第638話 西棟にあるもの

 無事、装備品を取り戻したメイたち。

 続く迷路のような廊下を右に左に進み、目指すは通気口。

 制限時間内のスティールを成功させたツバメの足取りはもう、完全にスキップだ。

 頬を緩ませたまま上機嫌なツバメに、メイとレンも思わず笑みをこぼす。


「レンちゃん、ツバメちゃん!」


 この先のフロアに人がいることを、メイが【聴覚向上】で察知。

 角を曲がるとそこには、勤務交代を終えた看守たちの姿があった。


「お前たち、こんなところで何をしている!」


 メイたちを見つけた五人組の看守たちは、即座に戦闘態勢を取った。

 五角形の布陣を取り、警棒を構える。


「止まれ! 止まらなけれなければ攻撃する!」


 見れば後方の二人は、空いた手でベルを取ろうとしている。

 踏み出してくる先頭の看守が腰を落とし、戦闘態勢に入ったところで先行するのはツバメ。


「【加速】【リブースト】――――【スライディング】!」

「なっ!?」


 手前の看守の足の隙間を、リブーストの速さのままで抜けていく。

 このスキルの良いところは、使用後の隙の時間が【敏捷】に左右される点。

 五人の看守の中心にすべり込んだツバメは、続け様にスキルを使用する。


「【瞬剣殺】!」

「「「う、うおおおおおっ!!」」」


【致命の葬刃】を振り払うと、ワンテンポ遅れて刃の嵐がツバメを中心に巻き起こる。

 360度全方向を切り裂く一撃はなんと、前方だけでなく後方にいる看守までまとめて斬り払ってみせた。


「カッコいいーっ!」


 まさしくアサシンといった一連の流れに、尻尾をブンブンさせて歓喜するメイ。


「またつまらぬものを斬ってしまった……が、決め台詞かしらね!」


 レンも思わず興奮の声を上げる。


「おい! お前たちそこで何をしている!」


 しかしそこにやって来たのは第二陣。

 四人組の看守たちは、倒れた仲間を見つけて駆けつけてくる。


「このタイミングで出てきたのは少し、運が悪かったんじゃない?」


 駆けつけてくる四人組の看守たちは、その手に盾を持っている。

 こちらの攻撃に対して防御を固めることで、増援が来るための時間を稼ぐ腹積もりだろう。

 手間取ればベルも鳴らしてくるはずだ。しかし。


「【投石】!」

「【低空高速飛行】!」


 メイの投じた石が轟音を立てて飛び、四人が盾を正面に構えたところに飛び込んでいくのはレン。

 ガツン! という音と共に看守が体勢を崩し、隙ができる。


「【悪魔の腕】!」


 飛び込んだレンが、新スキルで続く。

 足元に現れた魔法陣から飛び出してきたのは、黒い悪魔の巨腕。


「「「うぎゃあああああっ!!」」」


 メイの【投石】によって、盾を前面に向けてしまっていた看守たち。

 伸び出してきた巨腕に、そのまま頭上から叩き潰された。


「すごーい!」

「カッコいいです……!」

「出も早いし爆発もしない。複数人相手にも攻撃可能。見た目が完全に闇の魔導士っぽくなる点以外はいい感じね!」


 看守たちのチームワークは、連絡ベルを鳴らすことを前提に組まれていてやっかいだ。

 よって時間をかけず、早く打倒することが重要。

 だが武器を取り戻したメイたちは、この程度では苦戦もしない。


「ここだ!」


 すぐに目当ての詰め所にたどり着き、通気口の内部を突き進む。


「わー! こんなの初めてだよ!」


 定番の通気口移動に、ワクワクのメイ。

 出た先は、これまでよりもいっそう簡素な造りの淡灰色の壁が続いていた。


「……なんか、こっちは少し空気が違うわね」

「本当だねぇ」

「ここには大物たちの独房がある。どんなスキルを喰らっちまうか分からねえからな。見張りもロクに置けねえらしい」

「お、大物……」


 ネルがゴクリと息を飲む。

 静かな西棟の深部には、魔法珠灯が無機質な光をたたえている。


「ここまで来りゃ、アンジェール脱出も近えぞ」


 いよいよ現実味を帯びてきた、大監獄からの脱出。

 脱獄の進行度は、すでに7割というところまで到達している。しかし。


「「「ッ!?」」」


 突然鳴り出すサイレン。

 監獄中に響き渡るけたたましい音に、全員思わず硬直してしまう。


「どうしたのでしょうか」

「明らかに緊急性のあるサイレンよね? でも看守はいないし……」


 戸惑うメイたち。


「点呼だ! いつもと点呼を取るタイミングを変えてきやがったんだ! 俺たちが牢にいないのがバレたとなりゃ、牢も調べられるし、穴もバレちまう!」


 どうやら囚人の点呼のタイミングがいつもと違っていたことで、不在者が洗い出されてしまったようだ。さらに。


「誰か来る! 隠れるぞッ!」


 コゼットを先頭に、地下へと続く階段を降りるメイたち。

 階段下のスペースに置かれた木箱の裏に、五人身を隠す。


「このサイレンはなんだ!」


 そこにやって来たのは、ムチを手にした看守長。


「はい! どうやら東棟の囚人が脱獄を計った模様です!」

「……なんだと?」

「すでに東棟に姿は見られず、西棟内に倒れている看守の姿が多数発見されました」

「こっちにまで来ているということか……看守どもは何をしてたんだ!」


 どうやらコゼットの予想通り牢の穴が見つかり、連絡がいきわたってしまったようだ。


「……猟犬を動かせ」

「はっ!」

「逃げたのは誰だ?」

「ネルという錬金術師、メイという冒険者パーティ、そしてコゼットという男です」

「……なるほどなぁ。このオレに刃向かったヤツばかりじゃねえか……くく、いいだろう。Ⅴ、Ⅵ、Ⅶ、Ⅷ番房を開けろ」

「えっ!? で、ですが! そこは……ぐああああーっ!!」


 看守長の振るったムチに、看守が弾き飛ばされ倒れる。


「オレが開けろと言ったら、黙って開けるんだよ」

「はっ、はいっ!」


 近くにいた看守がレバーを下ろすと、魔法陣による結界で固く閉じられていた独房が四つほど開いた。

 するとそこから、囚人たちが出てくる。


「脱獄者が出た。ヤツらを生きたまま捕まえて来れば、刑期を100年減らしてやる」


 高電圧の首輪を付けられた、四人の大罪犯たち。

 その凄まじい迫力に、看守たちが震え出す。


「クククク……脱獄を止めるためにやむを得ず。これで大義名分ができたというわけだ。オレに逆らったことをたっぷり後悔させた後……魔獣どものエサにしてやる」


 始まる監獄内大捜査と、解き放たれた大罪犯たち。


「……離れるぞ。考えうる限り最悪の状況だ……っ!」


 コゼットが声を震わせながら、脂汗を拭う。

 大きく変わり出した状況に、メイたちも思わず息を飲むのだった。

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