第639話 動き出すアンジェール大監獄
アンジェール大監獄に発せられた緊急事態警報。
メイたちの脱獄はすでに、表ざたになってしまっている。
「こうなっちまった以上、とにかく逃げるしかねえ」
『点呼』時間の変化によって、状況は一変。
新たな追手が、監獄内に放たれてしまった。
「先を急ごう」
五人は木箱の裏からそっと出て、そのまま地下を駆ける。
「『猟犬』というのも、犬型の魔獣なのでしょうか」
「猟犬は犬じゃねえ。とにかく機動力の高い看守で、暴れる強力な囚人を迅速に押さえるために作られた部隊らしい……言ってるそばから来やがった!」
廊下の先に見えたのは、四人組の看守たち。
しかしこれまでの看守とは違い、制服の色は薄いグレー。
ブーツも踵のあたりに、魔法珠が埋め込まれている。
「速い!」
魔力光を足元に散らして走る猟犬たちは、番犬よりもさらに機敏だ。
「【連続魔法】【フリーズボルト】!」
放つ四連発の氷弾。
しかし猟犬たちは、これを避けつつ距離を詰めてくる。
「【電光石火】!」
「【躍空】!」
「かわされた!?」
先頭の猟犬は、【電光石火】を跳躍スキルでかわして進行。
続く二人目が、電流をまとった警棒を振り下ろしてくる。
「っ!」
これを回避すると、三人目の猟犬は壁を蹴った。
【壁蹴り】による跳躍から、そのまま警棒を叩きつけにくる。
「全員が高レベルの回避型前衛のようです!」
これをバックステップでかわして、驚きの声を上げるツバメ。
「しかも攻撃より、『硬直』狙いです……っ!」
広がる電流の見た目は【紫電】を思わせる。
どうやら敵は硬直を奪いにくるタイプのようだ。
「【バンビステップ】!」
ツバメをかわした二人の猟犬はそのまま後衛組を狙いにいくが、メイがそれを許さない。
剣の振り上げから振り払い。
一気に廊下を駆け抜けようとした猟犬二人を、無駄のない動きで一撃打倒。
戦況は一転優勢に変わるが――。
「【急速接近】【水平刃】」
四人目のブーツに付けられた魔法珠が輝く。
メイとツバメの間に一瞬で踏み込んできた猟犬は、警棒を手に一回転の振り払い。
「【アクロバット】!」
「【跳躍】!」
広がる雷光の斬撃に、ジャンプで回避を決める二人。
それは見事な回避だが、跳躍から着地までの時間を三人目の猟犬は見逃さない。
「【急速接近】」
一瞬でレンの目前に踏み込むと、警棒を振り下ろす。
「させないわっ」
レンはこれをバックステップで見事にかわした。しかし。
「うそっ!?」
警棒が突然伸びた。
バックステップ中のレンは予想外の攻撃をかわしきれずに感電、硬直を奪われた。
この隙に、四人目の猟犬が踏み込んでくる。
ここでもコゼットは戦わずに道を開けていたため、猟犬は一直線にネルを狙いにいく。
「っ! 【クリエイト・ウォール】!」
「【躍空】」
ネルは錬金術で壁を作り出し身を守る。
しかし猟犬は展開された岩壁を跳び越え、ネルの後方へ着地。
「【拘束糸】!」
その手に生まれた光の糸で、一瞬で身体を縛り上げる。
「きゃあっ!」
「「「ッ!!」」」
すると身動きの取れなくなったネルを抱え上げ、四人目の猟犬が走り出した。
「このまま連行する!」
「マズっ!!」
駆ける猟犬は、ネルを抱えているにも関わらず速い。
そのうえ逃げる先は、看守たちの本営。
近づけば近づくほど看守が増え、取り戻すことが難しくなってしまう。
「おい! 錬金術師を置いて逃げる判断も必要だ! 大罪犯まで俺たちを追ってきてんだぞ!」
諦めろと告げるコゼット。
「そんなことできませんっ!」
「脱獄をはたらいて捕まったなんてことになれば、看守長に死ぬほど叩かれた上に、刑期も増えちまう! 俺たちだけでも逃げりゃいいんだ!」
「それではダメなんですっ!」
「そういうことっ! 【フリーズストライク】!」
ここでレンは武器を【ヘクセンナハト】に換え、氷砲弾を発射。
範囲を広げた氷結弾の回避はさすがに難しく、三人目の猟犬が弾かれ倒れる。
レンが邪魔者を先んじて打倒したところで、舞い散る氷片の中をツバメが走り出す。
「【疾風迅雷】【加速】【加速】【加速】っ!」
その速度は速く、足自慢の猟犬ですら逃げ切れない。
「【水平刃】!」
「ッ!?」
突然の振り返りと共に放つ、警棒の一撃。
ネルを抱えたまま攻撃ができるとは思わなかったツバメは、虚を突かれた。
しかもこの廊下で放たれる水平の一撃は、完全な『足止め』のためのスキルだ。しかし。
「【スライディング】ッ!」
ツバメなら、回避しながら距離を詰めることが可能だ。
「すみません! 少し驚かせてしまうかもしれませんが――――【紫電】!」
「「ッ!!」」
駆け抜ける電流によってヒザを突く看守と、滑り落ちるネル。
ネルにまで電撃を浴びさせてしまうのは悩みどころだったが、背に腹は代えられない。
こうしてツバメ、ネル、猟犬の三者が『止まる』状況が生まれた。
だがツバメは確信している。
一度でも敵の動きを止めてしまえば――。
「【裸足の女神】!」
メイが、この状況を打破してくれる。
「ッ!!」
速度重視型の猟犬ですら、その挙動に一瞬判断が遅れた。
猟犬よりも圧倒的に鋭い踏み込みで跳び込んできたメイは、そのまま剣を振り上げる。
「【フルスイング】だああああーっ!」
「ガッ!!」
天井に激しく打ち付けられた猟犬は、さらに床に叩きつけられ倒れ伏す。
「だいじょうぶですかっ?」
「はっ、はい……! ありがとうございます……っ!」
「こ、今回はヒヤッとしたわね……」
「本当ですね……冷や汗ものでした」
苦笑いのレンとツバメ。
戻ってきたメイと、歓喜のハイタッチ。
「……良かったじゃねえか。だが、同じことが続くようなら俺はもう待たねえぞ。猟犬は何十人もいるらしいからな」
コゼットはそう言って「やれやれ」と首を振る。
「とにかく進みましょう。この状況、モタモタしてたら大変なことになるわ」
猟犬はまだまだ数がいる。
さらに大犯罪者も、メイたちを捕らえるために動いている。
強烈な緊張感の中、五人は再び駆け出したのだった。
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