第168話 今日こそモモンガ!

 キーボードを打ち込みすぎて、左手の薬指にいつの間にか豆ができ、それが潰れて痛い、本日。


「くっ!しみる!」


 洗い物をしていても、お風呂に入っていても、スーパーの入り口でアルコール消毒の時は特に、しみる左手の薬指。その左手の薬指を避けながらキーボードを打とうとすると、なかなか打ち込みにくいのである。推察するに、「A」を打つ時に左手の薬指を使うから、母音の「あ」を打つ機会が多分一番多いのかもしれない。


 確かに、「あああぁぁ!」などというセリフのような叫び声のような、喘ぎ声のような、そんな文章なのかどうなのかわからない文字を打つことはよくある気がして妙に納得。早く治らないかな、などと一昨日あたりから思っている。


 さて、そんな本日は、明日からバカになりにバカンスに行くため、準備が大詰めである。昨日予約時間を間違えて行けなかった美容院へ行ったのち、パパの夏物の服を少し遠い場所まで買いに行かなくてはいけない。後はコロコロがついたスーツケースに家族分の着替えや荷物をパッキング。明日は朝早くから渋滞覚悟で出発である。


 私以外の家族は準備には一切関与せずと言っていいほど私にお任せで、足りなければ現地で買える時代だからと、ほざいている。そんな、もったいないこと、できるだけしたくないからと、私は足りないものを考える。


 あと足りないものはなんなんだろうか。

 靴下……、いらない。ビーサンで十分。


 パンツ……、洗えばすぐ乾くから一人三枚あればいい。

 !!??

 一人三枚……。ある……かな?


 先日三番ちゃんがパンツ一丁で背中を向けてお尻を突き出して見せてきた衝撃を思い出した。


「おかあさん、見てみて、これ見て! ほら!」


 お尻の一番大事な場所に穴が空いていた。


「三番ちゃん! そのパンツ! もう捨てなさいっ! 大事な菊の御紋が丸見えよ!」


 捨てたはずなのに、昨日もまた同じパンツを履いていたのは、なぜだろう? もしかして一枚じゃなくて、何枚かあるのだろうか……。


「N松屋にパンツを買いに行ってこなきゃな……」


 ああ、行かなきゃいけない場所が妄想日記を書いている間に増えてしまった。でもいいことなので、このままあと足りないものがないかを考えてみようと思う。


 足りないものはないだろうか。

 水中眼鏡……、はあるけど全部壊れている気がする。

 お風呂で水中眼鏡をつけて一年中遊んでいるから、お風呂の中を少し見てこよう。よいしょっと。


「え? マジで全部耳のところの壊れてない?」


 やはり、購入しなくてはいけなくなりそうだ。

 あんなに大事に使わないともう二度と買いませんと言っているのに。

 なくていいのか。

 そうか、買いませんと言っていたんだから、そこは妥協せず、なくていいのだ。


 塩水で目を痛めるがいい。子供たちよ。特に三番、四番、五番。


 さてと、あと足りないものはないだろうか。

 お金……、は足りないかもしれないけれど、コロナであんまり出かけなかった二年分と子供手当を合わせて、なんとかなりそうだ。向こうで贅沢をしなければいいのだ。問題は、馬鹿になりにバカンスに行った後の家計だ。


 それはまたその時考えよう。


 あと、足りないものはないだろうか。

 ノートパソコン……、は持って行きたくてもダメだろうな。


 あぁ、美しい海、白い砂浜、非日常を肌で感じながら執筆できるのに、もったいない。でもしょうがない。愛するパパは自分がいる前で私が自分以外のことに興味を示すとやきもちをやいてしまうのだから。きっとノートパソコンを持っていくだなんて言ったら「はあ?」と言うに決まっている。残念だ。


 よし、今書いた感じだと、今日やるべきことのリストはできた気がする。大丈夫のはずだ。では、そろそろ昨日書けなかったショートショートのモモンガに参ろうぞ!


「か、かけるかな……」


 前振りが長すぎていささか不安であるけれど、とりま早速行ってみよー!



