*6-5-3*
その風はあらゆる邪念を祓う“しなと風”。穢れ無き想いが、自らの理想実現に執着するマリアへ意思を伝えるかの如く吹きすさぶ。
猛烈な勢いで迫るダストデビルはマリアとイベリスの2人を引き離すように吹き荒れると、やがて完全にマリア1人を呑み込むようにして風の防壁を作り上げた。
同時に、風の送り主は腰を抜かしたように動けずにいるイベリスへ発破をかけるように言う。
「何をしているの、イベリス。早く彼の元へ行きなさい」
アルビジアの凛とした声がイベリスの心の奥深くへと響いた。
そうだ。立ち止まっている場合ではない。千年以上もの間、愛した人物が残してくれたものを守る為にも、ここで立ち竦んでいてはならないのだ。
イベリスは視線をアルビジアへと向け、1度だけ力強く頷くとすぐさま、黒い影の手によって遠くへと投げ飛ばされた玲那斗の元へと転移した。
対するマリアは風に包まれたままじっと佇む。
優先すべきはもうひとつの障害の排除であると、考えを改めなければならないだろう。
触れたものを瞬時に切断する、かまいたちを伴ったダストデビル。清廉なる風に周囲を取り囲まれたマリアは、視線を風の送り主が佇むであろう方へと向け直し、左手を向けて念じる。
聖なる暴風を払う為に必要な事象、措置、経過。ただひとつの結末を導き出すために必要なそれら全てをラプラスの悪魔の力を用いて導き出す。
次第にマリアの赤い瞳が輝きを増すと、次の瞬間には彼女の周囲を取り囲んでいた巨大なダストデビルは内側から破裂するように霧散して消え去った。
視線を向けた先に佇む、美しい翡翠色の瞳を輝かせる少女を見据えマリアは言う。
「話はアザミやアイリスから聞いている。私は君が、私の理想に同意をしてくれるものだと期待していたのだけれど、現実というものはどうにもうまくいかないように出来ているらしい」
「そのような未来が視えていたとでもいうのかしら?」
「いいや、まったくもって、何も。君がこの場で私に牽制をかけてくるだろうということだけは視えていた。けれど、そうならない未来も同時に存在したのさ。だから私は後者に賭けていた」
「確実に起こり得る未来だけを取捨選択し、都合の良い現実だけを導く貴女らしくない判断だと思うわ」
「私にそう思わせるほどに、私は君のことを買っていたということさ。私だけではない。同様の考えなら、そこで魂の抜け殻のように振舞う彼女の中にもあったはずだ。そういった話に聞き覚えはあるだろう?」
「そうね。でも、私は私の信じたものを最後まで信じたい。遠い昔、自らの意思を持たずに、世界で生きるということ自体を諦観していた私に、その尊さを教えてくれた彼女の為にも」
「そうか。では好きにすれば良い。何が正しく、何が間違っているかを裁定するのはこの場においても将来においても私ではないのだから。だが――」
マリアはそこで言葉を区切るとアルビジアから視線を逸らし、イベリスへと目を向けて言った。
「この場において、私は君との争いに時間をかけるわけにはいかない。故に君の相手は」
直後、アルビジアの周囲に黒い影が蠢いたかと思うと、それは無数の黒棘となって彼女へと襲い掛かった。
アルビジアはふいに存在を顕した黒棘に身を強張らせる。だが、間一髪。自身の周囲に事前に張り巡らせていた暴風壁が黒棘の悉くを弾き飛ばし、事なきを得たのである。
「私ではなく彼女に引き受けてもらうとしよう」
黒棘の全てが弾き飛ばされたことを確認したマリアは、すまし顔のまま言った。その背後には、現代に生き残った神の一柱であるアザミの姿がある。
黒のロングゴシックドレスを身に纏う、神の姿を目の当たりにしたアルビジアは息を呑み警戒の色を強めた。
これまで幾度となく、その異様で異質な存在感に戸惑いを感じていたことも事実だが、いざ敵対する者として相対するとまるで受ける印象が異なっている。
