1-4 コスプレ集団


「ふう。」


 帰省のためにキャリーバッグに着替えを詰め終わり、ふとため息をつく。


 年次有給休暇とGWを組み合わせて3週間の休みだ。

 バーチャんの所での洗濯も考慮して、着替えは10日程度で良いだろう。

 肌着や靴下を10セット。

 替えのシャツも10枚、キャリーバッグの容量を考えてズボンは2本に抑えた。


 着替えを取り出したタンスを見るとスカスカな感じだ。

 俺って手持ちの着るものが少ないんだな。

 就職してから購入した普段着のほとんどが、キャリーバッグに収まっているように感じる。


 愛用のノートパソコンを専用バッグに入れ、電源も忘れずに放り込む。

 おっと、スマホの充電器も忘れずに。


 財布やPASMOをスーツの上着から出し、腰に巻き付けたウエストポーチに押し込む。


 これで忘れ物はないだろうと部屋を見渡し、テーブルの上においた勾玉の入った箱に目線が行く。


『預かっとけ』


 バーチャんに言われた勾玉。

 お爺ちゃんの勾玉。


 これ、置いていって良いのだろうか?


 3週間もアパートの部屋を空ける。

 預かったお爺ちゃんの勾玉は、なんとなく失くしたくない感じだ。

 迷ってもしょうがないと、キャリーバッグを開けて箱ごと放り込む。


 これでよしと立ち上がり、普段着使いのジャケットを羽織り、キャリーバッグの上にノートパソコン専用ケースを乗せてアパートを出た。



 駅前の銀行ATMで、残高の少ない口座から現金を降ろして財布にしまう。

 駅の改札に向かおうと歩き出すと、チラシを配る女性が見える。


 あの若奥様だ。


 若奥様が配るチラシは、誰も受け取っていない。

 手渡そうとするが、誰も手を出さず受け取られない感じだ。

 若奥様の配り方が下手なのか?


 就職留年時代のバイトを思い出す。

 3つ隣の駅前で俺もチラシを配った。

 白い上下のスーツを着たおじさんが店の前に立つ、例のやつだ。


 一緒にチラシを配ったあの娘。

 どうしてるかな?

 随分と可愛い娘だった。

 少し会話したけど、同じ大学の1年生だったから俺と3~4歳離れてたか?


 そんな事を考えている俺の前にチラシが出される。


「○○日に13時ですよ♪」


 見れば若奥様が笑顔でささやいている。

 思わず、「はい」と返事をしてチラシを受け取っていた。


《神に会える ○○日13時集合》


 渡されたチラシはやっぱり怪しい。


 貰ったチラシを目の前で捨てるのも悪いと、折り畳み、ウエストポーチに突っ込むと共にPASMOを取り出す。


 自動改札にPASMOをかざすと後ろから声が聞こえた。


「いってらっしゃい」


 えっ?俺に言ってる?

 誰だろうと後ろを振り返っても誰もいない。


 今のは何だろうと思いながら、キャリーバッグをゴロゴロと引き、ホームに上がれるエレベータに向かう。


 エレベーターの前には年配な男性と若い男女が立っていた。


 おいおい、年配の男性。

 白いスーツにスッテキなんてまさに『カー○ル・サンダース』じゃないか!

 よく見れば白い髪に白い髭。黒ぶちのメガネまでかけてそっくりだ。


 若い男性はよく見れば執事服。

 隣の女性はクラシックな感じのロングなメイド服。

 さすがに白いエプロンは無しだ。

 白いスーツのサンダースさん(そう呼ぼう)はステッキだけだが、執事さんもメイドさんも俺と同じぐらいのキャリーバッグを持っている。


 これってコスプレか?

 どこかでコスプレ大会でもあるのか?


 この3名に加えて、俺までキャリーバッグ持ちでは、一緒にエレベーターに乗れないだろうと考えているとエレベーターのドアが開いた。

 先に待っていたサンダースさんと男女が乗り込むと、案の定、俺とキャリーバッグが乗れるスペースが無いようだ。

 男女は詰めてスペースを作ろうとするが、明らかに俺が同乗するのは無理だろう。


「どうぞ先に行ってください。」


 そう声をかけるとエレベーターのドアが閉まる。

 透けて見えるエレベータの窓の向こうで、メイド服な女性に軽く会釈された気がする。


 釣られて俺も軽く会釈してしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る