第187話 きっかけは親子対決
「ところで、さつき」
「なーに?」
「今夜のご飯は……なんだと思う?」
「うっ」
何気ない昼間のひと時、突然ぶつけられた問いに息を飲むさつき。
緊張感が走り出すリビング。
しかしさつきは慌てない。
現実でも野生化しているのではないかという疑惑を払拭するため、回答用の料理名はすでに準備してある。
今回はテーブルの上にヒントになる具材も置いてない状況だ。
選択肢は無数にあり、そうそう同じになるはずがない。
――――『コシャリ』
それはエジプトの国民料理。
米にマカロニやスパゲッティなどのパスタ類を混ぜ、ひよこ豆やフライド玉ねぎを加えて、最後にトマトソースをかけた国民食だ。
……だが。
万が一のこともある。
ここでさつきは一番の有名どころを外すことで、万全を期す!
「シャクシューカ!」
それは玉ねぎやにんじんなどの野菜とひき肉を炒め、クミンやターメリックなどのスパイスを加えたのものをトマトソースで煮込み、最後に卵を落としたもの。
『コシャリ』に次ぐ、2番手の国民的料理だ。
「…………」
母やよいの返答はなし。
当たるはずがない。
勝利を確信し、「むふん」と息をつくさつき。
「どうして……分かってしまうの……っ」
「うそー!?」
崩れ落ちるやよいの姿に、さつきも頭を抱える。
なんということはない。
さつきは部屋で、やよいはリビングで見ていたグルメ番組から「これだ!」と着想を得た結果だ。
しかも二人して「あえて……一番人気を外せば完璧っ!」と、うっきうきで拳を突き上げたところまで一緒だった。
「「なんで……どうして……っ」」
二人の嘆きは、こうして空しくリビングに消えていった。
◆
「一体どこまで……野生化していっちゃうのかなぁ」
グランダリア大洞窟前、ギルド前にやって来たメイはため息を吐く。
「ふふ、大丈夫よ。さすがに現実でまで野生化してたりはしないはずだから」
「はい、合宿でお会いしたメイさんはとても素敵なお嬢さんでしたよ」
「ほ、本当っ?」
事の顛末を聞いたレンとツバメは、そう言ってほほ笑み合う。
二人の言葉に、光明を見つけたかのように表情を輝かせるメイ。
「眼鏡にコーヒーが似合うような……っ?」
「それはこれから次第じゃないかしら。でもエジプトの料理で同じものを選ぶって面白いわね」
「名前からは想像が尽かない料理です」
「いいわねぇ……エジプト。どこまでも広がる砂漠をラクダに乗って、オアシスに向かうなんて旅になるのかしら」
「た、楽しそう……っ」
ついさっきまで野生化問題に頭を抱えていたメイ。
尻尾はブンブン、その目はキラキラと輝いていた。
「そういうことなら次の目的地は砂漠にしてみる? どうせなら定番の、ピラミッドがあるような場所もいいかもね」
「ピラミッド!」
「宮殿なんかも見たいですね」
「宮殿!」
「それに、広いところの方がその子の特性を見るには便利だろうし」
そう言ってレンが視線を送るのは、メイの右手に装備されている召喚の指輪。
「種類はケツァールで間違いないわね」
青緑の羽毛に包まれたその巨鳥は、胸元に駆けてオレンジのグラデーション。
その派手な色使いは、ものすごくジャングルを彷彿とさせる。
「この前の雑誌には、その大きな鳥と私たちが一緒に映っていましたね」
「『野生児メイ・グランダリア攻略!』って大きく書かれていたやつね」
この号はレンたちが『ここはわたしに任せて先に行け!』と言ったメイに追い抜かれるという奇跡も話題になり、過去一番の発行数となったらしい。
「インナー装備に獣耳、大きくて派手な鳥っていうのはさすがに言い訳もできないわねぇ」
「うう、よりによってどうしてあのタイミングで……」
これにはレンも、さすがにクスクス笑う。
「そうそう。グランダリアで手に入れた黒い宝珠の確認に行ってもいいかしら」
レンはそう言って、ギルド内へ。
闇騎士リザードとの戦いで得た宝珠を、『お宝』の鑑定カウンターに提出した。
【ダークフレア】:ため時間を必要とする闇属性の高威力魔法。
「…………闇属性」
「やはり、黒い輝きを伴う感じなのでしょうか」
「そんなの使ったら、もう取り返しがつかないんだけど……」
装備品もレアドロップで固めているため、そうそう簡単には替えられない状況のレン。
黒い輝きと共に炸裂する魔法を使う中二病装備の自分を想像して、震え出す。
「……メイ、人気のないところで上手にスキルを発動する方法ってなにかある?」
しかし、手にした強力な新魔法を放っておけるはずがない。
早く試してみたくて仕方がないレンが問いかける。
「レンちゃん……」
メイはそっとレンの肩に手を置いた。
「それはずっとわたしが追い求め続けていることなんだよ。そしてその結果が……現状です」
その目は遠く、虚空を見つめる。
レンも負けじと白目をむくのだった。
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