あれは間違いなく、人類が触れて良いものではなく、自分達のような世界に存在するはずの無い超常の存在すら触れて良いものでもない。
内に秘める力の差は歴然だ。先の黒棘の襲撃を暴風壁で防ぎ切ることが出来たのは、偏に神であるアザミに“殺す気が無かった”からに過ぎない。
彼女が手加減をしていなければ自分だけではなく、傍に佇むジョシュアの命も危うかった。一度で仕留めようとしなかったのは恩情か、或いは別の意図があるのかは知れないが、いずれにせよ試されていることは明らかだ。
今一度、インペリアリスの力を発現したとしてどれほど抵抗できるかどうか。それほどまでにアザミという存在は絶対であると言い切ることができる。
アザミを視界に捉えたアルビジアが息を殺したままじっと彼女の姿を見据えていると、当のアザミが首を傾げて見せて言う。
「そこの方。ブライアン大尉。先程からわたくし達に聞きたくとも聞くことが出来ない何かがあると見受けますが」
アルビジアは唇を噛む。自身の募らせる不安、危機感をまるで意に介していないといった風に神は言い、ベールに覆い隠された視線すら自分に向けようとはしていない。
取るに足らない存在だとでも言うような彼女の姿勢に、アルビジアは大きく心を挫かれそうになった。
しかし、ジョシュアはアルビジアの背後から肩に手を置き、何も気にするなとでも言うような視線を送ってからマリアとアザミに言う。
「クリスティー局長、貴女はフロリアンと行動を共にしていたはずだ」
その言葉を聞いたマリアは一瞬、氷のような冷たさを帯びた目元を緩めて言った。
「安心したまえ。彼は私達が保護している。怪我ひとつしてはいないし、今後も怪我ひとつすることすらないだろう。させるつもりもない」
「保護、ね。その言い方からして、このまま道連れにするつもりだな」
「人聞きの悪い言い方はやめたまえ。少なくとも、君達と行動を共にさせるよりは安全が保障されていると言えるのだから。彼を渡せば、彼を地獄へ道連れにするのは君達の方かもしれない」
「一方的な決めつけだな。理想の成就とやらに、あいつは何の関係もないはずだ。フロリアンを返してもらおう」
「断る。だが、同時に君達に約束もしよう。君達が私達の邪魔をしないと誓うのであれば、私は君達に何一つとして危害を加えるような真似はしない。なぜなら、彼が絶対にそれを望まないと知っているからだ」
「では、フロリアンが貴女の言う理想の実現を望むか望まないかについては?」
語気を強め、向ける視線を厳しいものとしてジョシュアは言った。
だが、マリアは言葉を返すことなくジョシュアから視線を逸らし、ゆっくりとイベリスの方へと歩み出す。
まるで、これ以上語ることなど何もないという風に。
「待て、話はまだ――」
ジョシュアが言った瞬間、再びアルビジアの周囲を黒棘が襲った。
アルビジアの暴風壁が黒棘の全てを粉々に打ち砕く。攻撃したというよりは注意を自分に引き付けるための牽制をしたという方が正確なのだろう。
ジョシュアとアルビジアがアザミを視界に捉えた時、彼女の背後にはこれまで存在しなかった大きく揺れ蠢く異形の影の姿がはっきりと見て取れた。
アザミは声色ひとつ変えず、いつもと同じ調子で2人に言う。
「必要なお話はさせて頂いたはずです。ひとつ、貴方がたの相手はわたくしが務めるということ。ふたつ、マリーの理想に異を唱えず、抵抗を示さないのであれば手出しはしないこと。最後に、これ以上お話する必要は無いということ」
そう言ったアザミは自身から伸びる異形の影を、アルビジアとジョシュアの周囲を覆い囲むように送り込んだ。
「逃げることも、立ち向かうことも許しません。その場で何もせずじっとなさってください。マリーが先程言ったことと同じく、私も貴女のことは買っているのです。それと、マークתの皆様方についても同じこと」
「嫌だと言ったら?」
ジョシュアを庇うような体勢を取りながらアルビジアが言う。