****


「モモンガとムササビ」


俺っちはモモンガ。

リスでもないし、ムササビでもない。

れっきとしたモモンガだ。


でも、むかしむかし、俺っちたちモモンガはムササビと呼ばれていたらしい。

人間でいうところの平安時代くらいまでのことだ。


ちぇっ。


てことはなにかい?

ムササビの方が俺っちよりも有名ってことなのかい?


なんか気に食わないな。

だって、それって、俺っちよりも隣の木に住んでるムササビのムー太郎の方が上ってことじゃない?


ちぇっ。


気に入らないな。

だってムササビのムー太郎は俺っちよりも体がでっかいんだぜ?

昔からムササビは空飛ぶ座布団、俺っちたちモモンガは空飛ぶハンカチって言われてるんだ。


体もおっきくて、住んでるところも山里まで範囲を広げてるし、なんか嫌な感じだ。


隣の木に住んでるムー太郎の方が俺っちよりもいいだなんて。


俺っちの方が目も大きくて可愛いのに。

俺っちの方がどうみても丸くて可愛いのに。


そんなことを思いながらどんぐりをかじっていたら、ムー太郎が木に空いた穴から顔を出した。


「よお、もっさん。今日も元気かい?」


俺っちはどんぐりをかじる歯を止めて、ムー太郎を見た。


「どうした? そんな変な顔して?」


「別に」


「別にって、そんなまあるい目をして言われると、なんか気になるじゃん」


「別にだよ」


「ふうん。そっか、まぁいいや。俺、ちょっと友達のとこに出かけてくるからさ」


「ふうん、行ってら」


俺っちがどうでもいいような声を出してそういうと、ムー太郎は滑空飛行で木から木へと飛んで行った。きっと山里の神社にでもいくんだろう。あそこには、可愛いムササビの女の子がいるって聞いたことがあるからさ。


「はああ」


俺っちはため息をついた。

どんぐりの中身はもう少ししかない。

このどんぐりを食べたら、俺っちの巣穴にはもうどんぐりは残ってない。


「そうだ」


俺っちは閃いた。

ムー太郎がいない間に、ムー太郎の巣穴からどんぐりを盗み出してこようと。


「へへへ。しばらく帰ってこないし、絶対バレないや」


俺っちは自分の巣穴のある木の上の方まで登って、飛び降りた。

滑空飛行でムー太郎の巣穴まで。

ヒューっと飛んで巣穴に入る。


「お、思った通り、どんぐりがいっぱいあるぞ」


俺っちよりも体の大きいムー太郎はいっぱいどんぐりを持っていた。


「しめしめ。口の中に入るだけ、入れておこう」


そう言って俺っちは口の中にどんぐりを入れた。

胸がちくりとしたけれど、別にいい。

俺っちはムー太郎が好きじゃないんだから。


だって、ムササビの方が、モモンガよりも有名っぽいからさ。

昔はモモンガもムササビって呼ばれてたらしいって聞いた時、俺っちの心は完全に折れたんだ。


だって、どんなに頑張ってもムー太郎のように大きな体にはなれやしない。


「ちぇっ」


俺はどんぐりでいっぱいの口を少しだけ開けて、小さく音を出した。



その日の明け方。

ムー太郎が自分の巣穴に戻ってきた。

俺っちは、どんぐりを盗んだのが俺っちだとすぐにバレると思って、自分の巣穴で身を潜め、ムー太郎の様子を伺った。



何か言ってくるかな?

お前が盗んだのかって、俺っちの巣穴まで怒鳴り込んでくるかな?



