第637話 ツバメさん、スティールのお時間です!

「予想通り、この瞬間が来たわね」


 脱獄クエストの中に待ち構えていた【スティール】要素。

 それは、装備品奪還のためのものだった。

 制限時間はここで、残り5分を切る。

 装備品回収のためのカギは、【スティール】で盗まなくてはならないようだ。


「じゅじゅ、準備しておいてよかったです……」


 ツバメはここでさっそく【幸運】上げ用に持ってきていた【世界樹の実】を、震えながら使用する。


「無理しなくても大丈夫よ」


 レンはそう言って、驚くほど硬くなっているツバメの肩をもむ。


「私たちなら、装備がなくてもコンビネーションでどうにだってできる。そもそもメイがいるだけでどんな武器より強力でしょう?」

「おまかせくださいっ!」

「ここで装備を取り戻せなければ終わりという展開でもない。だから無理する必要もないわ」

「そのとおりですっ!」


 ツバメの両手を握って、笑いかけるメイ。


「レンさん、メイさん……ありがとうございます」


 するとツバメは、白目のままつぶやく。


「実は最近、日ごろの行いに気を付けているのです……」

「日頃の行い?」

「はい。先日は学校への向かう最中にゴミ拾いまでしてしまいました」

「な、なんのために?」

「良いことポイントのためです」

「よいことぽいんと……?」

「…………」


 独自のリアルラック向上方法に、絶句するレン。


「こうしてお二人に勇気づけてもらえて、私は幸せ者です」


 ずっと白目のままだったツバメの目に、鋭い光が灯る。


「だからこそ挑み、そして成功させます!」


 二人に向け、強くうなずいてみせたツバメ。

【世界樹の実】だけでなく、ここでさらに【幸運】上げの果実も使用。

【強奪のグローブ】を取り出し装着すると、レンは熟練のアサシンの様に音もなく結界看守の前に立つ。

 ネルとコゼットも見守る中、右手を真っ直ぐ前に伸ばすと――。


「――――【スティール】!」


 クールな面持ちで放つ、盗みのスキル。

 見事、失敗。


「こ、この流れで外すのですかっ!?」


 すごくいい流れから、しっかり失敗する自分に思わずツッコミを入れる。


「大丈夫だよ、ツバメちゃん!」

「ええ、大丈夫よ。気楽にやりましょう!」


 メイがツバメの肩を軽くポンポンと叩く。

 残り時間はわずか、メイたちは「大丈夫」とうなずいてみせた。


「【スティール】【スティール】【スティール】【スティール】【スティール】【スティール】【スティール】【スティール】!」

「がんばれー、ツバメちゃーんっ!」


 拳を振り上げ、応援するメイ。

 レンも「大丈夫よ、気楽にね」と繰り返す。


「【スティール】【スティール】【スティール】【スティール】【スティール】【スティール】【スティール】【スティール】!」


 しかし時間は過ぎていく。

 ツバメのこれまでの成功率を考えると、そもそも5分程度での成功など不可能と考える方が普通だ。


「【スティール】【スティール】【スティール】【スティール】【スティール】!」


 残り時間は1分を切り、30秒を切った。


「【スティール】【スティール】【スティール】【スティール】【スティール】!」


 そして20秒を切り、ついに10秒を切る。


「【スティール】【スティール】【スティール】【スティール】【スティール】!」


 レンは手を組み、目を閉じる。

 挑戦回数はあと、数度が限度だろう。


「【スティール】【スティール】【スティール】ッ!!」


 メイはヒザを突いて両手を前に伸ばし、ぺこぺこと雨乞いスタイルで祈り出す。


「もう、時間がありません……っ!」


 再び白目を発動したツバメは、強くまぶたを閉じる。

 そして、祈りと共にその手を高々と掲げた。


「お願いしますっ! 【スティール】――――ッ!!」


 発動するスキル。

 すると視界に刻まれていた制限時間が停止した。

 ツバメは恐る恐る確認する。

 残り時間2秒。

 その手には、第三倉庫のカギが確かに握られていた。


「せ、成功しました……!」

「やったー! ツバメちゃんすごーい!!」

「やったわね!!」


 力加減も忘れて、全力で抱き着きにいくメイとレン。


「制限時間以内に、スティールを成功させられるとは……っ!」


 二人に抱きしめられたまま、ツバメも歓喜の声を上げる。

 三人の盛り上がり様はもはや、大会で優勝した運動部。

 ツバメを真ん中にして、ぎゅうぎゅうと強く抱きしめ合う。


「それではさっそく、装備を回収しましょう!」


 ツバメが意気揚々とカギを開き第三倉庫の中に入ると、そこにはズタ袋に詰められた装備品の数々。


「やっぱり、いつもの格好がしっくりくるわね!」

「これもツバメちゃんのおかげだよーっ!」


 ここでついに、いつもの装備に戻ったメイたち。

 メイが耳と尻尾を震わせながらツバメに飛びつくと、レンも思わず二人を抱きしめる。


「……っ!」


 あらためて強く抱きしめられて、ちょっと恥ずかしくなるツバメ。

 しみじみとつぶやく。


「……これからも、良いことポイントは溜めていきましょう」

「それはもう、忘れていいんじゃないかしら」


 相変わらずなツバメに、笑うレン。

 これにてミッションは無事成功だ。そして。


「……どう思う?」


 レンの問いに、誰もが気づいていた『それ』に視線が集まる。


「罠でしょうか、それとも……」

「罠……! ドキドキしちゃうね!」


 第三倉庫に置かれた、一つのボックス。

 開けた瞬間、予期せぬ展開が始まってしまうかもしれない。

 だが、中に良いものが入っている可能性もある。


「【罠解除】……では、反応なしですね」

「でも、この流れで開けずに行く冒険者はいないわよね」

「いないと思いますっ!」


 メイも緊張に尻尾をブルブル震わせながらも、興味津々。

 三人はうなずき合い、不用意と分かりながらボックスを開く。


「…………」


 中には、詰め込まれた無数の本。

 そこには一冊のスキルブックが紛れ込んでいた。



【スライディング】:すべり込みが可能になる。距離は任意。また移動時に使用した場合は、その際の速度に依存した速さ・距離になる。



「第三倉庫まで来れば、オマケもつけてくれるってわけね!」

「来てよかったです!」


 歓喜の声を上げるツバメ。

 全ての持ち物を完璧に回収したメイたちは、新たなスキルと共に先を急ぐのだった。

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