第74話 帰港前に現れるもの

 オオウミドリを倒してドヤ顔の白夜が、一瞬にしてその表情を凍りつかせた。


「ク、クラーケンなんて初めて見たぞ!」「こんな化け物がいたのか……ッ!!」「デカすぎだろ……」


 その巨大さに、慌てふためく同乗プレイヤーたち。


「……一定以上の早さで漁とオオウミドリ狩りを終えた場合、追加で起こるクエストってところかしら……っ」


 出現の有無に条件があるのだろうと、レンは予想する。

【野生回帰】によって腕力値の上がっているメイの、早いカニ回収。

 さらに巨鳥狩りも、白夜の対抗意識によって早々に終了した。

 クリア速度は、かなりのものだっただろう。


「ッ!!」


 クラーケンは、その触手を高々と振り上げた。

 直後、叩きつけられた触手が大きく船を揺らす。


「うおおっ!! お、おい、触手に囲まれてるぞ!」


 触手の数はさらに増え、一瞬にして船を取り囲んだ。

 インナー装備によって防御力の下がっている現状では、一撃でも大ダメージ。

 そんな緊張が、触手の特殊なモーションを見逃した。

 一人の剣士が身体をつかまれる。


「う、うわああああ――――っ!!」


 そのまま海中へと引きずり込まれ、一撃リスポーン。


「呼吸ゲージ狙い!? とんでもないスキルを使ってくるわね!」

「こ、こんなのどうすりゃいいんだよ!」


 慌てふためくプレイヤーたちを前に、レンは杖を構える。


「でもその位置は私の射程距離よ! 【魔砲術】【フレアストライク】!」


 放たれた炎の砲弾はクラーケンに直撃して、ゲージを減らす。

 すると触手はすぐさま、レンをつかみにきた。


「【電光石火】!」


 高速の連撃から、振り返り様の二連撃。

 連続攻撃で触手を斬り飛ばす。


「よっと!」


 さらにメイの一振りが、新たな触手を一発で斬り飛ばした。


「ありがとツバメ! メイ!」

「本体は全然HP減ってないよー!」

「触手と本体は別ゲージってことね。本体への直接攻撃は……まれに船に寄って来る時に集中させろって事かしら」


 一定時間の触手攻撃に耐えると、本体が船に寄って来る。

 レンの予想は正解だ。


「もう一発! 【魔砲術】【フレアストライク】!」


 二発目の遠距離魔法で、さらにクラーケンのHPゲージを削る。

 するとクラーケンは、触手で海面を強くこすった。

 跳ね上がった大量の水が、一気にプレイヤーたちの体勢を崩す。


「だあああっ! なんてやっかいなクエストなんだ……っ!」


 他プレイヤーたちも、一撃必殺を持つ触手に苦戦をしいられている。


「あっぶな! これじゃ切りがないわね……っ!」


 さらに増えていく触手。

 数はゆうに十本を超えている。


「きゃあっ!!」


 その一つが、白夜の身体を捕らえた。

 そのままものすごい速度で、海へと引きずられていく。


「ツバメお願い! 【ファイアボルト】!」


 しかしレンの放った炎が、触手の動きを止める。

 そこに飛び込んで来たツバメの斬撃で、白夜を解放した。


「これじゃ本体が来る前に半壊ね。ていうか足は何十本あるのよ」


 全方位から迫る触手はいよいよ他プレイヤーを捉え出し、状況は確実に悪い方へと傾いていく。


「……メイ、お願いできる?」

「おまかせくださいっ!」


 厳しい戦況の中、メイは「待ってました」とばかりに走り出す。

 そしてそのまま、甲板から身を投げた。


「あ、あなた何をしていますのっ!?」


 クラーケンのいる海への飛び込みという奇行に、悲鳴を上げる白夜。

 他プレイヤーたちも、まさかの事態に唖然とする。


「【アメンボステップ】!」


 しかしメイは沈まない。

 海の上を早いステップで駆け、一気にクラーケンのもとへと迫って行く。


「どうなっていますの……?」


 唖然とする白夜。


「【ラビットジャンプ】!」


 メイは海上に大きな波紋を描き、高く跳躍。


「【アクロバット】からの――――【ソードバッシュ】だあっ!」


 クラーケンのHPゲージが大きく減少する。

 海上を波立たせるほどの一撃を見舞って、そのまま海に落下した。


「……い、いくら接近できても、あれではもうおしまいですわ!」

「これがそうでもないのよね。【魔力剣】!」


 迫る触手をさばきながら、メイの動向を自信ありげに見守るレン。

 海に落ちたメイは、【ドルフィンスイム】で水中を早く滑らかな動きで突き進む。

 あがる豪快な水しぶき。

 海中からイルカのように跳び上がり、クラーケンを斬りつけると再び海面へ。


「【アメンボステップ】!」


 通常攻撃ゆえに、硬直はほぼなし。

 着地の直前に発動したスキルで、メイは再び海面を走り出す。

 慌てて触手を差し向けてくるクラーケン。

 しかしメイは、その隙間を縫うように海上を駆けていく。

 狭まる両者の距離。


「これで全部っ!」


 最後の触手を難なくかわして、メイはそのままクラーケンの懐へ。


「いくよぉぉぉぉ! とどめの――――【ソードバッシュ】だーっ!!」


 振り払う【王蜥蜴の剣】と共に、衝撃波が海上を駆け抜けていく。

 一気に削れる、クラーケンのHPゲージ。


「……あれ?」


【アメンボステップ】の効果が切れ、海に浮いたまま首を傾げるメイ。

 打倒されたはずのクラーケンは粒子にならず、そのまま海中へと沈んで行った。


「どうなっていますの……?」


 あがる疑問の声。

 しかしそんな白夜たちの視線はクラーケンではなく、海を自在に駆け抜けたメイに向けられていた。





「ありがとう。君たちのおかげで無事にサザンガニ漁を終えることができたよ」

「これでしばらくはサンゴを荒らされることもないだろう」

「よかったです」

「君たちには世話になったからな。言ってくれればいつでも船を出そう」

「ありがとうございますっ!」


 無事に帰港し、これにてクエストは終了だ。


「まさか、闇の使徒に助けられてしまうとは……っ」


 白夜は悔しそうに唇を噛みしめていた。


「ですが、この借りはすぐに返させていただきますわ!」


 そうレンに言い放って踵を返すと、目前にはメイ。


「あなた……もしかしてイルカに育てられました?」

「いえいえ」


 白夜の問いに、メイはぶんぶんと首を振る。


「トカゲです」

「……は?」

「トカゲですっ」

「……えっ?」


 何度聞いても分からない。

 そんな困惑顔のまま、白夜は立ち去って行ったのだった。

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