すると、アルビジアの頬を神速の黒棘が霞めていった。アルビジアの美しい髪が僅かに切り裂かれ宙を舞う。
アザミは無言のまま立ち尽くしているが、言葉で言われるよりもよほど分かりやすい答えを返したと言えよう。
ジョシュアはアルビジアへ囁くように言う。
「俺のことを気にする必要は無い」
しかし、アルビジアはすぐに否定の言葉を返した。
「いいえ、出来ません。この場に訪れる道中に話した約束を、もう忘れてしまったとは言わせません」
“何もかもが平穏に解決した後に、興味があるなら故郷へ連れて行ってやる”
ジョシュアは自身が言った言葉を思い出し、強張った笑みを浮かべて言った。
「違いない。忘れちゃならない、大事な約束だな」
アザミから伸びる影は漆黒の度合いを増し、アルビジアの周囲に渦巻く風は勢いを増した。
一触即発。地獄の底から湧き上がるような呻きを伴って揺れ蠢く影が辺り一帯を包み込む中で、同じように激しさを増していくアルビジアのダストデビル。
塵旋風内で衝突した空気中の水分が静電気を生み、静電誘導された電荷が雷にも似た小さな煌めきを生み出し火花を散らしゆく。
神と奇跡の存在が対峙し睨み合う極限の膠着。ぶつかることなど有り得なかったはずの奇跡と奇跡が大聖堂の一画を支配した。
一方、アルビジアから視線を外してイベリスへと歩みを進めるマリアは、玉座の間の中央で未だに虚空を見つめて放心状態となっているアンジェリカを見た。
「アンジェリーナ…… 嫌だよ…… アンジェリーナ…… 私を、私をひとりにしないで……」
アンジェリカは周囲で起きている異常な出来事に関心を示す風でもなく、ただ小さな声でひたすらにもう一人の自分の名を呼んでいた。
魂の抜け殻のように地面にへたり込んだ彼女に生気は無く、目は虚ろなままで動く気力すらもはや残されてはいないといった様子だ。
無理もない。なぜなら、今のアンジェリカにはこの場において誰と戦う余力すら残されていないのだから。
今の彼女は不死の力こそ持っているが、元々アンジェリーナから与えられていたに等しい絶対の法を扱うことは叶わない。
もうひとつのエニグマと呼ばれる力も、どこまで十全に扱うことができるのかは未知数といったところだろう。
気に留める必要もない。存在そのものが些事となった。
マリアはアンジェリカからも視線を外し、その脇を冷たく通り過ぎ、目的の人が佇む場所へと真っすぐに歩く。
気品あるヒールの音が大聖堂に反響する。
その足音はやがて、将来を誓い合った王と王妃の元へと歩み寄り、そして――
「君に逃げ場はない。私の手から逃げれば逃げるほど、君が大切だと思う人々が傷付くことになる」
イベリスへ近付き、開口一番にマリアは言った。
投げ飛ばされた衝撃で小さな呻きを漏らす玲那斗を抱き上げつつ、イベリスはマリアを見据えて言う。
「共和国は既に戦う力を喪失しつつある。今の貴女が一声号令を発するだけで、この世界は今までと同じ平穏の中に戻されるというのに、なぜ…… なぜそうも頑なに自らの理想実現にだけ拘るの?」
「同じ平穏? 今ここで世界が元のままに戻ったとして、それで世界の何が変わると? それとも、第三次世界大戦の終息を迎えた世界の行く先を、君が変えて見せるとでもいうのかい?」
「変えるのは私ではない。人々の意思よ」
「そうだ。“人々の意思を変える必要がある”。今あるものを捨てるということは酷く、存外に難しいものだ。人は一度知った安定をその身から離すことを極端に恐れるからね」
「だから、アンジェリカの行いを敢えて見過ごし、あの子を利用したというの?」
「私以外の誰かが、世界大戦規模の争いを起こしてくれれば否が応でも人は変わらざるを得なくなる。人だけではなく、個人の集合である国家という枠組みの中に存在する意思でさえも。変化にはいつだって痛みが伴うものだと、君は知っているはずだろう?
だから私は許容した。最後まで、というわけにはいかなかったが、その先にある未来がより良きものであると考えたからね。アンジェリカとアンジェリーナは、実に良い働きをしてくれたと思っている」
「その為に、どれほどの人が犠牲になったと――」
「世界人口約85億の内、必要最低限の痛みというものだ」
「マリア、貴女本気で言っているの?」
それが偽らざる彼女の本心からくる言葉であるということに疑念の余地はない。
いや、マリアはこれまでだって嘘を吐いたことは無かった。嘘を吐いてはいなかったが、真実の全てを語っていなかっただけに過ぎない。
親友である彼女が秘め事をしていることなど、2週間前のあの日から知っていたはずなのに。
困惑するイベリスを他所に、マリアははっきりとした口調で言う。
「グラン・エトルアリアス共和国が起こした第三次大戦の影響によって、この世界は他者と争う為の力というもののほとんどを喪失したに等しい。残されたものとは今、北大西洋上に集結している艦隊に加え、念のために太平洋上に配置された艦隊程度のものだ。
戦う力を無くし、疲弊した者達は皆、次に示された理想郷への道筋に迷いなく賛同を示すと思っている。プロヴィデンスの力を得た今の君になら分かるだろう? 人の心とは、流されやすいものだからね」
「でも、それは全てではない。貴女のやり方に反感を持ち、抵抗する人々は必ず現れる」
「そうしたものを全て淘汰した先にこそ、私達が願い焦がれ続けた理想というものはある」
「選民思想の最たるものね。過去の歴史が悪だと断じた愚かな考えだわ」
「人種、民族、出自によって選民を行うなどという単純なものではない。どこぞの愚かな政党、軍隊と一緒にしないでくれたまえ。人という個体がある以上、そこには明確に“人”として生きていける者と、人の道を外さなければ生きることができない者に分けられる。他に、誰の手を借りることなく生きていける人間と、常に誰かの手を煩わせなければ生きることが出来ぬ人間にも分けられるだろう。そうした他者の性質を2極化し、全てを見極めた上で選民を行うことこそ“君の役目”だ。大いなる神の目を以て」
イベリスとマリアが言葉をぶつけ合う中、バーゲストとアシスタシア、ロザリアは未だ激しい攻防を繰り広げ、アルビジアとアザミは互いの持つ力を限界まで引き上げて牽制し合っている。
背後で行われる熾烈な争いの音を聞くマリアは言う。
「もう、残された時間はない。お互いにね」
アザミによって時間進行の無い異次元空間へと隔絶された場所とは言え、元となる玉座の間はアンジェリカとの戦いによる影響で崩落しつつあり、失われた時間を現実の時間軸へと合わせた時に起きる衝撃によってどうなってしまうか分からない状況だ。
状況を継続すればするほど状況は悪化していくばかり。特に、玉座の間が崩落するなどという事態になれば、生身である玲那斗やルーカス、ジョシュアの身の安全は保障できない。
「大切な者を守る為にも、そろそろ覚悟を決めたまえ。元より君に拒否権などと言うものはない。2週間前、私がセントラルを訪ねた時に最初に言った言葉でもある」
あの時の言葉が、全てこの時に繋がっていたというのか。
未来を視通す目を持つ予言の花。どこまでも非情に徹する今のマリアに死角などありはしないのだろう。
イベリスは玲那斗を抱きかかえたまま壁際に身を退き、マリアとの距離を開こうとするが意味など成さなかった。
絢爛たる装飾の施された壁に背を押し当てたイベリスは、ついに行き場を失い追い詰められる。
最期の力を振り絞り、己の持てる力を行使して抵抗を示そうと瞳を虹色に輝かせたイベリスを見たマリアは言う。
「言葉で伝わらないのなら、仕方ない。王であった者の手前、使いたくはなかったのだけれどね」
彼女の言葉に訝し気な視線を送るイベリスの前で、マリアは右腕を持ち上げると、まるでアンジェリカがそうしていたのと同じように指を一度ぱちんと弾くのであった。
