第45話 パーティー

 次の日、ボクはミランダのお屋敷に来ていた。


 お屋敷を訪ねて門番さんにミランダからの招待状を見せると、あっさりと入れてくれた。今はメイドさんに先導されてパーティー会場に案内してもらっている所。

 ボクの格好はリリアーヌから貰ったいつものドレスと、腰には疾風たるファフニールを差している。いつもの習慣でファフニールを持ってきちゃったんだけど、大丈夫だったかな?


 そこはボクが見たことの無いような、豪華なお屋敷だった。

 パーティー『勇者の聖剣』は貴族様からの依頼も受けていたけど、ボクは連れて行ってもらえなかったから、貴族様のお屋敷に入るのはこれが初めてだ。


 高い天井、精緻な彫刻の施された廊下や柱、そして所々に高価そうな壺や儀礼用の武器などが飾られていて、見てて退屈しない。しかも高価な魔導灯がずらりと廊下に並んでいて、室内だと言うのにとても明るい。


「ふわあ~~」


 思わず間の抜けた声が出てしまう。

 お行儀が悪かったかな、と思ってちらとメイドさんの方を見る。けどメイドさんはそんなボクの事なんて視界に入っていないように、前だけを向いてカツカツと歩いてゆく。


 なんだろう、この感じ。

 エステルさんなら、なんて言ってくれたかな?


 そんな事を思いながら付いて行くと、ひときわ大きく豪華な扉の前にたどり着いた。


「こちらがパーティー会場でございます」


 ごくり、と息をのむ。


 いよいよだ。

 一晩中いろいろ考えたけど、考えはまとまらなかった。ミランダを納得させてジゼルちゃんを取り戻せる名案なんて思いつかなかったし、エステルさんに貰った……いや、国王陛下から拝領したあの手紙を使うかどうかの決心もつかなかった。


 ボクは、なんてふがいないんだろうと思う。


 だから、ボクの気持ちをぶつけて理解してもらうしかない。


 覚悟を決め会場に足を踏み入れる。


 すると、そこは別世界だった。


 目の前に広がったのは、冒険者ギルドのホール何個分かの広さのある豪勢なホール。そして高い天井と美しいシャンデリア、ずらりと並ぶ見たこともないような美味しそうな食事。その中をメイドさんなどの大勢の使用人たちが忙しそうに動き回っている。

 でもその場の主役は、その中心で笑みを浮かべて談笑し合っている豪華な衣装で着飾った老若男女いろいろな貴族様たち。ボクの着ているドレスはリリアーヌから貰った高価なものだけど、それに勝るとも劣らない豪華な衣装、それを彩る煌びやかな宝飾品、きらきらとした華やかな世界がそこにはあった。


「ふわぁ……」


 声が漏れる。

 すると、談笑し合っていた貴族様たちの何人かがこちらに気が付いた。

 

「だれだ? 見ない顔だが……?」

「剣なんて差して、なんて無粋な……。モンフォール伯爵家御令嬢のパーティーですぞ?」

「しかし、美しい娘ではないか。剣を持っているということは冒険者か?」

「ミランダ嬢のパーティーメンバーなのではないか? もしやあの娘を好きに出来るという趣向の催しでは?」


 その視線は好意的な物ではなかった。


 好奇・蔑み・嫌悪・欲望……

 いろいろな負の感情の込められた視線がこちらに集まってくるのを感じ、ぶるりと震える。


 思わず足がすくみそうになるけど、ボクはここで立ち止まる訳にはいけない。

 勇気を振り絞り、好奇の視線の中を進んでゆく。


 歩いてゆくなかにも寄せられる好奇の視線。

 ボクも歩いて行きながらちらちらと辺りを窺うと、扉の前は割とお年を召した方が多かったけど進むにしたがって若い人が多くなり、服装もとんどん豪華で華美な衣装が多くなってゆく。


 この辺りは身分の高い方が多いのかな、なんて思っているボクの耳に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「こちらのジゼル、天職はバーサーカーなんですのよ。魔導具の拘束を外れると、凶暴化して暴走し周囲を破壊し尽くします。ジゼルはこのバーサーカーの力で自分の故郷を滅ぼしたそうですよ」

「まぁ、あの狂戦士の……。なんて野蛮、なんて恐ろしい……」

「しかも犯罪奴隷ですから、お行儀は良くありませんし冒険者としての実力も低い、暴れまわるだけの野蛮な足手まといです。まぁ、私はこれでもB級冒険者ですからフォロー出来ておりますが」

「おお、確かにミランダ嬢はそんな凶悪な犯罪者を見事使いこなしておられる。さすが伯爵家の御令嬢ですな」

「うふふ、ありがとうございます。でもこれくらい造作もない事ですわ」


 そこで話していたのは、鮮やかな赤い髪が目を引くミランダと、何人かの貴族様達。

 貴族様同士で話をしているからか丁寧な口調のミランダの横に立つのは、『勇者の聖剣』の頭脳でもあるオスニエル。その後ろにローブとマントを羽織った太った男性の聖職者様――司祭様かな? が立ち、その少し後ろに控える様に立つのは、下を向き怯えるように小さくなっている――


