1-5 センパイ
無事に新幹線の自由席を確保できた。
出入り口の直ぐに席を確保できたので、キャリーバッグは自席の後ろだ。
夕刻前の車内は空き気味だったので、二人席の窓際に座り隣にはパソコンの入った専用ケースを置いている。
ちょっと贅沢な使い方だ。
誰か来たら専用ケースは俺の膝の上だなと考えていると、ウエストポーチから振動を感じる。
電話? また会社からか?
スマホを取り出すとLINEの着信だった。画面に意味不明な言葉が出てくる。
「集団お見合いですか?センパイ!」
添えられたスタンプはクックッと笑っている感じで、少しイラッとする。
「誰がお見合いだって?」
そう返すと、暫くして返事が返ってくる。
「課長が言いふらしてる」
再び課長に左フックをプレゼントしたい気分になった。
「祖母の様子見を兼ねた帰省だよ」
そう返すと既読がついた。
俺をセンパイと呼ぶ彼女。
彼女とは先輩&後輩な関係ではない。
確かに年齢的には俺が年上だが、同期入社の同僚だ。
俺が就職留年なので年上だと言うことから、俺のことを『センパイ』と呼んでくる。
彼女は俺が就職留年しているのを知っている。
同じ大学だったからな。
『先輩ですよね?』
入社後のオリエンテーションで、声をかけてきた女性がいた。
それが彼女だ。
リクルートスーツを着こなし、真っ黒な髪はショートボブ。
まさに新入社員な装いの女性から『先輩』と声をかけられる繋がりはないはずだ。
大学最後の就職留年した1年は、ジム通い、バイト、大学ゼミの手伝い、そして就職活動のローテーションで過ごした。
彼女を作った記憶もない。
ほぼ女性との接点なしで過ごしたのだ。
彼女の顔は入社面接でも見かけなかった。
けれども手伝っていた大学のゼミにいた一人なのを思い出した。
そんな彼女が、何でこの会社にいるんだと思ったのも今では少し懐かしい。
「私も参加できますか?」
えっ?
「その集団お見合い、私も参加できますか?」
意味の無いLINEを続ける気にならず、マナーモードで放置することにした。
◆
乗客の移動する音で目が覚めた。
少し寝てしまったようだ。
車内は更に空いた感じがする。
それなりの人数が新大阪で降りたのだろう。
二人かけの隣席。
結局は誰も座ろうと尋ねてこなかったので、ノートパソコン専用カバンは置いたままだ。
ウエストポーチからマナーモードにしていたスマホを取り出すと、不在着信とLINEの着信を確認した。
どうせ不在着信は会社だろうとLINEを開くと、
「センパイの田舎、どこですか?」15:08
「山田くんが連絡待ち。」16:00
「山田くんが連絡待ち。その2」16:14
「山田くんがウザイ!」16:31
俺の個人情報を聞き出そうとする彼女の言葉と、山田の必死そうな様子が笑えた。
最後のLINEスタンプは怒りを表している。
車内アナウンスが新神戸の到着を知らせる。
降りる支度をしようとスマホをウエストポーチに戻そうとすると、一瞬だけスマホが震えた。
不在着信を見るのは面倒な感じがしたので見ない。
ここからバスに乗り換えて郷里に向かう。
俺が育った郷里。
バーチャんの住む所。
淡路島
それが俺を『センパイ』と呼ぶ彼女にも教えていない、俺の郷里だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます