
そこで一つの議案が可決され、施行初日を迎えた為である。
垂れ幕には『違法バイト禁止・違法サイト撲滅』と『アルバイト時間の緩和』と二つの垂れ幕に書かれているの満足気な顔で見つめる家中と瀬良。
「あの裁判が黙殺され続けた問題に一石を投じてくれた」
「和真が引き受けてくれなければ、こうはならなかった」
「本人は否定するでしょうけど」
微笑む二人。
「会長」
「瀬良さん」
『こっち着て手伝って下さい』
中央委員や生徒会のメンバーが二人を大声で呼ぶ声に気付き、顔を向けると、パイプテントの前にはチラシを受け取った生徒や自治区内の出来事をまとめた新聞を見た生徒達で溢れかえっていた。
「忙しい一日になりそうだ」
「そうね。でも、悪くない忙しさだわ」
パイプテントに走って向かう二人。
半日授業を終えた茅野は以前から誘われていた陸上部に顔を出す為に部室棟に向かった。
「失礼しま~す」
初めて来る陸上部の部室のドアを開けるも茅野の声は萎んでいく。
「何!? アンタ誰?」
茅野の前に広がる乱雑に置かれたバトンや埃を被った盾やトロフィー。
丸められた賞状や穴だらけのマットだというのに、気にする様子もなく話を続ける数名の部員と茅野を近づいてくる部員。
「茅野さん、着てくれたんだ。ありがとう。部室教えてなかったよね。今、案内するから。先輩方、体験入部の茅野さんです。先輩方のお手間は取らせませんので失礼します」
「お、おい。小森……」
小森は捲し立てると部室のドアを閉めて、茅野を連れて足早にその場を後にした。
「こ、小森さん?」
足を止め歩く小森。
「ごめんね。茅野さん」
「あそこは部室じゃないの?」
苦笑する小森。
「あそこは見て貰った通り、先輩達が独占してて、私達は違う場所なの」
言われるがままに小森について行くと、女子バスケの部室に案内される茅野。
「此処が私達の更衣室」
「でも、ここって……」
「そう。女バスの部室なんだけど、部長さんがシェアさせてくれてるの」
「そうなんだ」
「ごめんね。茅野さんが転校前に居た陸上部とは雲泥の差でしょ? 私も此処まで酷いとは思わなかったの」
「ううん、気にしないで。私の方こそ急に走らせてなんて言ってごめんね」
「そんな。私、嬉しかったんだから。私が以前、茅野さんと体育で走った時に誘ったのを覚えてて、クラスが違うのに会いに来てくれて」
「そっか。ありがとう、小森さん。お礼に私で出来る事があれば力になるからね」
「うん。お願いね」
二人は着替えるとグランドに向かうと他の部員達が練習に使うハードル等の準備をしている。
茅野達がウォーミングアップを終えて、練習に取り掛かろうとした時に、部室に居た先輩部員達がだらだらと歩きながら陸上部の練習場所に向かってくるのに気づいた部員達の顔色が曇る。
「マジ?」
「何で、今日に限って出て来るわけ?」
「真面目に練習しないんだから部室に居ればいいのに」
「大した実力もないのに親のお金で部長になったクセに」
後輩達の忍び声に眉を吊り上げ、その内の一人を引っ叩く藤代。
「聞こえてんぞ。親の力も立派な力だよ。誰のおかげで最新のスパイクや練習器具を無料で使えてると思ってんだよ」
「…柴咲さんが部長だったら…」
「なんだと!?」
藤代に睨まれ目線を外し押し黙る後輩達。
藤代が胸ぐらを掴み、もう一発叩こうと手を振りあげると、茅野と小森が間に入って止めに掛かる。
「何してるんですか!? その子、出血してるじゃないですか」
藤代に顔を叩かれた後輩は鼻血が垂れ、それを手の甲でふき取る。
「誰か保健室に連れて行って」
