第571話 まずは定番から!

「おいしそうーっ!」


 青い空に鮮やかな建物が生える鳳の大通りには、たくさんの店が並ぶ。

 そのなかでも目を引くのは、今まさに湯気を上げている蒸籠だろう。

 肉まんや小籠包、焼売のような軽食はもちろん、ゴマ団子を始めとしたスイーツ系も紫芋や栗、カボチャなんかを包んだものがある。

 その全てを丸い蒸籠に収めている辺り、この街の特徴の一つとしても機能しているのだろう。


「私は紫芋かしら」

「では栗で」

「全部いただきますっ!」


 とどいた点心を、オープンカフェ状態になっている店先でいただく。


「おいしいねえ」


 思いっきり頬張ってからお茶を飲み、「ぷはっ」と息をついたメイ。

 レンの少し食べて少し飲んでというスタイルを見て、マネをする。

 そして「いかがですか? 普段はこんな素敵な感じなんですよ」と周りにアピール。


「あ、あの子ってメイちゃんじゃないか?」


 離れた場所の会話も、メイの耳はよく聞こえる。


「やっぱちょっと窮屈そうだな。デカい骨付き肉とかはなかったのか?」

「なんでーっ!?」


 本来はもっと豪快なのに、がんばって人間社会に溶け込もうとしてる野生児みたいな感想を持たれて頭を抱える。


「どうしたの?」

「まだまだ、がんばらないといけないみたい……っ」


 イメージの払しょくは難しい。


「どうぞ」


 ツバメが点心を一つ渡すと、いーちゃんは両手で持ってかじりつく。

 そのまま三人は、お腹いっぱいで仰向けになるいーちゃんを見ながら一休みしたところで――。


「ああ困った困った!」


 簡素化した着物をわずかに華美にしたような格好をした中年の男が、駆けてきた。


「今日に限って店員が足りないなんて……どうしたらいいんだ」

「いつものクエストね」


 どうする? と、レンが笑いながら視線を向けると、メイは大きくうなずいた。

 ツバメは早くも「もしや……」と、期待に目を輝かせている。


「お手伝いしますっ」


 メイがそう言って手を上げると、店主は大喜び。


「それは助かる! ここから忙しい時間でね。さあ来てくれ、制服は準備してある!」

「制服?」


 メイたちが従業員室に入ると、自然と装備が変更。


「わあーっ! すごーい!」


 ツバメの格好がチャイナドレスになったのを見て、歓喜の声を上げた。


「あら、可愛いじゃない」

「可愛いよツバメちゃんっ!」


 紺のドレスに、銀の髪飾りで左右でお団子作った格好に変わったツバメに、思わず二人は興奮する。


「あ、脚が出ていて、少し恥ずかしいです」


 動きやすそうな短めの裾。

 引っぱって腿を隠そうとするツバメに、「……本当に可愛いわね」とうっかりつぶやくレン。

 続いて、メイの身体にもエフェクトが現れる。


「ヒョウ柄とかだったどうしよう……っ!」


「それだけは何とか……っ」と、祈りながらの変身。


「メイさん、最高です……っ!


