第44話 手紙
あれからボク達は、いくつかのオークの魔石を回収してギルドへと戻り、報告を済ませた。
オークの魔石は採って帰らないつもりだったけど、オークロードの魔石を取られてしまった今、手ぶらで帰るとタダ働きになってしまうので採りやすそうな魔石だけ回収することにしたんだ。
報告に行ったギルドで話題になっていたのは、当然ミランダのパーティー『聖女の兵団』がオークロードを討伐した事。各所へ連絡を取るギルド職員や、街道が使えるようになったならばと遠征に繰り出そうとする冒険者たちが走り回り、騒然としていた。
そんな中、ボク達はコレットさんからオーク討伐の報酬だけを受け取り、ギルドを後にしていた。
「ぐぬぬぬ、ミランダめ、ほんとうに腹立たしいのじゃっ!」
「確かに、貴族令嬢としてふさわしい行いとは思えません。ミランダ様のあの行動を黙認しているとすれば、モンフォール伯爵にも問題があると言わざるを得ません」
こぶしをブンブンと振り回して怒りをあらわにするリリアーヌと、珍しくそんなリリアーヌに同調するエステルさん。
ボクは、なんとなく声を上げる気分になれなくて、空を見上げる。
すっかり暗くなった空と、星や雲を覆い隠したどんよりとした雲が、今のボクの信条を現しているような気がした。
「行くでないぞ?」
リリアーヌが声をかけて来たので、視線を戻す。
「ミランダのパーティーは行くでない、と言っておるのじゃ。確かに問題になるかもしれぬ。モンフォール家が圧力をかけてくるかもしれぬが、そこは妾に任せるのじゃ。妾はこれでも王女じゃ、これ以上お主に負担をかけさせる訳にはいかぬ」
リリアーヌは、真剣な顔でボクを見つめていた。
「王族のプライドにかけて、お主を護ってみせるのじゃ」
エステルさんも頷く。
「リリアーヌ様の言われるとおり、明らかに罠である場所に飛び込む必要はありません。モンフォール家は伯爵家ですが、伯爵家としては並程度の家。モンフォール家を疎ましいと考えていたり蹴落としたいと思っている貴族家は、いくらでもあります。そういった家を味方につけるという手もあります」
ボクは自分の両手を見下ろす。
思い出すのは、ジゼルちゃんの事。
きちんと食事をとっているのだろうか、あの棒のように細い体は酷使され、疲れ切っていた。なのに、ボクを気遣いように見上げて来たあの黒曜石の様なきれいな瞳。
リリアーヌが言うこともエステルさんの言うことも、一理あると思う。
というか、普通に考えれば行くべきではないと思う。そして様々な圧力などがかけられれば、リリアーヌを頼ってなんとかしてもらうんだ。
でも
それでいいの?
そのあいだ、ジゼルちゃんは貴族たちに嘲笑され貶められる。
使いたくもないバーサーカーの天職を無理やり使わされ、ふらふらになるまで酷使される。
ボクはそんなジゼルちゃんを見て見ぬふりをしてひとり安全な場所にいて、危なくなればリリアーヌに護ってもらうんだ。
ボクは男だ。
プリンセスなんていう天職を授かってしまって、ドレスなんて着させられているけど、ボクは男なんだ。
漢の中の漢になる、っていう目標だってある。
ベルトランならどうするだろう?