「小森、私は大丈夫だから」
「ダメだよ。試合もあるんだし」
「どうせ、この部長さんのせいで私ら出れやしないよ」
「あんたら後輩は黙って、先輩の言う事聞いてな」
「私達はしもべでも下女でもないんだよ」
「ちょっと、見てないで皆も止めて」
小森に言われて慌てて美作を羽交い締めにして藤代達と距離を離す。
いざこざが治まり、藤代の腕を抑えてた茅野が小森達の元に戻って着た。
「茅野さん、ごめんね。とんだ体験入部になっちゃったね」
「あ、あはは」
苦笑する茅野。
「もう、分かったと思うけど部長達が居る限りマトモな活動が出来ないの」
「くそぉ、こんな陸上部入るんじゃなかった」
茅野以外の後輩達が俯き悔しそうに腕を振るわせていた。
「あ、あのさ、さっき言ってた柴咲さんて、もしかして柴咲杏姫さん?」
茅野の一言で曇ってた小森達の顔色が一気に華やいでいく。
「茅野さん。柴咲先輩の事知ってるの!?」
興奮した小森達が詰め寄り、若干怯えつつも話し始める茅野。
「中学時代に一度だけね。全国大会で」
回想
ウォーミングアップを始めようと、競技場の外で準備体操をしていると歓声が上がり、ふと競技場を見ると綺麗なフォームで他選手との差を広げて行く柴咲の姿に目を奪われる茅野。
× × ×
「あの試合は凄かったなぁ。その日、私も出たはずなんだけど覚えてないもん」
色めき立つ周りを他所に、目を細める茅野。
「…けむり?」
「え?」
茅野の一言に振り返る小森達。
「(指を指す)なんか、燃えてません?」
「あの辺って、部室棟だよね?」
生徒の一人が慌てて運動場に駆けてくる。
「た、大変だ!! 部室が燃えてる。陸上部の部室から火が出たぞ!!」
「っえ、うそ!? あの先輩達何してくれてんだよ」
美作を含む数名の陸上部部員が部室に向かう。
「マジ!? ごめん、茅野さん。私、行かなきゃ!!」
「私の事はいいから、早く行ってあげて」
「ごめん。ありがとう!!」
翌日。鎮火された部室前には中央委員が立っており、誰も立ち入り出来ないようになっていた。
書類を持って弁論部に向かう家中。
無動はアイマスクを付け、ソファーで久しぶりの惰眠を満喫していた。
そこにドアをノックし、部室に入る家中。
「人の眠りを邪魔するとはな……」
「眠れているのかい?」
起き上がり、ソファーに座り直す無動。
「そんな事より、此処に来たってことは……」
対面に座る家中。
「昨日の昼過ぎにボヤ騒ぎがあったの知ってるかい?」
「夏休みだからって羽を伸ばしすぎだな。面倒な裁判になりそうだ」
「まぁ、それは櫻子に任せておけば問題ないよ」
訝しむ無動。
「違うのか?」
「君にはこれを」
調書を渡され、中を見る無動。
「万引きかぁ」
「君にはそっちをお願いしたい」
「面倒な事件じゃあなさそうだな」
「そう……だと、言いんだけどね」
「何かあるのか?」
「僕には分からないよ。それより、事実をお願いするよ」
「あぁ、分かってる」
バスを乗り継ぎ、生徒指導館まで来た無動は手続きを済ませると面会室で調書を鞄から取り出し被告人が来るのを待っていた。
無動が待つ事二~三分経つと看守に連れて来られる柴咲。
「貴方の弁護を担当する無動です」
「よろしくお願いします」
「では、今後の方針ですが……」
「貴方に任せます。お店の方にも謝りたいと思ってます」
「万引きを認めるんですね?」
「はい。出来心とはいえ許される事では無かったと思ってます」
調書を仕舞う無動。
「その通りです。ですが、人は間違いから学ぶ事もあります。今回は情状酌量を訴えましょう」
