第23話 別れ
「いやぁ、一時はどうなる事かと思ったが、なんとかなるもんじゃなぁ」
「……はぁ」
「見てみぃ、このランドドラゴンの魔石! なかなか綺麗じゃよ!」
「…………はぁー-」
「そりゃ王城にはもっと綺麗な魔石はあるがの、自分の手で手に入れたと思うと、感動もひとしおじゃの!」
「……………………ふぅ……」
「てりゃっ!」
「いたっ!」
ボクの額にリリアーヌのチョップが叩き込まれた。
「なにするのさ!」
「妾の話を聞いておったか?」
「……ごめんなさい、聞いてませんでした……」
リリアーヌは、ふぅとため息をついた。
「……こんなにあの娘のことが気になるかの?」
「……そりゃ気になるよ。酷い扱い受けてたし、またあんな目にあってるんじゃないかと思うと……」
ボクたちは力を合わせて、なんとかランドドラゴンを倒すことが出来た。
互いに喜び合い、そのあと冒険者生活の醍醐味でもある魔石と素材の採取の時間に入ったのだけど、気が付けばジゼルちゃんはいなくなっていた。
きっと、覊束の円環の効力が元に戻って、レックス達の所へ戻ったんだろう。
もっとしっかり見ておくべきだった。
確かに覊束の円環はすごく頑丈な造りで外すのは難しかったかもしれないけど、浮かれて魔石を取り出している場合じゃなかった。全力で覊束の円環を取り外す作業に入るべきだった。
さっきから、そんな考えがぐるぐると頭の中を回っていた。
ずうん、と気持ちが落ち込んでくる。
「あれはお主のせいではないじゃろ。今持っている道具で外すのは難しかったんじゃろ? 悪いのはジゼルをあんな目にあわせている連中じゃよ」
「それは分かってるんだけどね……」
頭ではわかっているけど、ボクにももっといろいろ出来たことがあるんじゃないかと考えてしまう。
今度また会う事があれば、ボクに出来ることをやろう。
そんなことを考えていると、エステルさんがひときわ明るい声で言った。
「ランドドラゴンの素材を売れば結構なお金になりますよ、お二方はなんに使われます?」
たまに飛び出してくるゴブリンやオークを瞬殺しているエステルさんは、最初に会った時と同じメイド服だ。ドラゴンを倒した瞬間、じゃあこれはもう要りませんね、と言ってすぐにメイド服に着替えてしまった。身を隠す場所も少ないダンジョン、また目の前で着替え始めたエステルさんに目のやり場に困ったけど……。
「リリアーヌはお金に困ったりしてないんじゃないの?」
暗い空気を払拭するように明るい声を出してくれたエステルさんの気遣いがうれしくて、ボクもつとめて明るい声でリリアーヌに問いかける。
すると、リリアーヌは意外にもふるふると首を振った。
「平民からすると、とんでもない額の金があってなんでも好きな物を買えると思っておるかもしれんが、そんな事もないのじゃ。確かに金はあるがそれはあくまで王国の運営資金で、しかも以前ならともかく今は魔人どもとの戦争中。妾が自分の好きに使える金というのは、案外少ないのじゃ」
「ふうん、そうなんだ。意外」
なんだか意外だけど、王族といえども自由にお金を使えるわけじゃないって事は国民としては良い事なのかな? それと同時に、戦争は大丈夫なんだろうか、という感情も湧いてくる。
「シルリアーヌ様は、お金何に使われます?」
「そうだなぁ……」
考える。
ランドドラゴンからとれた魔石は話し合いの結果、今は所有者を決めない事になった。でも、リリアーヌが国王陛下に見せて自慢したいと言うので、とりあえずリリアーヌが王城に持ち帰る予定だ。そして、他の牙や鱗などの素材は三等分する予定で、最下層とはいえドラゴンの素材を売却したお金はかなりの額になると思う。
以前なら即座に武器だと答えただろうけど、いまボクの腰にはダンジョンの奥で手に入れた
ちなみに、ミランダが放り出していった聖遺物、創炎たるリンドヴルムはリリアーヌが大事そうに抱えている。冒険者が武具や道具を放り出して逃亡した場合、所有権を放棄したとみなされるので、リリアーヌが自分のものにしてしまっても王国法的にもギルドの規約的にもとくに問題はない。でも創炎たるリンドヴルムをミランダが持っていたことは割と有名だしリリアーヌが自分の力で手に入れたわけではないから、国王陛下には黙っているつもりみたい。
「このドレスの上から付けられる防具とかあったら欲しいかな。あ、あとは魔石はいろいろ手に入ったし、他に道具を買ってきて久しぶりに魔導具作りしたいかも?」
そう、今ボクが着ているのはリリアーヌからもらったドレスだけ。
レザーアーマーとまでは言わないけど、胸や関節とかだけでも覆う防具が欲しいと思っていたんだ。……まぁ、今後もこのドレスを着て冒険者として活動するつもりになっている自分にびっくりするけど、現実問題としてプリンセスの天職を使わないとお金稼げないし……。