直後、異次元空間の中を言い知れぬ空気が支配した。
そして、リナリアに所縁を持つ者達の動きが一斉に止まったのだ。
「あ、あ…… これは…… レナト……」
イベリスが思わずそう零してしまうのも無理はない。イベリスの瞳に宿っていた虹色の光は消え去り、身体は重圧に押さえつけられたかのように動かなくなる。
アシスタシアも蒼炎を纏う大鎌を顕現させることが出来なくなり地に伏せ、ロザリアの蒼炎も燃え尽きるように消え去り、彼女自身もルーカスに抱き留められたまま身動きが取れなくなっていた。
アザミと対峙していたアルビジアの異能も打ち消されその場で崩れ落ちる。立ち上がることすら出来ないといった様子で、ジョシュアが肩を貸してようやくその場に踏みとどまっているという有様だ。
玉座の間を支配した言い知れぬ空気。真紅に染まる禍々しい気配が超常の存在達の動きを完璧に封じ込める。
投げ飛ばされ、地面に叩きつけられた衝撃で未だに苦痛に顔を歪める玲那斗が言う。
「俺は、これを彼の中に見た。これは、“絶対王政”の力…… どうして、君が」
玲那斗の疑問に、マリアはあっさりと答えを返す。
「何のことは無い。原理や仕組みが分かろうが分かるまいが、私は彼がその力を行使する瞬間をアビガイルの人形の目を通じて見ていた。私にとっては“そういうことが可能である”という事実が掴めてしまえば、あとは未来予測の中で“そういう結末を迎える”という定義を立てて念じるだけで事象の再現が出来る。
先ほど、アビガイルの人形も意味を同じくすることを口走ったはずだ。一度この世界で起きた事象は、超常現象だろうと何だろうと、現実世界に再現可能なものとして“真理”に組み込まれるからね。それを具現化させ、求める結果を導く力こそ私の持つ〈ラプラスの悪魔〉と呼ばれる力だ」
マリアの高尚な説明を聞いた玲那斗は、しかしそれだけが全てではないと考えた。
「違う。君はアンジェリカの持つ“絶対の法”を模倣し、その目で見た絶対王政がもたらす力を模倣しただけだ。彼の光は、こんなに禍々しいものではなかった」
「温かさだけが世界を救うとは限らない。よく覚えておくと良い。さて…… 時間だ」
リナリアに所縁を持つ者達が完全に動きを止めた中、マリアはゆっくりとイベリスへ歩み寄って再び手を伸ばす。
「君の願う理想の未来を、此処に。今後の世界に多くの幸があらんことを」
そう言ったマリアはイベリスの額に手を寄せ、視界の全てを覆うように顔を掴んだ。
暗く閉ざされたイベリスの瞳に、脳裏でけたたましいまでに明滅表示されていたコードが完全な文字の羅列となって浮かび上がった。
Standby for execution : Right to control,transfer code
Project execution [Noah's ark]
〈実行待機 : 制御権移譲コード〉
〈プログラム実行[ノアの箱舟]〉
その瞬間、イベリスの意識は途絶えた。
彼女の自己意識は封印され、脳裏には人間にとって意味を成さない文字の羅列が数多駆け抜ける。
遠く離れた場所に佇むルーカスは、自身のポケットに仕舞い込んだヘルメスが激しい警告音を発した後にプログラムを完全停止する様を見た。
操り人形のようにだらりと四肢を下ろし、ぴくりとも動かなくなったイベリスを見てマリアは言う。
「ようやく、審判者の手に書物はもたらされた。この世界の罪を裁く、真理が記録された書物が」
マリアが言い終えて10秒が経過した頃、大聖堂に耳を劈くような荘厳な鐘の音が響き渡った。
大聖堂全体を覆い尽くしていたアザミの次元隔離が解除され、再び現実時間に引き戻されたのだ。
それと同時に、玉座の間の天井付近の壁が突然激しい音を立てて崩落し始め、立ち昇る砂埃の奥から甲高い轟音を響かせる漆黒の航空機が姿を現すのであった。
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