「(頭を下げ)お任せします」
面会室を後にする柴咲。
生徒指導館を後にした無動は被害に遭ったコンビニに向かうと見慣れた顔が店員に詰め寄っていた。
瀬良が店員に柴咲の写真を見せ、話しを聞く。
「この生徒でしたか?」
「何やってんだ?」
横目で無動を見る瀬良。
「なに? 来たの?」
頭を掻く無動。
「無動くんの方こそどうしてここに?」
瀬良に鞄から調書を取り出し、表紙を見せる無動。
「これだ。そっちは?」
写真を仕舞う瀬良。
「関係……無くもないかも……」
「もう、良いですか?」
「あぁ……。はい」
レジに戻る店員。
「(頭を下げ)お忙しい所、有難う御座いました」
顔を上げ、外に出るよう無動に合図する瀬良。
日が沈みかけた頃、一軒のファミレスに入り、注文を終えた二人の元に頼んだ品物がウエイトレスが運んで来た。
「それでは、ごっゆくり」
品物を運び終えたウエイトレスが去ると、アイスコーヒーにシロップとミルクを入れ、ストローで混ぜる瀬良。
「昨日、ボヤ騒ぎがあったの」
「らしな」
「知ってるなら、話しが早いわ」
ホットホーヒーに口をつける無動。
「その容疑者が柴咲杏姫なの」
咽る無動。
「根拠は?」
「ボヤ騒ぎが起こる少し前に、学校で柴咲さんを見た人がいるの」
瀬良からハンカチを貸して貰い制服を拭く無動。
「動機は?」
「怪我で退部した逆恨みって所ね」
「逆恨み?」
回想
自治区陵南高校のグラウンドで各、運動部が練習を行っている。
陸上部員がレーンに並び、柴咲と植野優亜がクラウチングスタートの姿勢になり、合図と共に走り出す。
「練習中に柴咲の隣で走ってた子 が転けて、それに巻き込まれたの」
植野が躓き、体勢が崩れ転ぶと、横を走っていた柴咲も巻き込まれ横転し、片足を抑える柴咲。
× × ×
汚れたハンカチを瀬良に渡そうと、ハンカチを差し出す無動。
「普通、洗って返さない?」
「あー、それもそうだな。今洗ってくる」
立ち上がり、お手洗い場に向かおうとする無動。
項垂れ、無動のワイシャツを掴む瀬良。
「ちょっと待って。何処で洗うつもり?」
「何処って……」
『お手洗い』と書かれているプレートを見る無動。
「もういい。私が馬鹿だった」
デカいため息を付き、無動からハンカチを奪う瀬良。
「お、おう」
手持無沙汰になった無動は二~三回、両手をグーパーと開閉したのち着席した。
「それで?」
「なにが?」
「陸上部の続きだよ」
「あぁ、柴咲さんは怪我で退部。代りに今の部長がレギュラーになったの」
「なる程ねぇ」
「去年の事とは言え気になってね」
「因みにボヤ騒ぎは何時頃だ?」
「午後三時」
「無理だ。その時間なら、絶賛万引き中だ」
「だから、確かめに来たの」
「学校からあそこのコンビニまで走っても、四十分は掛かる」
「陸上経験者なら三十分よ」
「走ってみたのか?」
河川敷でジャージを着て走り込みをする茅野。
「走るのが得意な子がいてね」
頭を掻く無動。
「まぁ、どっちにしても、無理だな」
「そうみたいね。出直すわ」
アイスコーヒーを一気に飲み干し、ファミレスを後にする瀬良。
「(レシートを見て)俺、持ちか」
項垂れる無動。
日が沈み、陵南高校では殆どの生徒・教員が帰路について頃、弁護部には煌煌と明かりが照らされる中、うちわを扇ぎながら、調書を読み返す無動。
コンコンとドアが鳴り、無動が顔を上げると家中が部室に入る。
「今、良いかい?」
持ってきた缶コーヒーを無動に渡し、ソファーに座る家中。
「なんだ? 急用か?」
「茅野さんの事なんだけど」
