第126話 修学旅行の記憶

「なんだか、物騒なお寺ですね」


 ツバメが息を殺しながらつぶやく。

 彫像を取りに入った寺社には、僧兵がウロウロしている。


「……また、これ見よがしに鐘を持ってるわね」

「見つかったら鳴らされて、付近のプレイヤーたちも異変に気付いて集まってくるという仕掛けでしょうか」

「間違いないわね。ミッションは基本、将軍を討つチャンスを作るためのものでしょうし」

「はぁー、緊張するねぇ」


 ドキドキ感を楽しみながら、メイはそーっと足を進める。


「できれば急ぎたいわね。天軍は彫像を回収したら、全軍で私たちを探しにくるでしょうから」


 本堂へと続くのであろう、板張りの廊下。

 その先には、一人の僧兵が立っていた。


「背中を見せてる今が狙い目ね。ここはツバメのアサシンピアスが確実じゃない?」


 ここでは、大きな音を立てずに敵を倒せるスキルを使いたい。

 しかしツバメは立ち止まる。


「……あの」

「どうしたの?」

「いえ、この風景……覚えがあるのです」


 そう言ってツバメは少し考えた後、「あ」と小さく声をもらした。


「うぐいす張りです」

「うぐいす張り?」


 メイが首と尻尾を傾げる。


「歩くと音が鳴る仕掛けのある廊下だっけ?」

「はい。この廊下の風景、修学旅行の時に見たうぐいす張りとほぼ同じです」

「……なるほどね。メイ、【投石】お願いできる?」

「りょうかいですっ」


 元気よくささやくメイ。

 レンは作戦を変更し、飛び道具での攻撃を選択した。


「いくよー……えいっ」


 大きく振りかぶってから投じられた石は、吸い込まれるように僧兵に直撃。

 見事一発で決めてみせた。

 レンはメイと静かにハイタッチして、板張りに足を下ろす。

 すると『ギュッ』と分かりやすい音が、廊下に鳴り響いた。


「本当に音が鳴るわ……でも、よく覚えてたわね」

「踏む場所によって音が少しずつ違うので、ドレミの歌を奏でようとしたのをよく覚えています」

「なにをやってんのよ」


 制服姿のツバメが無表情でぴょんぴょん跳ねる姿を想像して、レンはちょっと笑う。


「背中を見せてる隙だらけの僧兵。近づいて攻撃しようとすると音が鳴って、気づかれて鐘を鳴らされるってわけね」

「すごーい。助かっちゃったね」

「まさか、あの修学旅行が役に立つとは思いませんでした」


 とにかく真面目に過ごした修学旅行を思い出して、感慨深そうにするツバメ。

 三人は再び、本殿へと向かう形で続く廊下を進む。

 するとその先にまた、僧兵の姿が見えた。

 今回も見事に、その背をこちらに向ける形で警備にあたっている。


「ここも【投石】が妥当かしら」


 続けて音のなる床が仕掛けられている可能性も、ゼロではない。

 安全策を取り、メイが【投石】スキルを発動しようとしたその瞬間。

 僧兵が、こっちに振り返った。


「わあ! 見つかっちゃった!」

「今度は『見つかってから』どう僧兵を止めるかっていう仕掛けなのねっ!」

「「っ!!」」


 レンの言葉に、即座に駆け出すメイとツバメ。

 長らくジャングル暮らしをしていたメイは反応も早く、ツバメの二歩ほど先を行く。しかし。

 今回はその驚異的な反応の良さが、意外な形でアダとなった。


「……えっ?」


 突然廊下の床が開き、足元に大きな穴が開いた。

 その早さゆえに、すでに廊下の真ん中まで来ていたメイに罠を避ける手段はない。


「わああああーっ!」


 そのまま穴に落下。


「メイっ!」

「メイさんっ!」


 先を行くメイの、突然の落下。

 しかしメイが罠にかかるのを目撃できたことで、ツバメには考える時間が与えられた。


「【壁走り】!」


 ツバメはそのまま壁を走り、長い穴を乗り越える。

 そして逃げ出していく僧兵の背に追いつくと、そのまま短剣を抜き払う。


「【電光石火】!」


 切り抜けて、振り返る。

 僧兵は倒れ、侵入者発見の報は発されていない。

 ここの仕掛けも無事クリアできたようだ。


「……メイ、大丈夫よね?」


 問題は、穴に落ちたメイだ。


「さすがに、廊下に空いた穴に落ちて敗北って形はないと思うけど……」


 思ったよりも深い穴を、レンはそっとのぞき込む。


「メイさん、無事ですか?」


 走る緊張感の中、ツバメが穴の底へ向けて問いかける。すると。


「【ラビットジャンプ】!」

「大丈夫みたいね」


 ぴょーんと勢いよく飛び出してきたメイは「てへへ」と笑い、二人は安堵の息をついた。

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