 さっそくツバメが、恥ずかしさを忘れて歓喜の声を上げる。

 メイは白のチャイナドレス。

 髪に一つ房を作って、赤の組ひもで結んでいる。

 尻尾にも赤のひもで鈴が結んであり、普段のメイの雰囲気もよく出ている。

 こちらも裾は短く、腿が思いっきり出ている形だがメイはそこを気にしない。


「アニマル柄じゃないーっ!」


 柄がシンプルなことにとにかく歓喜する。


「ふ……あっ」


 飛びついてきたメイに、うれしいやら可愛いやらで呼吸のタイミングが分からなくなるツバメ。


「さて、最後は私ね」


 そして最後はレンの番。

 どうなることかと、変身の終了を待っていると――。


「まあ、分かってたけどね」


 レンのチャイナドレスは黒地。

 金のリボンで長い銀髪を大きなツインテールにした形だ。

 メイたちとの違いは、その長い裾。

 そのせいでスリットが非常に際立つ形になっている。


「レンちゃん脚長ーい!」

「とてもよく似合っています」

「うんうん! すごいよっ!」

「さすがですね!」

「闇の使徒、東方部署の女幹部みたいになってない?」

「「…………」」


 素直な二人、レンの問いかけに反応できず。

 ただ、すごく似合ってはいる。


「……まあいいわ、とりあえず行きましょうか」


 悪の女幹部っぽくても、ドレス姿は新鮮で楽しい。

 三人はさっそく、店の中へ。

 すると店の中は、早くも満席。

 今や遅しと点心が届くのを待っている客たち。

 そして今回はもう、メイたち見たさにプレイヤーも店の外からのぞいている。


「それじゃあこのピークタイム、頼んだよ」

「りょうかいですっ!」


 始まるいつもの給仕クエスト。

 いきなりキッチンカウンターに置かれた、大量の蒸籠。

 5段6段は当たり前。

 中には10段重ねになった蒸籠の塔もある。


「今回は、これを重ねたまま持って行けということのようですね」

「それではいってきます!」


 両手をグッと握って気合を入れるメイ。

 両手に5段の蒸籠を乗せて、さっそく客席へ。


「それでは私も」


 ツバメもまずは両手に3段ずつで様子を見る。

 レンは念のため、片手に3段という形で客席へ。


「これなら……いけるかもっ」


 メイはここからペースアップ。


「……よいしょっと」

「おっとと」


 食事を終え、突然立ち上がった客も華麗なターンで難なく回避。


「おまたせいたしましたーっ!」

「ああっ、このクエストはどうしてプレイヤーを客にしないんだ……っ!」


 メイの笑顔に、壁をバシバシ叩く観客プレイヤー。

 三人は動線が重ならないよう考えつつ、見事な運びっぷりを見せる。

 レンは両手に3段、ツバメも両手5段に増やし、メイに至っては両手で10段を持って軽快に店内を疾走。


「おーい、こっちだ!」

「っ!」


 遅れてきた仲間を呼ぶ客が、大きくイスを引いて立ち上がる。


「【跳躍】っ! 天井が高いのは助かりますね……」


 ツバメは空中へ逃げるが、待ってましたとばかりに駆け込んでくる客。

 飛ばして落とす戦法は、ここでも使われているようだ。


「【エアリアル】【跳躍】」


 しかしこれも、二段ジャンプで余裕の回避。


「…………セーフです」


 見事な着地を決めた後、上段の蒸籠がズレるも集中。


「おおーっ」


 これを見たプレイヤーたちが、感嘆の息をつく。

 だがもちろん、ここまでは序の口だ。

 ここから客の勢いは増してくる。

 新たに入ってきたのは、巨漢の四人組。


「一人30段ずつ、まとめて持って来て」


 この大型オーダーをきっかけに、他の客たちもペースアップ。


「こっちは10段頼む」

「こっちは20段だ!」

「一気にきたー!」

「これは大変だな……」


 この大食い四天王は、提供が遅れると帰ってしまうマイナスポイントの中心になる客。

 今回は絶やさず『重ねて』持っていくことが大事になる。しかし。

 一気に増えたオーダーに、三人もしっかり対応。


「りょうかいですっ! 【バンビステップ】!」


 ここでメイ、片手に15段ずつ計30段ずつ運び4往復でこれをクリア。


「【加速】!」


 この隙に15段程度のオーダーをツバメがこなし、足りない分をレンが運ぶコンビネーション。


「やば……さすがメイちゃんカフェやってただけあるな……っ!」


 その華麗過ぎる動きに、観客たちはもう見惚れる他ない。

 そんな中、手伝いにやって来たのは店長。

 両手に蒸籠を高く抱え、客のもとへと向かう。


「あー食った食った!」

「うおおっ!?」


 突然伸びをした客の伸ばした足が、たくさんの蒸籠を抱えた店長を蹴る。

 店長の手を離れた蒸籠が、一斉に宙を舞った。


「「ッ!!」」


 しかしこのタイミング、最高。

 ちょうどメイとツバメの手が空いたところだった。

 二人は視線を合わせてうなずき合う。


「【疾風迅雷】【加速】【加速】【加速】っ!」

「【バンビステップ】!」


 ツバメが高速直線移動で外を回り、メイが細かい距離を踊るように動いて蒸籠をキャッチ。


「ツバメ!」


 そんな中、中身が飛び出してしまった一つの点心。


「【加速】【リブースト】!」


 最高加速で蒸籠を受け止め、そのままヒザで滑って最後の一個を受け止めた。


「「「おおおおおおーっ!!」」」


 その一個も落とさぬ見事な回収ぶりに、わき上がる拍手と歓声。


「…………」


 そんな中ツバメは、ヒザ立ちになったことで持ち上がったドレスの裾を、そっとつかんで下げるのだった。


「ツバメちゃんないすーっ!」

「今回は割と余裕だったわね」

「うんっ、楽しかった!」


 メイたちにとっては準備運動程度。

 そんな何気ない言葉に、さらに驚く観客。

 こうしてまたプレイヤーたちが集まり、店には人だかりができてしまったのだった。

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