缶コーヒーを開けようとした手が止まる無動。
「(缶コーヒーを開け)なんだ?」
「陸上部に入るかもしれないよ?」
「(缶コーヒーを煽り)興味ない」
「君はいつもそうだね」
「事実だからな」
「それは君の本心かい?」
「何が言いたい?」
「例の事件以降、君は変わった。口調が攻撃的だよ」
「弁論部に入れば、色んな人間をみるし、恨みも買うからな」
「僕らはそれを解決したいんだ」
「そんな事をしても、標的が変わるだけだ」
「……僕はそうは思わないよ」
「本質は変わらない。人間なんてそんなもんだ。もういいか。裁判まで時間が無いんだ」
「あぁ、ごめん」
部室を後にする家中。
日差しが強く座っていても汗が滝のように流れる中、無動は被害に遭ったコンビニの前で汗を拭きながら、数時間出入りする客を観察している。
無動の後ろに忍び寄る影。
「ちょっと、何してるの?」
後ろを振り向き、驚く無動。
「うぉ、なんだ!? 瀬良か」
「こんな所でなにしてるの?」
「検証中なんだ。それがなんだ?」
「(コンビニを指差し)クレーム」
「一人の学生の今後を左右するんだ。多少、多めにみろ」
「(ため息を付き)なら、目立たない所で……。お店には伝えとくから」
電柱に隠れる無動。
「これで、良いか?」
「(眉をひそめ)良いんじゃない」
「突っ込めよ。おい、突っ込めよ」
「そういうのは優一か茅野さんにお願いするわ」
瀬良がコンビニに事情を話しに向かおうと、歩き出した時にスマホが鳴り、電話に出る。
「もしもし……そう。ありがとう。私も今から向かうわ。お疲れ様」
「何かあったのか?」
「闇バイトでしてた子を捕まえたらしいの。周知の徹底したつもりだったのに」
額を二~三回軽く叩き、悔しがる瀬良。
「お前だけのせいじゃないだろう。闇バイトが救いだった学生とっては、やってるうちに犯罪意識は薄くなってしまうもんだ」
「えぇ、わかってる。でも、違法は違法。制度が変わったんですもの。普通に暮らせるように私達が支援出来る事はしていくし、取り締まるべき物は取り締まって行くわ」
「まぁ、がんばれよ」
「えぇ、貴方も」
走って現場に向かう瀬良。
生徒指導館の看守に連れられて来た柴咲が椅子に座り、無動が調書を開く。
「柴咲さん、この調書に間違いはありませんか?」
「(頷き)はい」
「何故、ボールペンなんです?」
「何でもよかったんです」
「なる程。出来心ですもんね」
「はい。すみません」
「いつも、生徒手帳をお持ちで?」
「はい」
「肌身離さず?」
「いけませんか?」
「いえいえ。気になっただけです」
「嘘だと思うなら、クラスメイトに聞いて下さい」
「クラスじゃあ、有名なんですね。生徒手帳を持ち歩いてると」
「違います。事件の前日に落としたのを拾ってくれたクラスメイトが居るんです!!」
「っあ、そういう事でしたか」
「拾ってくれたクラスメイトの名前言いましょうか!?」
「そこまでしなくても……一応、名前だけ聞かせて下さい」
調書を捲る無動。
「あーそうだ。ランニング中は何を飲むんです?」
「スポーツ飲料ですが……」
「スポーツ飲料……」
「それが、何か?」
「いえ、陸上部員らしいですね」
「元、ですけどね……」
「引退では無く退部なのは怪我が原因ですか?」
「(目線を逸らし)っえ!? えぇ」
看守が面会時間の終了を伝え調書を仕舞う無動。
「もう、時間なので失礼します」
椅子から立ち上がり、その場を去ろうとする柴咲と立ち止まる無動。
「最後にもう一つ良いですか?」
「(振り返り)なんでしょう?」