 ジゼルちゃん……。


 思わず足を止めたボクの前で、ミランダの貴族様たちの会話は続く。


「それに身なりも汚いわ。犯罪奴隷と同じ空気を吸っていると思うだけで、わたくし失神してしまいそうですわ」

「ほんとうです、汚らわしいわ」

「ふふ、そう言わないで欲しいわ。身なりは粗末で行いは野蛮ですが、これでも私のパーティーメンバーなのですよ」

「さすが、ミランダ嬢はお優しい。凶悪な犯罪者を買い取り冒険者として仕事を与えるだけでなく、このように気遣われるとは」

「さようさよう、まことに感服いたしましたぞ。ミランダ嬢はまさに女神ですな」

「うふふ、みなさんお上手ですこと」


 珍しく上機嫌で、ころころと笑うミランダ。

 だけど、その内容はとても笑って聞いていられるようなものではなかった。


 ジゼルちゃんはその天職のせいで自分の意思に反して、酷い事をしてしまったんだ。それを野蛮とか恐ろしいとか言ったり、服装だって汚いとか汚らわしいとか……。


「ジゼルちゃんを悪く言わないでよ!」


 思わず声を上げていた。

 ミランダと談笑していた貴族様や周りの貴族様が、なにごとかとこちらに視線を向ける。


「……誰だ?」

「あの銀色の髪……リリアーヌ王女殿下?」

「まさか、たしか王女殿下は今日は王城にいらっしゃるはず。それに雰囲気もどこか違う……」


 困惑した視線の中で、ミランダはにたり、とボクのよく知る笑みを浮かべた。


「やっぱり来ましたわね、シルリアーヌさん」


 その横に立つオスニエルも、同じようなあまり好きではない笑みを浮かべる。

 というかオスニエルは貴族様じゃないよね、どうしてここにいるんだろう?


 ミランダの言葉を聞いた周囲の貴族様達がさらにざわざわとし始めるけど、ボクはそれどころではない。


「ジゼルちゃんの天職、バーサーカーは自分の意志を奪うって言うから、出身の村での不幸な事故はジゼルちゃんのせいじゃない。それにあんなに限界まで戦わせておいて、足手まといだなんて酷いよ!」

「ふふ……、シルリアーヌさんは私がひどい、そう言われるんですの?」


 ミランダは薄ら笑いを浮かべ、ゆったりと聞き返してくる。

 その様子がなんだかミランダらしくない、と思うけどかっとなったボクの口は止まらない。


「がんばっているジゼルちゃんにもう少しいいもの着せてあげたっていいのに、あんな扱いは無いよ! それに、一番ひどいのはあの覊束の円環だよ。あの魔導具は人の意志を奪い命令に従わさせる……たとえ犯罪奴隷だったとしても、意志を奪い無理矢理戦わせるのはあんまりにも可哀そうだよ!」


 なんだかボクらしくない、とも思うけどボクも必死だった。

 ミランダと一対一で交渉しても、ジゼルちゃんを開放してあげられるとは思えない。ミランダがひどい事をしている、という事をこの場にいる貴族様達にも理解してもらって、ミランダがジゼルちゃんを開放しないといけない方向に持っていくしかない。エスエルさんの言う通り、素直に理解してはくれないかもしれないけど、なんとか理解してもらわないと!


「あと、ボクはこのあいだ盗賊の討伐に行ったんだけど、盗賊のリーダーのランヅに聞いたよ。ランヅは元『聖女の兵団』メンバーで、ミランダに不当に貶められて天職の力を失い、盗賊として生きていくしかなくなったって! ミランダの行動のせいで実力のある冒険者が盗賊に身を落とし、そのせいで商人さんたちも被害を受けたんだ。これは貴族様の行いとしてどうなの?」


 ずっと気になっていた、ランヅの事も忘れない。ボクは彼の名誉も回復してあげたい。

 貴族であるミランダの行いのせいで商人さんや社会に迷惑が掛かった、という方向から問い詰めれば貴族様たちの理解を得られないだろうか?


「だから……ジゼルちゃんを開放して、ランヅ達へ謝って欲しいんだ!」


 一気に言い切った。

 ざわざわとした周囲の喧騒がさらに大きくなる。これで少しはみんなにミランダが酷い事をしているって分かってもらえたかな、と思ったのだけど――


 だけど、そんなボクをミランダはにたにたと笑いながら見ていた。


 興奮して上昇していた体温が、すうっと冷えていくような感覚。

 なにか間違えた? でもボクは間違ったことは言っていないよ?


 そんなボクにミランダがゆっくりと口を開く。


「ねぇ、シルリアーヌさん。あなた、平民でしょう?」

「? う、うん、そうだけど……」


 ちょっとドキッとしたけど頷いたボクを見て、ミランダはにんまりと笑う。


「前も言いましたけど、ジゼルに覊束の円環を付けたのは野蛮で狂暴な犯罪者から私の身を護るためです。それに、確かにランヅは元パーティーメンバーですけど盗賊に身を落としたのは彼自身の責任ですので、私のせいにされても困ります」


 そしてミランダは周囲の貴族様達の方を向き、両手を広げて話しかける。


「みなさま聞きまして? こちらのシルリアーヌさんは平民の身分でありながら貴族の私に言いがかりをつけ、私の名誉を貶めました。これは許されないと思いませんか?」


 「そうだ」「然り」などと周囲から声が上がる。

 困惑している貴族様もいるけど、大部分の貴族様から同意の声を上げていた。


「ど、どうして? ミランダはあんなに酷い事をしているのに……!」

「ふふふ、内容は問題ではないのですよ。平民が貴族の名誉を貶めた、そちらの方が重要なのです。身分の低い者は高い者に従うべきなの。ねぇ、オスニエル、オータブ司祭」


 後ろを振り返り、オスニエルと太った司祭様に声をかけるミランダ。

 すると、オスニエルとオータブと呼ばれた司祭様が一歩前に出る。


「ああ、そうだよ、美しいミランダ」

「ぐふふふふ、そうでございます、ミランダ様」


 ふたりの反応に満足そうに頷くと、ミランダはひときわ大きな声で宣言した。


「神明裁判を要求します!」

 

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