そう思って、待ってたんだけど、ムー太郎は空が明るくなっても、空が青く澄んでも、空がオレンジ色になっても、俺っちのところに怒鳴り込んでこなかった。



「なんでだよ」


俺っちは、少しだけ寂しくなった。

なんで俺っちのこと、怒りにこないんだよ。


俺っちは、いてもたってもたまらずに、また自分の巣穴がある木の一番上まで登って、ムー太郎の木まで滑空飛行した。ムー太郎の巣穴の少し上に降り立ち、スルスルするとムー太郎の巣穴までいくと、巣穴の中で、ムー太郎は苦しそうに体を丸めていた。


「おい! どうしたんだよ! ムー太郎! 大丈夫か?!」


「やあ、もっさん、うん。なんでもないよ」


「なんでもないって顔してないじゃん! どうしたんだよ? 何かあったのか?」


「うん、まあね、ちょっとだけ無理しちゃってさ」


「なにがあったんだい?」


「あのさ、あそこ、あそこの奥にあるものちょっとみてみてよ」


「え? あそこ?」


「そうそう、巣穴の奥さ。そのくるみのからの奥だよ」


「ここか? ん? これは!?」


「へへへ。山里に降りないもっさんに、お土産」


「え? 俺っちに?」


「うん。でも少しだけ固くて大きかったし、それを拾う途中で鷹に襲われそうになったからさ、ちょっと、怪我しちゃって」


「ムー太郎、これを、俺っちに……」


「うん。気にいってくれるといいな」


ムー太郎の巣穴の奥には、キラキラ輝く透明な丸い玉がふたつころんと転がっていた。中には空のように青い線や、夕陽のように赤い線が少しだけ混じっている。


「これって……?」


「ちょうど一年前にもっさんに出会ったから、その記念。だって、その時もっさんはお母さんから離れて初めて巣穴を持ったんだろ?その記念さ。独り立ち1周年、おめでとう。もっさん」


俺っちの目が熱くなって、俺っちの大きな瞳からぽたりぽたりと涙が落ちた。



「ムー太郎、俺っち、俺っち、ムー太郎のどんぐりを盗んじゃった」


「そんなこと、気にするなよ。俺の方が口も大きいし、いっぱいどんぐりを取れるんだから」


「ムー太郎、俺っち、俺っち、ムー太郎のこと嫌いって思っちゃった」


「そんなこと、気にするなよ。体の大きさだって名前だって違うし、それに今もっさん泣いてるじゃないか」


「俺っち……」


「これからも仲良くお隣さんで暮らそうぜ。うっ、あの鷹の爪、結構深くまで刺さってて痛いや。鷹の爪だけに、ヒリヒリしてるぜ」


「なんだいそれは?」


「山里でかじったことがある赤くて長い人間の食べ物さ。かじると口の中がヒリヒリしちゃうんだ」


ムー太郎はそう言って笑って顔を歪めた。

俺っちは、滑空飛行で飛び立って、苦くて苦くて口に入れたくないような薬草をとってきてムー太郎の傷痕に塗ってあげた。


ムー太郎は顔をゆがめながらもありがとうと言って微笑んだ。

俺は早く良くなりますようにって、ムー太郎に毎日毎日薬草を届けた。


困った時はお互い様さ。



俺っちはモモンガ。

リスでもないし、ムササビでもない。

れっきとしたモモンガだ。


でも、俺っちの大親友は、隣の気に住んでいるムササビのムー太郎だ。


種族なんて気にしない。

縄張りなんてありゃしない。


心が通って手を繋げたら、いつでも誰でも仲良く一緒に暮らせる森になるはずさ。


俺っちたちのように、ね。



おしまい



****


どれくらい学べは、人間は争いを止めるのでしょう。

モモンガとムササビは、同じような場所に生息し、同じような食べ物を食べていますが、争うことはないそうです。


私たちも、見習わなくては。


そんな風に、人間もなれたらいいなと思った、本日はこの辺で。



お読みいただき、ありがとうございました!





***



戦争のない世界に、はやくなりますように。

お亡くなりになられた尊い魂へ鎮魂の祈りと、平和への祈りを込めて。













――黙祷












戦争のない世界を望んでいます。




【おまけ】


第165話より


「お母さーん、ネタ思いついたよ、あのね、ムササビ!」


「四番、もうそれは終わってしまった。また次回だ」




うそん。モモンガじゃなくて、お題はムササビだった!?

と今気づいたのであった。


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