「万引きした時は何を飲んでました?」
「スポーツ飲料だったと思います」
「(作り笑顔)有難うございます」
夕陽が沈みかけた頃、バスを乗り継いで陵南高校に戻って着た無動は陸上部が練習しているグラウンドに足を向けた。
陸上部が後片付けをしていると、無動と小森が話してるのに気付き、振り返る茅野。
「貴方が植野さん?」
「違いますけど」
「植野さんは何処にいますか?」
「植野さんに何の用ですか?」
「事件の調査でお話を……」
「ボヤ騒ぎの件ですか?」
「その件では無いので、ご安心を」
「じゃあ何を聞きに?」
「柴咲さんの怪我についてです」
「あの失礼ですけど貴方は?」
「私ですか? 私は柴咲の裁判で弁護を担当する無動といいます」
「先輩の!? 先輩は絶対万引きなんかするような人じゃないんです。絶対無実なんです。先輩を助けて下さい」
無動の手を握り、柴咲の無実を必死で訴える小森。
「ですがね、本人は認めてるんでね……」
小森に握られた手を解いた無動の手を再度握る小森。
「何かの間違いです。先輩は無実です」
小森を他の部員が校舎近くから片手を大きく振り、呼ぶ。
「小森、女バスの人が更衣室を閉めたいって言ってるよ~」
小森が振り返り、手を振る。
「わかった。今、行く」
「女バス? 更衣室? どういう事です?」
「私達の部室は部長達が独占してて、使わせて貰えないんです。それどころか、練習もしないクセに試合だけには出てきて私達の邪魔ばかりするんです」
「よく、そんな部活を続けられますね。私ならとっとと辞めますがねぇ」
「柴咲先輩や植野先輩を信じてますから。戻ってくることを。そして一緒に走れることを」
頭を下げる小森。
「柴咲先輩の事、宜しくお願いします」
「ま、まぁ。ご希望に添えるかは分かりませんがね……」
部員達の元に走って向かう小森。
首をさする無動の背後にきまずそうに近づく茅野。
「無動さん」
振り返り、ため息を付く無動。
「なんだロリ?」
「こんな所で何してるんですか?」
「お前は陸上部か?」
目を逸らし、答える茅野。
「いえ……まだ」
「違うなら用がない。邪魔だ」
「す、すみません」
辺りを見渡し、陸上部員が居ないことを確認するとため息を付き、スマホで時間で確認する無動。
「まだ、瀬良が居ると良いんだがなぁ」
「あ、あの……事件なら何か手伝う事があれば……」
「興味本位で関わるな。迷惑だ」
「す、すみません」
弁論部の部室に向かう無動の後ろ姿を黙って見送る茅野。
日が沈み、弁論部の部室ではやかん瀬良がお湯が沸いたのを確認し、コーヒーを淹れ、調書を見直している無動に渡す。
「何か用なの?」
コーヒーが入ったマグカップを置きソファーに座る瀬良。
「まぁ、ちょっとな」
調書を閉じ、清明を摘まむ無動。
「こっちも、別件で忙しいよ」
「ファミレスで言ってた件か?」
「えぇ。中々話してくれなくてね」
マグカップのふちを親指でそっと拭く瀬良。
「所でボヤの方はどうなってるんだ?」
ソファーの背もたれに寄りかかり、天井を見上げ右手をおでこに乗せる瀬良。
「そっちは他の容疑者すら見つからない。手詰まりよ」
ため息を付く瀬良。
「そうか」
「えぇ……」
万引き事件に関する資料の中から陸上部の部員名簿を見つめる無動。
「植野優亜って、何者なんだ?」
「柴咲さんと先輩後輩の仲よ。最も、彼女は怪我でここ数日休んでるわよ」
「そうなのか?」
「えぇ。確か、事件があった日が最後に登校した日じゃないかしら」
「そいつは容疑者にならないのか? ほら、部長達三年は嫌われてるんどろう?」
