第21話 位八十四 川姫

 式神は契約により主の元にいつも控えているが、気晴らしに出かけるのは許されている。自分を差し置いて鬼の式神を呼び込もうという如月に立腹した川姫はふらぁっと校舎の壁をすり抜けて外に出た。

 川姫は如月の式神として仕えているが土御門百神の中では低い地位にいた。

 十二神など近寄れもしない、言葉を交わした事もなかった。

 今、土御門本家には式神が何十体も控えているが、土御門には式神を使役できる陰陽師がいなかった。

 現当主の左京が二体、そして如月に川姫が仕えているだけだった。

 最高神などはここ何十年も姿をくらましたままどこにいるのかも分からない。

 一から百までの式神のうち、最高神の十二神は当主に仕えるのが安倍から土御門に千年も伝わる決まりだが、主となる人間が気に入らない限り仕える事を拒否するという勝手気ままな式神達だった。

 十二神の中でも最高位の鬼を使役したいと如月が望むのも仕方のない事だったが、金の闘鬼と呼ばれる鬼は人間の前に姿を現した事すら希で半ば伝説となっている式神だった。

「なにさぁ、あたしだって式神の端くれだ。どこに雲隠れしてるか分からない鬼よりもよっぽどお役に立ってるっていうのにさ。他の奴らがお庭で遊んでる間にあたしゃずっと如月様にお仕えしてたんだ」

 ぶつぶつと文句を言いながら川姫はふらふらと皇城学園の敷地内を飛んでいた。

 時折自分を指さして見上げている人間がいるが気にも留めない。

 土御門以外でも霊能力を保持している人間はわりといるのだが、この学園では土御門が幅を効かせているので、関わりたくない生徒は黙っている事の方が多い。

「おやぁ?」

 川姫は上空から敷地内を見下ろしていたが学生寮の方へ歩く桜子を見つけて近くへ飛んで行った。

 桜子は式神達の間でも有名な娘だった。

 土御門と一般人との間に産まれ、霊能力ゼロの哀れな娘と評判だったからだ。

 桜子が小学生の間、土御門で小間使いのような扱いだったのを川姫は知っている。

 霊能力のない子供は家の手伝いでもするしかなく、同じ年頃の愛美や潔からも随分といじめられていた。桜子は泣きもせず僻みもしない気丈な子供だったのを覚えている。

「あの娘……なんだか様子が違わないか?」

 川姫はそっと桜子に近づこうとして下降した。

「ギャーーーー!!」

 桜子の頭上三メートルまで近づいた途端、バチッと身体に激しい衝撃を喰らって、川姫は上空高くまで吹っ飛ばされた。

「な、何なの……」

 川姫は恐る恐る桜子の方へ近づき様子を伺うように首を伸ばした。

 その気配を察知したのか桜子が上を見上げた。

「やばっ」

 と川姫は着物の袂で顔を隠すような動作をしたが、桜子はじーっと川姫を見ている。

「あなた、誰?」

 と首をかしげて桜子が言った。

「あんた……あたしが視えるのぉ?」

 と川姫が問い返すと、桜子ははっとした顔になった。

 今度は桜子が目を反らし、川姫に背を向けて足早に去ろうとした。

「ちょっと待ちなよ!!」

 川姫がその後を追いかけようとふわっと動いた瞬間、再びバチッと何かに弾かれた。

 妖体に衝撃を受けた川姫は慌てて身を翻した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る