第123話 今日はしゃぶしゃぶ

 本日の夕飯はしゃぶしゃぶです。だって、いつもいくスーパーでしゃぶしゃぶ用のお肉がなんと半額だったのです。黒毛和牛です。これはもう買わなかったら一週間くらい後悔する、そう思った私は、さっと手を出して買ってきました。


 そうです。今日も同じお肉を狙っている老夫婦がいたのです。あれは忘れもしない、本日の夕方六時ごろのお話です。私はいつもいくスーパーに塾の送迎の合間に立ち寄りました。野菜は野菜室にそこそこあります。白菜も、ネギも、榎茸も、豆腐だって冷蔵庫の中に入っていました。なんなら白滝も。これはもう鍋をいつでもできる状態です。いえね、たまたまだったんですがね。


 それで今日はパパが出張でいないのをいいことに、あと、塾の送り迎えが夜の七時には終わるのをいいことに、早々にビールも飲んでいいなと思ったんです。早々にビールを飲むということは、今日はもう猫の更新はしないということになりますが、そこは致し方ない。現在十四万字まで書いてきて、この後の構成を一旦見直してもいいかもしれないと思っていたのもあります。どうやって恐怖感を煽ろうかと……。ふふふ、そんな見直しです。嘘です。そうではなく、どこで視点を切り替えるのが効果的だろうということを、少し考えていたからです。


 さて、そんな私はいつものスーパーに行きました。目的は鍋のメインとなる食材です。最近の気候的にも鍋はそろそろ終わり、で、あれば、鍋シーズン最高のフィナーレを土鍋に飾らせてあげたい。


 やはり最初は鮮魚コーナーです。野菜コーナーから歩いていくと最初に行き着くのが鮮魚コーナーだからです。しかし我が家は鮮魚が苦手な子供が二人。そして今日は水曜日。お魚コーナーは早々に品切れ状態でした。


 続いて進むは、精肉コーナーです。夕方に行くと高級なお肉が半額で売っている、あの精肉コーナーです。さて、今日はどんなものが安いだろうとオープン冷蔵庫を覗くと、なんと、今日はほとんどの黒毛和牛がほぼ半額になっているではないですか!


 焼肉用のお肉、ステーキ肉、細切れ肉、そして、しゃぶしゃぶ肉。もちろんしゃぶしゃぶ一択です。やはり夕方に来て良かったと思いましたね。もっと早く来れるけれど、でもあえて夕方に来た。その意味があったと自分を褒めてあげたくなりました。しかし、その目的のしゃぶしゃぶ肉は残り二パック。しかも私の前には老夫婦がその一つを指差して買うかどうかを悩んでいるのです。


 老夫婦。つまり、敵は一名ではありません。二名です。それに対して私はひとり。これもう、すぐにでも手を出して横から奪い取るしかないと思いました。そうです。その老夫婦が指をさして悩んでいることなんて知りませんでした、のていで手を出して奪い取る作戦です。


 しかし、そのタイミングが悪すぎると、なんだか嫌なやつになってしまいそうです。最悪の場合、「それ、うちが買おうと思ったんだけど」なんて声をかけられたらこの戦いには負けてしまうでしょう。そう読んだ私は老夫婦の動きを読み取り、その視線が他にずれるのを静かに待ちました。なぜなら老夫婦は焼肉用の半額肉も見ていたからです。


 今か、今か、半額の焼肉用肉に目がいった、そして指がそちらを向いた、その瞬間にさっと老夫婦の横を横切りながら手を出して、半額のしゃぶしゃぶ用肉を手にするのです。


 私は待ちました。その視線が半額の焼肉用肉へ向かうのを。私は待ちました、その時おばさんの指がそちらに向くのを。何気ないふりをしながら、自然にそちらに目線を送り、その時を待ちました。


 そして、それは一瞬の出来事でした。おばさんの身体が少しだけ半額の焼肉用肉のほうに少し捻り、眼鏡をかけたグレーヘアーのおじさんがそちらに意識を向けるような動きをした、まさにその瞬間!


 私は横切りながらさっと手を伸ばし、半額しゃぶしゃぶ用肉、二七八〇円を手に入れたのです!艶々と光り輝く脂と、艶かしい赤色のそのお肉を!


 現在、ほとんど食べてしまいましたが、それはそれはとろけるようなお肉たちでした。はぅ♡ 口の中でとろけるぅ♡


 と、そんなこんな本日の我が家はとても平和でした。せめて半額肉を取り合うくらいの争いばかりならいいのに。なぜ人はいつの世も争いをしたがるのでしょうか。私には理解できませんが、時代小説を読むと、人間という生き物はそういう生き物だと思い知らされるような気がします。


 昨日読ませてもらった時代小説も、まさに人間の業や恐ろしさを感じました。


【屍山血河の国 作者:水城洋臣】

https://kakuyomu.jp/works/16816452219076866572

《恨みを抱いた死体が蘇って人を襲う。恐ろしくも悲しい歴史伝奇ホラー》

複数の胡人(北方騎馬民族)が中華に進出し覇を競った五胡十六国時代の事。

漢人至上主義の下に起こった胡人大虐殺により、数十万人が殺され、その遺体は荒野に打ち捨てられた。そんな虐殺が起きて間もない冀州・曲梁県で起こった恐ろしくも悲しい事件の顛末とは。



 はやくそんな呪縛のような連鎖から抜け出して、新しい世界へ向かいたいです。


 本日もお読みいただき、誠にありがとうございました。


 今日の最後も黙祷で終わりたいと思います。

 



 *



 ――黙祷。



 どうか、もうこれ以上誰の命も奪わないでください。


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