第184話 メイとフラグ
『――――ここはわたしに任せて先に行って』
崩れ落ちるグランダリア地下30階に、一人残ったメイ。
追って来たリザードドラゴンを見事に倒し、先行させたレンとツバメのための時間稼ぎにも成功した。
だがこの位置から生きて帰れる段階は、すでに終わっている。
もはや足場らしい足場のない無残な光景を目の当たりにしながら、しかしメイは――。
「みんなのところに帰りましょうっ!」
強い覚悟で「よーし!」と意気込んで、クラウチングスタートの構えを取る。
「…………【野生回帰】!」
そのスキルは防具を全て外してインナー装備になることで、ステータス値を15%向上させる。
腹部の開いたタンクトップとショートパンツに、アクセサリー装備の【鹿角】だけという格好になったメイ。
「よーい……ドン!」
衝撃波を生むほどの勢いで走り出す。
次々に落下してくる石塊を見事にかわし、崩れた岩場を蹴る。
すでに足場の形状をなしていない岩から岩へ、速い足の運びで跳んでいく。
すると目の前に現れたのは、すでに崩れ落ち出している岩たち。
「【バンビステップ】!」
落ち切る前に踏み切って、次々に新たな岩へと跳躍するメイ。
だが足の置ける場所はドンドンなくなっていく。
「ッ!?」
ついに飛び乗った岩が崩れ、落下を開始した。
「【モンキークライム】!」
メイはすでに落ちだしている岩を蹴って次の岩へと進む。
「ッ!」
目前に結晶塊と岩の落下。
落ちてきた結晶塊を受け止めると、続けざまに降ってきた岩を――。
「【フルスイング】からの【フルスイング】ッ!!」
オブジェクト振り回しで打ち飛ばした。
そしてわずかに遅れた分を取り戻すかのように、最後のスキルを発動する。
「いっくよー! 【四足歩行】だぁぁぁぁーッ!!」
その速度はさらに上がる。
落ち出している岩、崩れ出している岩を蹴り、普通に考えれば足場にはなりえない部分を踏み切り、猛烈な崩落の中を駆けていく。
そしてその目に、転移用大型結晶を捉えたところで――。
「せーのっ! 【ラビットジャーンプ】ッ!!」
足元に大穴が開く直前の大跳躍。
着地と同時に受け身の前転を決め、大型の転移結晶にタッチ。
輝く緑の光。
メイは最後の崩落を駆け抜け、見事グランダリア大洞窟30階からの脱出を果たした。
◆
「レンちゃん! ツバメちゃん!」
大型の転移結晶でたどり着いた先は、グランダリアの入り口から数十メートル先の空き地。
メイはさっそく、先行したレンたちの姿を探す。
「レンちゃん! ツバメちゃーん!」
二人を呼びながら、辺りを駆け回る。
「レンちゃーん! ツバメちゃーん!」
しかし返事はなく、姿も見当たらない。
「まさか……」
嫌な予感に、足が止まるメイ。
「メイッ!」
「メイさん!」
呼ばれて即座に振り返る。
そこには、見慣れた仲間の姿。
「レンちゃん! ツバメちゃーんっ!」
メイは大喜びで駆け出して、二人に勢いよく飛びついた。
「よかったー! 全員無事に出られたんだね!」
「ありがとうメイ! これで三人そろってグランダリア踏破よ!」
「合宿、最高の形で終われます!」
抱き合ったまま喜びあう三人。
全員そのまま、ぴょんぴょんと足を跳ねさせる。
「いた、メイちゃんだ!」
「今グランダリア踏破って言ってたぞ」
「マジかよすげえ……っ!」
その姿を見つけて、グランダリアに来ていた掲示板組が集まりだす。
「よかったよかった! みんなぶじでよかったよー! 探してたんだけど、なかなか見つからなかったから!」
「…………探した?」
笑い合う三人。
盛り上がっていく空気の中、不意にレンがピタリと動きを止めた。
「私たち、今戻ってきたばかりなんだけど……ね、ねえ、メイは『ここはわたしに任せて先に行け』って言って、崩落の中ドラゴンに立ち向かったのよね?」
「うん」
「そのうえで、ドラゴンを倒した」
「うん」
「それなのに……私たちより先に帰ってきてない?」
「え? そんなことあるんですか?」
ツバメも驚きの声をあげる。
「ドラゴンと戦ってたメイの方が、逃がしてもらった私たちより先に帰って来てるって何よ!?」
ありえない事態に、思わずツッコミを入れるレン。
「……?」
しかしお約束事を知らないメイは、不思議そうに首をかしげた。
「ということは、どこかでメイさんに追い抜かれていたんですね……」
「そうなるわね。『メイの覚悟に応えるため、ここを生き抜くことが使命よ!』とか言ってた私たちは、途中でメイに追い抜かれてたのよっ!」
あまりにシュールな状況を想像して、唖然とするツバメ。
「す、すげー! やっぱメイちゃん半端ねえ!」
「なんだそれ……そんなの始めて聞いたぞ!」
「仲間を逃がして死ぬわけでも、ギリギリで生きて帰ってきたわけでもなく、先に帰って来るってヤバすぎだろ……ッ!」
死亡フラグをまさかの形で追い抜いてきたメイに、驚きが止まらない掲示板組。
その騒ぎを聞きつけて集まって来てるプレイヤーたちの中には、メイたちに助けられたモンスターハウスの二人組や、一緒に隠し通路を進んだ商人、金羊みたいなテイマー少女の姿もあった。
「さすがメイさんです! おめでとうございます!」
「やったな嬢ちゃん!」
「グランダリア踏破なんてすごいです!」
「てへへ、ありがとうございますっ」
皆に祝福されて、少し照れるメイ。
「さすが最強の野生児だ! モンスターハウスを切り抜け、新鉱石を見つけ、『住人』を助け、そのうえ死亡フラグを追い抜いての最短踏破! こりゃやっぱ銅像が必要だな! この姿、しっかり後世に残しておかねえと!」
「え、ええーっ!? 待ってください、誤解です! 普段はもっと普通の女の子なんですーっ!」
メイは慌てて否定するが、そのインナー装備姿に自然と視線が集まる。
「あっ、あの! これは偶然帰り際にこうなっただけで、その、違うんですっ!」
「普段は眼鏡姿で、コーヒー片手にパソコンをしてるのよね?」
クスクスと笑いながらフォローを入れるレン。
ツバメも微笑ましそうに見守っている。
「そ、そうなんですっ! 普段はもっと普通の……ん?」
言葉を続けようとしたメイの目の前に降りて来た、一羽の巨鳥。
うれしそうに翼を広げ、顔をメイに擦り寄せてくる。
「ああ、『卵』を無事に持ち帰ってきたからかしら」
その身体は、とにかくカラフル。
獣耳に尻尾、インナー装備に加えて南国鳥のお出迎え。
「もう、どこからどう見ても完全な野生児です……」
「眼鏡にノートパソコンのお姉さんは、ちょっと無理っぽいわねぇ……」
「そんなー!」
またしても『星屑』開始以来の伝説を作り出したメイたち。
どうやらその姿は、最強の野生少女として語り継がれることになりそうだ。
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