第634話 緊張の看守食堂

「俺たちがいる東棟には出口がねえ。だから外部に出るためには西棟に向かわなきゃならねえんだが……」


 看守たちから制服を奪うことに成功したメイたちは、コゼットの指さした方を見る。


「東棟と西棟をつなげる廊下には関所があってな。そこにある部屋には必ず看守が詰めてやがるんだ。そして異変があれば、即座に魔法珠でそれを知らされちまう」

「だから眠ってもらうのですね」

「そういうことだ」


 子供看守と化したツバメがうなずく。


「ツバメちゃん可愛いなぁ」


 これにはメイもにこにこだ。


「看守には夜食が送られるんだが、これを持っていく係は決まってねえんだとさ」


 そう言ってたどり着いたのは、看守たちが集まる食堂の前。


「さて、夜食の持ち出しは当然ここからになるわけだが……誰かが取りに行かなきゃいけねえ」

「看守の集まる食堂に入って、食事をとってくるの?」

「わあ……それは緊張しちゃうねぇ」


 初見の場所、看守の集まる密閉空間に飛び込み食事を持ってくる。

 ここは速さや攻撃力でしのげるシーンではないだろう。

 緊張のクエストに、さすがにメイもノドを鳴らす。


「もちろん俺は御免だぜ? そもそも囚人を連れて入るような場所じゃねえ」


 これにはネルも囚人服の裾を握って、緊張を見せている。


「ここは私かしらね」

「向こうにしてみりゃ見ない看守だからな、何か聞かれたら『新人』と『関所の晩飯』という言葉を使って答えろ……ここはヘマしたら、即終わりだと思った方がいい」

「……分かったわ」

「レンちゃん、がんばってね!」

「よろしくお願いします」


 学帽付きの制服を着ているせいか、敬礼でレンを送り出すメイとツバメ。


「それじゃ行ってくるわね」


 そんな二人の真面目な表情に、レンは軽く笑いながら看守用の食堂に足を踏み入れる。そして。


「…………ッ」


 看守の数とその圧に、思わず息を飲んだ。

 思った以上に人数が多く、こちらが一人きりであることを嫌でも思い知らされる。


「これはとてもじゃないけど、戦ってどうにかできる感じじゃないわね……」


 正体をバレずに、食事を受け取って届けるだけ。

 それでも簡単にはいかないようだ。

 何が怪しまれるきっかけになってしまうか分からない。

 食堂だというのにこれ見よがしな看守たちの武装は、緊張感を高めるためのものだろう。

 レンは足を止めることなく、食堂の奥へと進む。


「おう、お前見ない顔だな。どこの配属だ」

「っ!」


 怪しい挙動や言葉一つで、正体がバレてしまうかもしれない。

 そんな恐怖に、思わず身体を跳ねさせる。


「……まだ『新人』で」

「なんだ、雑用に使われている感じか」


 レンは息をつく。

 ここで慌てて何かしらの職務を答えてしまうと、途端に怪しまれてしまっていた。

 問題なく最初の問いを乗り越えたレン。

 歩を進めると、今度は二人組の看守が声をかけてきた。


「そう言えばお前、用水棟について何か聞いてるか?」

「……壁なら直っているはずよ」

「そうなのか。あ、新人なら第一倉庫の中身が第三に移ったことも覚えておけよ」

「分かったわ」


 いやらしい展開。

 どうやらただ続けて合言葉で応えるのではなく、普通の会話も挟まなくてはならないようだ。


「この時間は休憩か?」

「いいえ、頼まれて『関所の晩飯』を取りにきたの」

「なるほどな。もういい時間だし、早く持って行ってやれ」


 最悪、緊張で何をどう言えばいいかを忘れてしまう。

 もしくは、話の流れの中で指定の単語を上手に切り出せない。

 このクエストの難所をレンは見事に切り抜けた。しかし。


「ああ、今夜監視に入ってるのはデールのやつだったな。あいつはトマト中心のやつとジャガイモ中心のヤツ、どっちを持ってこいって言われた?」

「っ!?」


 突然向けられた問いかけに、目を見開くレン。

 しかもこれまでとは違い、コゼットの『ヒント』がない問いかけだ。


「三つ目があるなんて聞いてないんだけど……っ!」


 予想外の展開に、思わずつぶやく。

 気が付けば周りには、看守たちがレンを取り巻くように並んでいる。

 この状況では戦うことはもちろん、逃げ出すことも不可能だろう。

 仮に脱出に成功しても、食事の用意がないのでは意味がない。

 重すぎる二択に、鼓動が高鳴っていく。


「ま、あいつは副看守長と同じだからなぁ……好きな物の趣味が」

「ッ!!」


 そんな中、横にいた男がつぶやいた。

 レンはここで、必死に思い出す。

 副看守長の趣味は菜園。

 あの時まいた種の中に、種イモはなかったはずだ。


「……トマトの方をもらう」

「そうそう、あいつはトマトだよな!」


 そう言って看守が、トマト用の弁当パックを寄こしてきた。

 レンはそれを受け取ると早足で進み、一秒でも早く看守用食堂を出ようと扉に手をかける。


「……おい」

「ッ!!」


 そして、三人組の看守に声を駆けられた


「その帽子……」

「帽子が……なに?」

「ツバが汚れてんぞ。看守長に見つかる前になんとかしとけ」

「わ、分かったわ」


 レンは今度こそ扉を開き、看守用食堂を出る。


「さ、最後の呼びかけは、本当に意地悪ね……っ」

「レンちゃん!」

「どうでしたか?」

「無事、夜食の調達に成功したわ……」


 そのまま思わず、メイに抱き着くレン。

 メイも「おつかれさまでしたー!」と、ギュッと強く抱き着き返す。


「まさか自力で考えなきゃいけない三問目があるなんて思わなかったわ」

「そ、それは大変でしたね……」

「……よかったです」


 状況を理解したツバメが息をつくと、祈りながら待っていたネルも静かにうなずく。


「あとはこれを見張りの看守に届けるだけね。何か特別な合言葉が必要だったりしないわよね?」

「ああ、そんなものはねえはずだ」

「それなら先に進みましょうか。早くここから離れましょう」

「りょうかいですっ!」


 そう言いながら今度は、メイの背に抱き着いたまま進むレン。


「本当に緊張していたのですね……」


 五人はそのまま監視用の詰め所に向かい、持ってきた【睡眠薬】を使用。

 監視室の看守に弁当を差し出す。


「おう、これだよこれ! これを待ってたんだ! さっそくいただくぜ!」


 夜食を受け取るや否や、即座にそれをもち去っていく看守。


「これで一段落ね。少し待って先に進みましょうか」


 こうして緊張のクエストを無事、乗り越えたメイたち。

 やがて看守の寝息が聞こえ出し、東棟から西棟へ抜けることに成功したのだった。

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