*5-3-4*

 アンヘリック・イーリオン 南東回廊アペリオテス。大聖堂を思わせる絢爛たる白亜の回廊。等間隔に並べ建てられた大天使や女神の彫像の数々。ところどころに施された金色の装飾が眩く、見た景色の印象だけで語るのであれば“天界へと至る道”であるかのようだ。

 中央庭園から正面城門を抜け、玉座の間 -スローネ-を目指す一行は現在二手に分かれて各々の目的地を目指す最中である。


 アンディーンからプロヴィデンスへ送信されたデータによると、玉座の間へと至る道筋は複数存在するが、道中で“必ず通過しなければならない場所”がそれぞれの道筋に必ず1か所存在していた。


【ノースクワイア=ボレアース】

【イーストクワイア=エウロス】

【ウェストクワイア=ゼピュロス】

【サウスクワイア=ノトス】


 マップ上に示される広大な空間に示された名だ。

 各クワイア(聖堂)へと至る為には城門を潜り、2週間前に歩いた通路と同じように一直線に奥まで歩いた先に存在する隠し扉を通過しなければならない。

 さらに奥手側にある階段を上り切ると【セントラルクワイア=アイオロス】という広大な聖堂へと辿り着き、そこから四手に分かれる回廊を進むと、先の東西南北の名を冠する聖堂へと辿り着くという具合だ。


 要は初手の段階から1階に存在する隠し扉を見つけることが出来ない場合、未来永劫に玉座の間へと至ることは叶わない。

 高度なセキュリティに依存しているように見える城塞であるが、実のところはまったくもって原始的な発想の元に安全を担保する設計になっているようだ。

 察するに、このような回りくどい仕掛けが施されているのも偏に“アンジェリカの趣向”によるものだろう。

 単純な構造を施した建造物には魅力を感じず、己の気に入る仕掛けをなんとしても取り込みたかったという意志が垣間見える。


 アンジェリカの導きによって玉座の間へと通された2週間前は、テミスの一柱であるシルフィーの計らいによって特殊経路を用いた最短距離で目的地へと至ることが出来たが、今回ばかりはアンジェリカが本来意図した道筋を辿ることしか許されない。

 故に現在、城塞へと辿り着いた機構、ヴァチカン教皇庁、国際連盟の一行は隠し扉を通過し、セントラルクワイア=アイオロスから枝分かれする回廊の内、2つに的を絞って進行している状況だ。


【北東回廊=カイキアス】

【南東回廊=アペリオテス】

【北西回廊=スキーローン】

【南西回廊=リプス】


 こうした名前が付けられた回廊は、それぞれの方角が示す聖堂へと辿り着くことができるようになっており、例えば北東回廊=カイキアスへ進行すればおのずと【ノースクワイア=ボレアース】【イーストクワイア=エウロス】へ通ずる道が示される。

 一行は東西南北に至る各聖堂1か所ずつへ分散して行動をしており、南東回廊=アペリオテスを進んでいるマリアとロザリアを中心とした一行は、南と東を司る聖堂、ノトスとエウロスをそれぞれ目指すことになっている。


 絢爛たる回廊に気品あるヒールの音が響き渡る。

 ギリシャ神話に語られる神々の似姿をした彫像が一定間隔ごとに立ち並ぶ中には、この地で見慣れてしまった義憤の女神ネメシスの彫像も見受けられた。

 外の暗さなど微塵も感じさせない、天界から注がれるような神々しい灯りに照らされる白亜の回廊を見渡しながらマリアが言う。

「プロヴィデンスに示された各部屋の名称。その頂きにあるもの。【ローズ・オブ・ウィル -スローネ-】か。

 天使階位における第3位、座天使の総称であるスローネ。意思の支配者。玉座や戦争といった言葉から連想するに、アンジェリカが自らの居場所と定義する玉座の間の名前としてこれほどふさわしいものも他にない。

 加えて、風神アネモイの名を冠した神域聖堂。これら4つの空間は察するに、1つ1つの聖堂に対しテミスのメンバーたる彼らが守護の役目を担っているのだと考える。

 神域を越えた先にあって、ようやく玉座へと至ることが叶うという実に回りくどいことこの上ない趣味趣向。発想の面倒臭さからして、実にアンジェリカらしくよく出来たものだ」

 褒めているのか、けなしているのかまるではっきりしない物言い。だが、彼女の言葉回しを聞き慣れているフロリアンにとっては、彼女が意図的に〈どちらかといえば褒めている〉というニュアンスで言葉を発したのだと感じられた。

「神話体系を駆使した芸術の創出。状況が状況でなければマリー好みだろう?」

 軽口を聞くようにフロリアンは言った。

「これがアンジェリカの生み出したものという注釈付きでなければ、実に私好みだ」

「あら、その表現は貴女にしては軽率ですわね? 趣味趣向は確かにあの子のものでしょうが、実際にこれらを今わたくし達が目にしている形になるように取り計らった人物は他にいると推察いたします」

 マリアの言葉にロザリアが反応した。サンダルフォンに乗艦した時からこの場に至るまで、ほとんどまともに口を開こうとしなかった彼女が発した久方ぶりの言葉である。

「おやおや、これまでまともに口を開こうとしなかった君が、ここへ来て随分と饒舌に語るものだね? それはそれとして、然り。この景色を練り上げた人物はおそらくアンジェリカではなく、2週間前に私達を玉座の間へと案内した彼女の意志によるものだろう」

「饒舌だなどと。単に、感じたことをそのまま申し伝えただけのこと。それよりもマリー。この数日、貴女の方こそ場に似つかわしくない振る舞いが増えているように見受けられます。何か、饒舌に物を語りたくなる理由でも?」

「私が? いつもと何ら変わりないだろう? ただ強いて言うならば、ノアの箱舟計画の成り行き、経過を見る限りでは私達側に分があると思っていてね。

 予想通り、共和国の軍備の前に艦隊戦力の9割を喪失し、水上決戦においては敗北必死の状況にまで追い詰められていると言って良い。しかし、共和国における象徴というべき艦船を行動不能に追い込み、追随艦艇を1隻撃沈することに成功したんだ。

 そして、この場に私達がいる。今の状況というのはアンジェリカの喉元に刃物の切っ先を突き付けている状況にも等しいと考えられるだろう。

 この事実を考えてみると、多少なりとも饒舌に語りたくなる気持ちにも理解を示すことが出来るのではないかと思うがね?」

 くるりと後ろを振り返り、不敵な笑みを見せてマリアは言った。後ろを向いたままゆったりと歩く彼女を見やりながらロザリアは言う。

「柄にもない楽観論。足元を掬われる原因にならねば良いのですが」

 皮肉にも近い言葉を投げかけたが、マリアは意に介することなく言った。

「後ろ向きに歩いて何かにぶつかった時は、良い運命の巡り合わせだと思っている。過去の経験上でね。それより、君は少し肩の力を抜きたまえよ。ヴァチカンの総大司教ともあろう者が、心の余裕を無くしているようではうまく運ぶ物事もそうではなくなってしまうかもしれない。君は私のことよりも自らの心配をすべきだ。例えば“理由なき不安による固執”などについて」

「固執? わたしくが?」

 怪訝な顔をしながらロザリアは言うが、マリアは対照的に楽しそうな笑みを浮かべて言った。

「先の会話だよ。この建造物の意匠が誰のものによるかなど、現状況において取り留めて憂慮すべき話題でも事柄でもない。にも関わらず、君はある特定の1人が行ったものだろうと言い換え、私にすら言葉を言い換えさせた。それはつまり君の“その人物に対する固執、或いは執着”と言うことが出来るのではないかい?」

 彼女の言葉について、ロザリアは表情を険しくするばかりで何も言い返そうとはしない。

 ロザリアの隣を歩くルーカスは、こういった状況に際して珍しく反論のひとつもしない彼女の様子に違和感を覚えながらも2人のやり取りを聞いた。

 マリアは言う。「おや、図星といったところだね。君が固執しているのはテミスの1人、シルフィー・オレアド・マックバロンについてだ」

 そう言うとマリアは前に向き直り、品の良いヒールの音を響かせ歩きながら続けた。

「アンディーンの妹である彼女は、姉とは違って非常に好戦的且つ智略に長けた人物だと推察する。先の水上決戦に際しての無人艦運用の作戦全ても彼女の指揮によるものだろう。あの指揮の執り方を踏まえて言うならば、実に老獪であると言って良い。

 2週間前、アンジェリカに連れられて訪れたこの城塞で、彼女は私達の案内役を務めた。その時に感じた印象だけで語るのなら、明確に私達の脅威であると言えるだろう。なぜなら、おっとりしているように見えて、まるで付け入る隙がないからだ。

 君だって、彼女について脅威を感じたからこそ、2週間前にあのような口論を交わしてみせたのだろう?

 シルフィーというあの女が何を隠し持っているかは知らない。けれど、もしかすると私達リナリアに所縁を持つ者達に近しい異能のようなものを備えているのかもしれない。

 ただの人間であったとしても、その主君たる存在はあのアンジェリカだ。絶対の法 -レイ・アブソルータ-の戒律によって、ただの人間が何を出来るようになっていたとしても不思議ではないからね」

 マリアはそこまで言って一旦言葉を区切ると、顔だけで後ろを振り返りつつ、小さく息を吐いて言う。

「ロザリー。君が彼女の中に何を見たのかは知らない。一瞬心の内を見取っただけで、君が彼女を脅威であると捉える程の何かを見たであろうことだけは私にも理解が及ぶことではある。だが、そのことにあまり固執すると、自ら悪い結果を招き寄せることに繋がるよ。そう、君が言うように“足元を掬われる原因”として」

「気に留めておくことにいたしましょう」

 簡潔にではあるが、ロザリアはマリアの言葉を受け止めて言う。


 マリアの横に並び歩くフロリアンは、ロザリアが彼女の言葉を“素直に”聞き入れる様子に物珍しさを感じつつ、同時にこれまでとは違う不安のようなものを感じていた。

 歩いていった先に待ち受けるもの。神域聖堂に関しては、マリアの言う通りテミスの面々が配されているだろうことは想像に難くない。

 問題は、彼ら彼女らが自分達に対してどのような出方をしてくるのかといったところである。

 可能性のひとつに過ぎないが、マリアの言う通りテミスの1人1人がリナリアに所縁を持つ者達と同じような異能をアンジェリカから授けられていたとすれば―― やはりそれは明確な脅威になる。

 シルフィーというあの女性が2週間前、アンヘリック・イーリオンを訪れた自分達一向に対して初めて姿を見せた時のことを忘れてはならない。

 正面城門に佇んでいたはずの彼女は一瞬にしてその場から消え、直後に気配もなく、難なく自分達の背後を取ってみせたのだから。

 マリアは可能性と言ったが、実のところ口先に出した懸念というものは限りなく“正解に等しい”と考える方が妥当である。


 そのようにフロリアンが考えていると、後ろを歩くルーカスが独り言のように言った。

「大方の予想通りに事が進んでいるのなら、この先に待つのはテミスの奴らってことになる。奴らがあんた達と同じような異能を持っているとすれば、明らかな脅威だろうし、何より共和国の持つ特殊兵装でも身に着けようものならそれだけの話では済まなくなるかもしれない。言いたくはないが、奴らがあんた達と同等の力を持っている可能性も否定はできないってこった」

 そう言ったルーカスはマリアの後ろ姿を視線で捉えて言う。

「ひとつ、国連の姫様に聞いてみたかったことがある」

「何なりと」

「今、この場を歩くメンバーの中にどうして俺が含まれているんだ?」

 真剣な声で言うルーカスの問いを聞いたマリアであったが、しかし返事をすることはなかった。

 何も言葉を返さない彼女を見やりながらルーカスは続ける。

「どう考えたって明らかに足手まといだ。俺には姫様や総大司教様のような特別な力はない。もちろん、アザミさんやアシスタシアのような特別な存在でもない。フロリアンのように、精神に干渉する異能を無効化できるような特別な体質というわけでもない。知っての通り、科学分野にしか能がないナードだ。

 この中でただ一人の凡人。大した戦力にもなれず、見るからに皆の足を引っ張ることくらいしか出来なさそうであるのに、今なぜか俺はここにいる。しかも、あんた直々の指名を受けてな。そこにどういった意味や意図があるのか。ずっと、直接あんたの口から聞いてみたかった」

 すると、マリアはクスクスと笑いながら言った。

「君がナード? それだけペラペラと喋る、人懐こさのある君を指して“人付き合いが苦手”など誰も思わないだろうに。どちらかといえば、私には好奇心旺盛なギークに見えるよ。もちろん良い意味で、だ。まぁ、細かいことは良い。重要なことは別にある」

「重要なこと?」

「何ができるかが重要なのではない。ただ、ここにいるということが重要なだけさ」

「言っている意味が理解できない」

「そうだろうとも。だが、答えが分かる時はいずれ来る。君はただその時を待つだけで良い。 “その時は、必ず来る”のだから。それに、私は答えを既に告げたはずだ。プロヴィデンスとイベリスに自らの意思を伝えることが叶うのは、こちら側では君やフロリアンしかいないとね」