あのどこか飄々としていて、それでいて不敵な笑みを浮かべるベルトランなら。まだ小さかったボクを助けてくれて、基本の基本だけど剣を教えてくれたベルトラン。ボクはあのベルトランが自分の保身のために他人を見捨てるとは、どうしても思えなかった。
顔を上げる。
そして、リリアーヌとエステルさんと正面から向かい合う。
「……ボクはミランダのパーティー、行こうと思うんだ」
「……っ!?」
リリアーヌとエステルさんが息を呑む。
「ふたりの気持ちは嬉しいよ。嬉しいけど、ボクは護ってもらうだけなのは嫌なんだ。……勝算がある訳じゃないけど、ボクはボクの力でジゼルちゃんを護ってあげたいな、って思うんだ」
言葉を失ったふたりに、ボクは宣言した。
◇◇◇◇◇
ミランダの御屋敷でのパーティーが明日に迫ったその日の夜、ボクは鋼の戦斧亭の自室のベッドでひとり寝ころんでいた。
ベッドの上で、ごろごろと転がる。
「ううーー、行きたくないよぅ……」
ボクはつい先日リリアーヌとエステルさんに、ジゼルちゃんを助けるためにミランダのパーティーに行くことを宣言した。
ふたりは必死で止めようとしたけど、1人でも行く、ジゼルちゃんを助けるんだ、というボクの決意は固かった。
……その時は。
「……もちろん行くよ? ジゼルちゃんをほっとけないし行くんだけど……やっぱ行きたくないよぅ」
ごろごろー
ごろごろー
ボクを柔らかく包んでくれるベッドの感触を堪能していると、部屋のドアを控えめにノックする音が聞こえる。
「は~~い」
トトトと駆け寄りドアを開けると、そこにいたのはメイド服姿のエステルさんだった。
「夜分遅くにすみません。どうしても今日中にお渡ししたい物がありまして……」
軽く頭を下げるエステルさんの側に、リリアーヌの姿はない。
こんな夜遅くに、しかもエステルさんが1人で来るなんて珍しいな、なんて思いながら彼女を部屋に招き入れる。紅茶でも入れようかと思ったボクをエステルさんは「すぐ帰りますので」と遮ると、腰の魔導袋からなにかを取り出した。
それは、綺麗に折りたたまれた紫色のハンカチ。
エステルさんは片膝をつき、まるでそのハンカチがとても高貴な物であるかのように、うやうやしくゆっくりと開いてゆく。
なんだろう、これ。なにかの遊びなのかな、なんて思っているボクの前で完全に開かれたハンカチの中から出てきたのは
「……手紙?」
きっちりと正方形に折りたたまれ、封蝋を押された一通の手紙。
なんだか最近よく手紙をもらうなぁ、なんて思いながら手を伸ばそうとしたボクの目に留まったのはその封蝋だった。
そこに刻まれたのは、翼を広げた鳳凰と剣を模った紋章。
この王都にいればどこにいたって目につく、白亜の宮殿に掲げられる旗の紋章。
「お、王家の紋章おっ?!」
すっとんきょうな声が出た。
思わず一歩あとずさるボクの頭に浮かんだのは、ボクによく似た銀髪の女の子。
「あ、そうか。リリアーヌからか……」
ほっ、と力が抜ける。
ボクにリリアーヌ以外の王族の知り合いなんていない。
そりゃそうだよね。っていうか、リリアーヌなら手紙なんて出さずに直接押しかけてきそうなのに。
再び手紙に手を伸ばそうとしたボクに、エステルさんは跪き手紙を掲げるように持ったまま、ふるふると首を振った。
「……国王陛下からです」
「こ、こここ国王陛下あっ?!」
気が付けばボクは両膝をついて跪き、額を地面に付けていた。
「こ、ここここ……国王陛下がなんでボクに手紙なんてだすのさ?!」
嘘だって言ってよ!
国王陛下なんて去年あったなにかのパレードで、すごく遠くからそのお姿をちらっと見たことがあるだけだよ!
地面に額を付けて「ははーーっ」とか言ってると、頭上からエステルさんの困った様な声が聞こえる。
「シルリアーヌ様まで跪いていると、手紙が渡せませんが……」
「ううっ……」
そりゃそうだよね。でも国王陛下からの手紙だよ?
ボク、立って受け取っていいの?
無礼打ちとかされない?
恐る恐る立ち上がろうとしたボクに、エステルさんはひどく真剣な表情で言う。
「この手紙は、明日のミランダ様のパーティーでミランダ様に対抗するための切り札と言っていいと思います」
「明日のパーティーの……切り札?」
目をぱちくりと問い返す。
リリアーヌやエステルさんは、知り合いに色々聞いてくれるって言っていた。おそらくボクのために本当にいろいろ聞いて動いてくれたのだろう、と思うと心がじんわりと温かくなってくるのを感じる。
その結果が国王陛下からの手紙、っていうのは話が大きくなりすぎじゃないかな、とは思うけど。
ほっとしたボクに、エステルさんは真剣な表情のまま続ける。
「私はシルリアーヌ様の本当の名前を知りません。ですが、この手紙を受け取り使われた時、あなたはその本当の名前を捨てなければいけなくなります」
「え?」
手紙を受取ろうとした手が、ぴたと止まる。
本当の名前――シリルという名前を捨てないといけない?
困惑するボクに、エステルさんは重々しい表情のまま告げた。
「この手紙を使われた時、あなたはこの先ずっとシルリアーヌ様として生きていく事になります」
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