第68話 意外なドレスコード

「わあ!」


 船を降りたメイの瞳が、キラキラと輝く。

 続く真っ白な砂浜に、広がるエメラルドブルーの海。

 連なる小島の一部には、浜を歩いて向かうこともできそうだ。

 降り立ったのは、その中でも比較的大きな面積を持つサン・ルルタン島。


「さっそく浜辺に行ってみようよ!」


 駆け出すメイ。


「はいストップ」


 するとそこに、二人の警備NPCがやって来た。


「ここをそんな無粋な格好でうろつかれちゃ困る」

「無粋な格好?」


 メイが首と尻尾を傾げる。


「貴族会議によって、ルルタン一帯では過度な冒険者装備が禁止されてるんだ」

「そういうわけなんでね――――着替えてもらうぞ」

「……着替え?」


 三人はわずかに困惑しながら、警備NPCの後に続く。

 たどり着いたのは、濃いオレンジ色の屋根の建物。

 どうやらそこは、入国管理所のような役割を果たしているようだ。


「武器とアクセサリー以外の装備禁止……?」


 管理員のお姉さんNPCに言われて、驚くレン。


「まあ、それはいいとしても……インナー変更なんてあるのね」


 防具を外すと、胸部までのタンクトップにショートパンツ姿になる。

 それが『星屑』におけるインナー装備だ。

 だがルルタン一帯ではこのインナー装備が『水着』となり、武器とアクセサリー以外の装備欄が強制的に空欄になる。

 要するに、インナー装備での行動が基本となるのだ。


「いくつかの水着から選択していただけます」

「わあ、なんだか楽しそうだねぇ」

「こちらへどうぞ」


 最初に試着室へ呼ばれたのは、ツバメだった。

 言われるまま試着室に入ると、すぐに着替えが完了してカーテンが開かれる。


「おおーっ! 可愛い! かっこいい!」


 ツバメは紺色のセパレート水着に、同色の前空きパーカーという姿。

 普段と違い、長い黒髪は結んである。

 そして手には、以前使っていた【シルクグローブ】を装着している。

 左右の太ももに巻いた、二本の短剣がカッコいい。

 とはいえそこは小柄なツバメ。

 装備のわりにどうしても可愛くまとまってしまう。


「いいじゃない。客船パーティに忍び込んでるアサシンって感じね」

「少し恥ずかしいです」


 パーカーがあるとはいえ、普段より心もとない格好。

 わずかに顔を赤くしながら、ツバメはフードをかぶってみる。


「続いてメイさんもこちらへどうぞ」

「はいっ!」

「ぴったりの水着がございます」

「はいっ! ……えっ?」


 試着室のカーテンが閉まる。


「ッ!!」


 そして再び開くと、レンが盛大に噴き出した。

 皮をなめして作られたビキニと、貝殻の首飾り。

 そして、ヤシの葉でできたパレオ。


「スカート部分がヤシの葉でできてるのはダメだよー!」

「う、海のパターンでも、や、野生児は作れるのね……っ」


 まさかの展開に、笑いを殺し切れないレン。


「これで銛を手に持ったら完全に『海の野生児』だよ!」


 ヤシの葉を腰に巻いたメイは、魚の尾をつかんで「食べる?」と聞いてくるタイプの日焼け系野生少女にしか見えない。


「他には、他にはないんですか!?」

「それなら、貝でできた――」

「絶対にダメですーっ!」


 もう嫌な予感しかしなくて、すぐさま拒否するメイ。


「ならば……どうすれば……っ」

「自然物を使うのをやめてくださいっ!」


 一体どうすればいいのか……みたいな顔をするNPCと必死に路線を修正するメイに、レンは笑いが止まらない。


「クラス【野生児】が効いてるわねぇ」

「わたしはちょっとジャングル住まいが長いだけの、普通の女の子なんですー!」


 メイはその後も幾度に渡って試着を繰り返す。そして。


「これがいいですっ!」


 白のビキニに、水色のラインが入ったヒザ上丈のパレオ。

 腰に提げたベルトには、【王蜥蜴の剣】

 猫耳と尻尾はいつも通りで、手に召喚の指輪。


「すごく……かわいいです……」


 ツバメが見惚れる。


「あら、いいじゃない」


 レンにも好評だ。


「えへへ、よかったぁ。一時はどうなるかと思ったよー」


 心の底から安堵するメイ。


「それじゃ、最後は私ね」


 笑いすぎて目に涙をためていたレンが、試着室に入る。

 そして出て来るや否や、白目をむいた。

 水着なのに、見事に黒ずくめだ。


「よ、よくこんな中二病感ある水着作れたわね」


 黒のビキニの上下には、銀の刺繍と金属飾り。

 同じく長い黒のパレオには、見事な黒のレース。

 ここに装飾強めの【銀閃の杖】と【銀の腕】が付くことで、文句なしの『南国の中二病少女』になっている。

 長い髪を一つにまとめている【真っ赤なリボン】が、血のように赤いのもポイント高めだ。


「ここまでピッタリだと、替えるのも……」


 そしてこのレンの態度を、お姉さんNPCは『受諾』と受け取った。


「それでは皆さん、ルルタンを楽しんでくださいね」

「えっ? ウソちょっと待って!」


 しかしお姉さんNPCはそのまま、管理所内へと立ち去ってしまった。

 レンはただただ唖然とする。


「おおー、レンちゃんかっこいいね」

「……これがカッコいいと思う感覚にはフタをしておくの。いいわね?」

「は、はいっ」


 真面目な顔で肩をつかまれて、尻尾ごと背筋を伸ばすメイ。


「……でも、防具のほとんどが外れてるわけだし、このエリアは実質的なデバフ状態になるのね」

「そのようです」


 防具で足しているステータス分は、単純にマイナスになるようだ。


「あれ、ちょっと待って。メイが前のイベントでもらった【野生回帰】って……」


 そんな中、不意に浮かぶ思い付き。


「ステータスどうなってる?」


 言われてメイは、自身のステータスを確認する。


「なんか、上がってる」

「普通は色々下がるところなのに、むしろ上がるのね……」


 防具を外すことで自身のステータスが強化されるそのスキル。

 耐久値は変化しないため、防具を外した分だけ防御力は下がってしまう。

 しかしメイの【耐久】はそもそも高く、マイナス分も上がった回避で補える。

 そんな意外な展開に、レンは感嘆の息をもらす。


「海まで追いかけて来た野生は……ここでも活躍する気なんだわ」


 早くもワクワクし始める、レンとツバメ。


「野生からは逃れられない……」


 一方のメイは、肩を震わせるのだった。

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