「事件の起きた時間帯には自宅近くで目撃されてるの」
「なるほどな」
「えーっと住所は……」
無動が鞄に部員名簿を仕舞い、流し台に行きマグカップに残ってるコーヒーを呷り、飲み干すと流し台に置く。
「会ってみるか」
「用件は終わったみたいね。なら、私も出るわね」
シンクでマグカップを洗った後に部室を出て行く瀬良と自治区の地図でルートに確認しつつ、瀬良が出て来るのを待つ無動。
早朝、植野が住むマンション前で、地図から目を離す無動。
「ここかぁ」
自動ドアの前に立つが開かず、自動ドアのセンサーに手をかざしてみるも、反応せず、数歩下がって自動ドアに背を向け頭を掻き、横にあるオートロックに気付き植野が住む部屋番号を押す無動。
「……はい。どなたですか?」
「自治区陵南高校・弁護部の無動と言います。お話を聞かせて下さい」
「ボヤの件は知りませんけど?」
「もう一つの件です」
「もう一つ?」
「はい。柴咲の件です」
「……」
「植野さん? もしも~し?」
自動ドアが開き、中に入る無動。
植野に通され、リビングに繋がる廊下を進み、無動がソファーに座ると飲み物を持ってくる植野。
「柴咲先輩の何が知りたいんでしょうか?」
「人となりです」
「人となり、ですか?」
「っあ、他の人にも聞いてますので、あくまで念のためです」
「そ、そうなんですね」
「はい」
× × ×
無動に差し出されたコップの中が氷のみになる。
「私が知ってるのはこれ位です」
「ありがとうございます」
「いえ」
「植野さんは嫌がらせは受けなかったんですか?」
顔を逸らす植野。
「そ、そうですね」
「そうですか。分かりました」
写真立てに入っている柴咲と植野がメダルを掲げ、満面の笑みのツーショット写真に目をやる無動。
「その写真……」
びっこを引きながら慌てて隠す植野。
「こ、これは中学時代の物で……」
「二人共良い笑顔ですね」
「先輩が喜んでくれた唯一の大会でなので」
懐かしむ様に写真を見つめる植野。
玄関に向かい、靴を履く和真。
「あーそうだ、あと一つだけ」
「な、何でしょうか?」
「足、どうされたんですか?」
「ちょっと前にぶつけちゃって」
「大丈夫ですか?」
「えぇ。もう少しで完治します」
「そうですか。早く治ると良いですね」
「有難うございます」
昼を回りバスを乗り継いで、自治区陵南高校に着くと柴咲のクラスに向かう無動。
「久良さ~ん。久良良美さ~ん」
教卓の前で読書をしていた女性が顔を無動に向ける。
「はい。なんです?」
「貴方が久良良美さんですか?」
「えぇ、そうですけど。なにか?」
「柴咲さんの事で聞きた事が一つあるんですが?」
「なんです?」
「柴咲さんが起こした事件当日に彼女の生徒手帳を拾ったというのは事実ですか?」
「えぇ、間違えありません」
「本当に事件当日で柴咲さん本人の生徒手帳で間違えありませんか?」
「ですから、間違いありませんって」
無動と久良が話している途中に無動の後頭部にバレーボールやテニスボールをぶつけられる。
「流石、野球部。ボールは違ってもコントロールは抜群だな」
「あんなデカい的なら目を瞑ってもぶつけられるぜ」
「ちげぇね」
大口を開けて笑う男子生徒達。
「早く、出て行けよ。人殺し」
クラス内で無動に対して『人殺し』が沸き、しぶしぶ久良との話を切り上げる無動。
「も、もう出て行きますよ」
紙くずなど無動が教室を出て行くまで投げ続けられた。
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