「リリアーヌ様はどうします?」
「妾は決まっておる、美味いものを食べに行きたいのじゃ! 王城の食事は美味いが毒見をしておるうちに冷え切っておるし、たいていお父様やお兄様たちはおらず一人ぼっちじゃ。そのうえ横には作法の指導係がおって、そこがダメこれがダメだといちいちグチグチと……」
その時の事を思い出したのか、拳を握り締めぷるぷると震えるリリアーヌ。
ボクとエステルさんは、くすりと苦笑する。リリアーヌらしい使い方と、その理由だと思う。
「だから妾は、自分で稼いだ金で好きなものを好きなように食べたかったのじゃ。エステルやシルリアーヌと……心を許せる友といっしょにな!」
リリアーヌはちょっと照れ臭そうな笑顔を浮かべて言った。
そんな不意打ち、ずるいよ。
王女殿下という身分にもかかわらず、友と呼んでくれたリリアーヌに胸が熱くなってくる。こちらを振り返り目をぱちくりさせているエステルさんも、たぶんボクと同じ気持ちなんだろう。
だから、ボクはこう言うしかないじゃないか。
「よろこんで。いつでも付き合うよ」
◇◇◇◇◇
「うわぁ……!」
ダンジョンから出てきたボクは、そこに広がる光景に思わず気の抜けた声を上げてしまった。
それも仕方ないんじゃないかと思う。なにせ、ダンジョンの入り口を取り囲むように展開していたのは、白銀の美しいプレートメイルをまとい刺繍の施された紅いマントをなびかせた、近衛騎士団だった。王都に住んでいても式典などの時に遠くから見ることしかない騎士の中の騎士、近衛騎士団。それが20人ほど、ダンジョンの入り口の前に整列していた。
一見して鍛え上げられていると分かる、屈強な、しかしそれでいて端正な外見を持つ騎士たち。
中央に立っていた、彼らの中でもひときわ美しい顔立ちの若い騎士が一歩前に出てきた。
歳は20を少し超えたくらいだろうか、綺麗な金色の長い髪を持ち非常に整った顔を持つ、すらりとした長身の騎士。まさに物語に出て来る貴族の貴公子、といった感じの風貌で、それでいて若干たれ目がちな眼差しは親しみやすさも感じさせた。
その騎士が、ボクの目の前で綺麗な所作でふわり、と跪いた。
「え?」
「お初にお目にかかります、アルベール・ド・プレヴァンと申します。お迎えに上がりました、シルリアーヌ王女殿下」
「え……? え……?」
ち、違うよ?
ボクは王女なんかじゃないし……もっと言うと女性ですらないし……。
ボクが動揺してあたふたしていると、隣のリリアーヌがはぁ、とため息をついた。
「悪ノリはそのへんにせい、アルベール。シルリアーヌが困っておるではないか」
リリアーヌがそう言うと、アルベールと名乗ったその騎士は困ったようにひょいと肩をすくめると、静かに立ち上がった。
「この者は近衛騎士団副団長のアルベール。優秀な男ではあるのじゃが、ちょっと調子のよい所があっての……」
「近衛騎士団副団長……」
それって、すごい偉い人なのでは?
「連れて来るように、と言われているのは本当ですよ。その方が本当に王女殿下ならば、ですがね」
アルベールさんの目が、すうっと細められる。
「分かっておるじゃろう? シルリアーヌという名の王族は
「ですが、相変わらず『いるはずだ』と主張する貴族たちは後を絶ちません。そこへ、今回の王女殿下の『シルリアーヌという妹』との城下のうわさです」
「耳が早いのぅ……。ギルドから問い合わせでも来たかの?」
「まぁ、そんな所ですよ。ですので、国王陛下よりリリアーヌ王女殿下へ、今回の事態の経緯説明のため王城へと来るように、とのお言葉を預かっております」
リリアーヌは、はぁー--、と長いため息をついた。
「気が進まぬのぅ……。また怒られるのかのぅ……」
「さぁ、それは私にもなんとも。まぁ、なんにしてもご無事で良かったですよ。エステルもご苦労様でした」
「ありがとうございます」
アルベールさんはエステルさんにねぎらいの言葉をかけ、そして頭を下げるエステルさん。
平民のボクからしたら貴族出身で王族付きのメイドなんて雲の上の人みたいだけど、さすが近衛騎士団副団長。エステルさんはごく自然に頭を下げていた。
「では、もどりますよ」
「ああ、そうじゃの……」
ふわりとマントをひるがえすアルベールさんと、それに続いて歩き出すリリアーヌ。エステルさんもその数歩後ろからついてゆく。
このまま会えなくなってしまうのではないか、なんて考えがちらりと脳裏をよぎる。
でも、違う。
リリアーヌも、いっしょにご飯を食べに行きたいと言ってくれた。
だから、ボクのかける言葉は――
「リリアーヌ、またね」
そう言葉をかけるとリリアーヌは振り返って、いままでで一番自然な笑顔を見せた。
「またの、シルリアーヌ」
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