1-6 ショッキングピンク
久しぶりに郷里が見えてきた。
見えてるよな?真っ暗だけど。
バーチャんの家の最寄りのバス停でバスを降りると、周囲は月明かりと少しばかりの街灯だけ。
国道の脇に広がるのは田んぼと畑。
相変わらずの田舎だ。
周囲が薄暗いので、手元のスマホがやけに明るく感じる。
改めて不在着信を見ると10件以上。
全てが会社からの着信の羅列で、1時間程前が最後だ。
最後が1時間前なら諦めたか?
これなら大丈夫だろうとバーチャんに電話する。
「はい。」
「二郎です。」
「…」
「……」
沈黙する俺の脇を車が通りすぎる。
「どちらの二郎さん?」
「あなたの孫の二郎です。」
「今、どこにいるん?」
「近所のバス停の前。」
「じゃぁ~ こっちに来るのは明日かい?」
「いや、バーチャんの家のそばのバス停。」
「ありゃまぁ、随分と早かったねぇ。」
また俺の言葉が足りなかったようで、『近所のバス停』を都内のバス停だと思ったようだ。
「国道沿いにマクドがあるだろ。」
「あれかな?」
国道の先に大きな『M』の看板が見える。
「晩御飯食べたか?」
「いや、急いで来たから。」
「何もないけん。マクド買うてこい。」
おいおい、久しぶりの帰省だぞ。
少しはバーチャんの手料理とか期待しても良いだろ。
「どうせ明日だと思って何も無いんじゃ。」
「わかった、適当に買ってく。」
「したら迎えに行くけん。」
「じゃぁマクドで待ってる。」
バーチャんとの電話が切れ、マクドに向かって歩いているとスマホに着信が入った。
画面には『会社』と出ている。
ちっ、諦めの悪いやつだ。
どうせ山田だろうと電話に出ると、女性の声が聞こえる。
「せんぱぁ~い。」
彼女の声がする。
「何だ、お前かよ。何か用か?」
執拗な会社からの連絡、バーチャんの手料理を食べられない状況に思わずイラついて乱暴な言葉が出てしまった。
「センパイ。言い方!」
「ごめん、ごめん。」
「課長が電話欲しいって。」
「まだ諦めてないのかよ。」
「山田くんが課長に泣きついたみたい。」
「課長も山田も残ってる?」
「いるわけ無いじゃん!」
「まぁ、そうだろうね。この時間だし。」
「私らには終電まで残業させて、自分達はさっさと帰ってるしぃ。」
「近所の居酒屋で二人で呑んでるかもな。」
「えっ!マジ?」
「あれ?知らなかった?」
彼女は知らなかったみたいだ。
私を含めた部下たちに残業をさせて、自分達は会社帰りに呑み歩いてるらしい。
連日終電で帰る際に、同じく終電に赤い顔で乗り込んできた二人を俺は何度も見かけている。
「自分達は呑んで終電。」
「俺らには仕事で終電ってか?」
「なんかムカつくぅ~。」
「確かに。」
彼女もあの二人には思うところがあるようだ。
「今年に入ってからから残業が増えたよね。」
「去年の今頃はテレワーク推奨だったのにな。」
「そうそう。テレワークを止めたの課長でしょ。」
「あぁ。完全に効率無視だな。」
「今どき、テレワークがダメなんてあり得ないよね。」
「それも俺らの課だけな。」
パワハラ課長と山田が来る前、作業効率を考えてテレワークが導入された。
俺と彼女が属する部署でも、テレワークは許された。
それを機会に俺はノートパソコンを新調したのだ。
テレワークに変わってから、確かに作業効率は向上していた。
元々、以前の課長は作業効率重視で、無駄な会議や集まりなどに前向きではなかった。
皆が集まる会議で元課長に伺いを立てるような報告が出ると、
『会議は報告の場ではない。時間の無駄だと。』
そう言いきる程だった。
その元課長が会社を去り、新たに着任したのが今のパワハラ課長だ。
その課長に続いて入ってきたのが山田だ。
「あの二人って何?男同士でホモっぽい。」
「ホモ?」
彼女の語録では、男同士が二人で酒を呑むのは『ホモ』表現らしい。
確かに流行りの『ボーイズラブ』なんて言葉は二人には似合わない。
『ゲイ』も違う感じだから『ホモ』が妥当かもな。
「そういえば、知ってるか?」
「あの二人のホモプレイ? 」
そろそろホモから離れて欲しい。
「あの二人って途中入社だろ。」
「知ってる知ってる。同じ会社から来たんでしょ?」
「なんだ知ってるんだ。」
「人事部の同期から聞いたしぃ。」
おいおい我社の人事部は大丈夫か?
「外資系企業の日本法人とか言ってたな。」
「へぇ~。あれで外資系って信じられない。」
「課長は『外資系の経験を活かして成果主義で進める』なんて周囲に語ってるらしいぜ。」
「あの課長が成果主義?センパイはあの課長の成果って思いつきます?
彼女の問いかけに頭をひねった。
あの課長が出した成果があるだろうか?
「成果かぁ…」
「テレワークを止めたとか?」
「それは成果じゃないだろ。」
「だよねぇ~。」
そんな話をしているとマクドに到着した。
「まだ頑張るのか?」
「帰る!あの二人が呑んでるって聞いて馬鹿馬鹿しくなった。お腹も空いたしぃ。」
「それが正解だな。」
「センパイは田舎でお袋の味ですか? 」
「いや、マクドだよ。」
「マクド?先輩の田舎って関西ですかぁ~?」
こいつ、意外と鋭いな。
俺が大学入学で東京に出てきて、マックとマクドの違いに少し戸惑ったのを思い出す。
同じ学部の新入生同士で会話していても『マクド』で普通に通じていたが、新たに会話に混ざった一人が『マック』と言い出した。
言い出した本人は気にしなかったが、俺の周囲の数名が『マックって何じゃ?マクドやろ?』と口にして気がついた。
最初に会話していた数人は皆が関西弁で、新たに加わった奴は標準語だった。
そこからしばし出身の話になり、俺が淡路島出身だと口にすると少し驚かれた。
関西出身の連中も、淡路島出身の奴は初めてだと言っていた。
「田舎に帰ったのに晩御飯がマクドですかぁ?」
「悪かったなぁ。切るぞ。」
「ごめんごめん。明日の朝一で山田か課長に連絡してね。山田ウザイから。」
「わかった。切るぞ。」
電話を切りながらマクドに入店しようとしたら、目の前にショッキングピンクの軽トラが現れた。
凄い色合い。
普通に見かけるのは白の軽トラだが、目の前の軽トラはボディも荷台も全てがショッキングピンクなのだ。
地元のヤンキー登場か?
こんな田舎にあまりにも不釣り合いな色合いに驚いていると、懐かしい声がする。
「二郎!」
ショッキングピンクの軽トラ。
その運転席の窓を全開にして、バーチャんが俺を呼んでるのだ。
バーチャん、こんな登場をされたら目も熱くならないし汗も出ないよ。
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