第32話 新たなる式神
「あ、赤狼君」
桜子が気配にふと顔を上げると、図書室の入り口に赤狼が立っていた。
「いつまでやってんだ。もう暗くなるぞ」
と赤狼に言われ、桜子が自分の携帯電話を見ると午後七時を指している。
「本当だ。もうこんな時間。お腹すいたはずね。もう帰ってもいいかなー?」
桜子は巻物の最後の一本を修復必要の箱に入れて手袋を脱いだ。
「昔の巻物って面白いわね。読めないんだけど、所々分かる漢字があってさ」
「古い物だからって何でも大事にしてるみたいだが、昔の子供の落書きみたいなのも結構あるぞ」
と赤狼が言ったので桜子が笑った。
「ああ。そうかも。日記みたいなのもあったしね。気晴らしに書いた物がいつまでも保存されてるなんて当時の人にしたら驚きね。あーお腹すいた……?」
桜子が赤狼の背後を見た。人影が二つ。
一人はメイドさんのようなエプロン姿で、水色の髪の毛をポニーテールにしている。
もう一人は小柄な少年でつんつん頭に鋲打ちの革ジャン、破れたTシャツにジーパン。分厚い編み上げブーツを履いている。
土御門の本家では見た事もない、家風にそぐわない格好の二人だった。
桜子の目線に赤狼が振り返った。
「何だ、お前ら」
「桜子、久しぶりだにょん」
とメイド姿の水蛇が言い、パンク少年に化けた緑鼬もぺこりと頭を下げた。
「あなた達……もしかして御当主の式神さん?」
「そうだにょん」
「水蛇さんに緑鼬さんよね?」
「そうだが、こいつらに「さん」なんぞいらねえ」
と赤狼が言った。
「赤いのはうるさいにょん。久しぶりだにょん、桜子。赤狼が覚醒したからもう桜子に声をかけてもいいにょん。赤狼が寝ぼすけだから十四年も桜子に声をかけられなかったにょん」
「あなた方も十二神なの?」
「そうだにょん」
と水蛇が言い、緑鼬がうなずいた。
「じゃ、じゃあ、あなた達で左京様に忠告してもらえないかしら? 如月様が何をやってるのかあなた達も知ってるでしょう?」
と桜子が言った。
「あー、人間の魂を集めてるやつっすか」
と緑鼬が言った。
「そう、学園の先生がそれで今、意識不明なの。左京様はその事を知らないのよね?」
「知らないにょん。当主はそんな事には興味ないにょん」
と水蛇が言ったので、桜子は大きく口を開けた。
「はあ? 興味ないって? 息子が人間の魂を集めてるのに?」
「当主は忙しいにょん。宇宙旅行に行こうって時代でも魑魅魍魎はいるにょん。対抗する力を持たない人間がこぞって助けを求めてくる。土御門の陰陽師が悪霊を一体祓ってるうちに、悪霊どもは何人もの人間を堕落させる。優秀な陰陽師は滅多に生まれないのに、悪霊はネズミよりも早く増えていくにょん。いたちごっこにもならないにょん」
「左京様はお仕事が忙しくて、如月様の悪事が見えていないの?」
「そうだにょん。お付きの者は次代が怖くて滅多な事は言えないにょん。次代の悪事をばらしても、当主がまさか息子の息の根を止めるなんてことはしないだろうし、皆、次代の恨みを買うような事はしないにょん。次代が気に入って側においている四天王とか名乗る若造は次代を持ち上げていい気にさせてる。次代にチクられるから四天王に意見をする者もいないにょん」
「そんな……」
「それに、あれっすよね? 次代の魂集めは鬼を呼ぶための儀式をする為っすよね。万が一、億が一、儀式として成功するなら、当主も目をつぶるかもしれないっすよ。一の位の金の鬼を使役するのは土御門が宿願みたいになってるし。鬼が蘇れば、その時の衝撃で関東一円くらいの悪霊はいったん消滅するでしょうしね」
と緑鼬が言った。
「霊能者として優秀なのと人間として優秀なのは別だという話だな」
と赤狼が言ったので桜子は赤狼に視線を移した。
「金の鬼ってそんなに凄いの? でもその為に人間の魂を千個だなんて」
と桜子が言った時に、緑鼬が振り返って引き戸をさっと開けた。
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