1-3 宅配便


 アパートに戻り、いつもの習慣で郵便受けを確認しようとするとポスティングをしている女性がいた。

 アパートの集合郵便受けにチラシを入れている。


 その女性と目があった。

 随分と綺麗な女性だ。


 セレブな若奥様?

 いやいやセレブな若奥様がポスティングはしないだろ。


「チラシ、入れさせてね。」


 そう告げる若奥様に、どうぞどうぞと進めると手渡しでチラシを差し出してきた。

 ニコニコと微笑む若奥様は、何とも言えない美しさだ。

 こんな綺麗な人、近所にいたかな?


 そんなことを考えながらアパートの部屋の鍵を開けて室内に入り、後ろ手に内鍵をかけながら手元のチラシを見ると…


《神に会える ○○日13時集合》


 う~ん。何とも怪しい。

 思わず内鍵をかけたかを再確認してしまった。

 若奥様から受け取ったチラシはテーブルの上に捨て置いた。


 スーツを脱ぎ普段着に着替え、帰省のための着替えをバッグに積めようとするとノックの音が聞こえる。


 宅配便が来たのだろうかと時計を見ると11時。

 やけに早いなとドアを開けようとして、ドアノブにかけた手を止めた。


 待てよ。

 さっきの若奥様が宗教の勧誘か何かだと面倒だな。

 神に会えるなんてチラシを配ってるんだぞ。


 そんなことを考えていると


「宅配便でぇ~す」


 男性の声に少し安堵しながらドアを開けると、さっきの若奥様が立っていた。


「○○日に13時ですよ♪」


 えっ?!

 若奥様が笑顔でささやく。

 思わず「はい」と返事をしてしまった。


 にっこりとした若奥様がスウ~と横に移動すると、後ろには宅配便のお兄ちゃんが立っていた。


「宅配便です…」


 さっき聞こえた宅配便を知らせる男性の声だ。

 宅配便のお兄ちゃんは、片手で荷物を前に付き出しながらも横を見ている。

 こいつ、若奥様の後ろ姿でも見てるのか?


「どこから、誰宛ですか?」


 宅配便のお兄ちゃんは俺の声にハッとして、若奥様の後ろ姿から俺を見直した。


「え~と、モンシュ・・」

「カドモリ」


「あぁ~ これ、カドモリって読むんですね。」


 どうやら祖母からの宅配便だ。


「え~と、モン?カド?・・二郎さん宛です。」


 今、カドモリと読むと伝えたよね?


「判子かサインで」


 伝票にサインしながら祖母の字を見ると、カタカナの記入欄が無記入だ。

 また、宅配便を受けた店のオバチャンと話し込んで書き忘れたんだろう。


「門守二郎」


 カドモリジロウ。

 それが俺の名前。


 俺は、受け取った宅配便を軽く振る。カタカタと音がする。

 玄関のドアを閉め、バリバリと包み紙を剥くと、宝石だか指輪を入れるような箱が出てきた。


 箱の蓋を開けると、メモらしきものが見える。



『念のために勾玉(まがたま)を送る』


 メモには祖母の字が書かれていた。

 メモを見ながら中に入っている勾玉(まがたま)を取り出す。


 如何にも歴史博物館に飾ってあるような勾玉だ。

 例えるなら、弥生時代の人々が紐を通して首飾りにしていたようなしろものだ。

 翡翠でできているのだろうか、その緑色は磨かれて光沢を伴っている。


 もう一度メモを見たが、さっきの言葉以外が見当たらない。

 思わずスマホを取り出し、祖母に電話を掛けた。



「はい。」


 祖母の声、バーチャんの声だ!

 思わず目が熱くなった。


「オレオレ」

「オ・レオ・レ」


「俺だよ。オレ」

「オ・レダョ~オレ?」


「バーチャんだろ?」

「し、失礼な!誰がババアだって!」


 電話が切れた。


 慌ててかけ直すと


「はい。ババアです。ただいま電話に出れません。ご用の方は発信音の後に要件をお伝えください。ピー」


 祖母ことバーチャんが電話口で流暢に話している。最後には自分でピーと言ってるし。


「あなたの孫のジロウです。」

「おお、二郎か。」


 どうやら、俺の第一声が悪かったのか、バーチャんはなんたら詐欺の電話だと思ったらしい。


「バーチャん。ちゃんと自分から名乗らないの守ってるね。少し安心したよ。」

「去年の暮れに、隣筋の××さんがやられそうになったと聞いたんじゃ。それ以来、ビクビクしとる。」


 祖母ことバーチャんと詐欺電話の話が終わり、宅配便で届いた勾玉の話を振る。


「この勾玉って、何なの?」

「お爺さんの勾玉じゃ。」


 お爺さん。祖父のことだ。


 お爺さんの勾玉?

 何だそれと思いながら、


「お爺さんの勾玉?」

「そう。お爺さんが手に持ってた勾玉じゃ。」


 俺が小さい頃に、亡くなったお爺ちゃん。

 幼いながら参加した葬式の時に、誰かが言っていた気がする。

 お爺ちゃんが亡くなったときに、手の中に勾玉が握られていたと。


「お爺さんの勾玉って、亡くなったときに手の中にあった…」

「そう。あれ?二郎は知ってたか?」


 葬式で誰かが言っていた記憶しかないことを伝えると、それまで元気に喋っていたバーチャんが長い沈黙をする。


「それで、この勾玉…」

「預かっとけ!」


 いくら育ての親であるバーチャでも、死んだ祖父の手にあった勾玉を宅配便で孫に送りつけ、挙げ句に預かれって何だ?


 まぁ、バーチャんだからなんでもありだろうと思いながら、帰省する話を切り出す。


「バーチャん。」

「ん?何? どうしたん?」


「今日これから、そっちに行く。」

「えっ?仕事は?」


「しばらく休む。」

「しばらくって…」


 再びの長い沈黙


「バーチャん。行っても良いよな?」

「あぁ、わかった。帰って来い。」


 バーチャんの帰って来いの言葉を聞いたとたん、俺の熱くなった目は汗をかきそうになっていた。

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