 意味深な言葉を含む物言いをして、マリアはそこで言葉を切った。

 煮え切らない彼女の回答にルーカスは歯がゆさにも似た苛立ちを覚えるが、今この場で問い詰めるという行為に意味など無い。

 答えが引き出せないのであれば、マリアが言うように“その時を待つ”しかないのだろう。


 一方、先のマリアの発言を聞いたロザリアは自身の内に言い知れぬ不安が湧き上がるのを感じた。

 マリアは未来を視ている。知っている。その上で“彼が必要である”と言った。

 であれば問題となるのはただひとつ。先程ルーカス本人が疑問を呈した通り【何の為に?】という点だ。

 この先に現れる分岐点の向こう側。神域聖堂へ立ち入る際にルーカスと行動を共にするのは自分とアシスタシアである。

 突き詰めると先のマリアの言葉は、自分自身とアシスタシアが“神域聖堂で待ち構えるであろうテミスと対峙する為に必要な存在”であると受け取ることもできるのだ。

 そうした仮説が示す意味。つまり――

『わたくしの感覚が正しければ、この先において彼は――』

 先に待ち受けるであろうテミスとの争い。何の力も持ち得ぬ彼が辿る未来として、もっとも合理的且つ想像しやすい結末はひとつ。

 とても言葉にしたくも無ければ考えたくもないことではあるが、おそらく間違ってはいない。

 ロザリアは自身が思う予感が誤りであることを祈りつつ、目の前を歩くマリアの後ろ姿を見据えた。

 彼女に対しては自身の持つ過去視の力は通用しない。今、何を思い何を考えているのか読み取ることも出来ない。故にこその懸念。

 果たして、近未来における結末とはいかなるものであるのか。ただひたすらに予感というものが外れたら良いと願うしかない。



 そうこうしている内に、ふいに先頭を歩くアザミが足を止めて言った。

「ここが話に聞く分岐点。南か、東か。さて、どちらに進みましょう」

 問いに対しマリアが言う。

「では、私達が南へ進むとしよう。私とアザミ、そしてフロリアンの3名の内訳だ。東を頼めるかい? ロザリー」

 無邪気に後ろを振り返り、余裕の笑みを湛えて言った彼女の言葉に一抹の不安を抱きつつもロザリアは頷いて返事をする。

「分かりました。では、わたくしとアシスタシア、そして准尉さんで東へ参るとしましょう」

「決まりだね。それでは、玉座の間でまた会おう」

 言うが早し。マリアは再びくるりと正面へ向き直ると足早にサウスクワイアへと至る通路へ向いて歩き始めた。

 ロザリアに対しアザミが軽く会釈をし、マリアの後ろへと続く。その後、ルーカスと視線を交わして頷き合ったフロリアンが続いた。


 白亜の大回廊の奥へと進みゆく3人の背を眺めながらロザリアが言う。

「わたくし達も参りましょう。時は待ってはくれません。この先に何があろうと、示された道を進む以外に取るべき行動も無いのですから」

「これはまた。あんたにしては随分と珍しく肩に力が入ってるんだな」

 緊迫の面持ちで発した言葉に対して、実にあっけらかんとした様子で返すルーカスを目の当たりにしたロザリアは僅かな苛立ちを覚えたが、彼の表情を視界に捉えた途端に考えを改めた。

 それは、これまで自分に対して見せていたような辛辣で皮肉めいたものではなく、実に穏やかなものであったからだ。

『まったく…… 人の気も知らないで。誰の為に心配を重ねていると思って……』

 心の内に不満がわだかまるが、口にすることなく彼から視線を逸らす。

 ロザリアは大きく息を吸い込むと後ろを振り返り、自身が最も信頼を寄せる人物に声を掛けた。

「アシスタシア、先陣を頼みます。わたくしは殿を務めますので」

「承知いたしました。して、近付く脅威は全て排除ということで?」

「構いません。わたくしの見立てでは、道中で僅かなりにでもアムブロシアーの群れと遭遇するのではないかといったところです。わたくし達に近付く者は全て排除してくださいまし。一握りの配慮の欠片も無く、徹底的に」

 2人の会話を隣で聞くルーカスが言う。

「随分と物騒な。だが、アムブロシアーが出てきそうだって意見には同意するぜ。最終決戦が近いっていう状況にしては静かすぎる。こういうのは罠に嵌める為の前触れって相場が決まってるからな。嵐の前の静けさっていう奴かね?」

「意見の一致など、珍しいことがあるものですわ」

「慣れだよ、慣れ」

「っ、待ってくださいまし。それは一体どういう……」

 ロザリアが視線を向けて言った時には既にルーカスは東回廊へと向けて歩みを進めていた。

「お待ちなさい。話を聞いていましたか? 危険ですから、アシスタシアより前へ出ないように」

「時は待ってはくれない。一刻の猶予もない、的なことを言っていたのはどこのどいつだ? ほら、油売ってないでさっさと行くぞ。無能に先を越されるなって」

 振り返ることも無く淡々と歩みを進めるルーカスの後に続いてロザリアとアシスタシアも歩き出す。

 アシスタシアはペースを早め、しっかりとルーカスの前に立って先陣へと立ち、遅れてロザリアが彼の後ろで殿を務める。

 ルーカスの後ろに立ったロザリアは不満そうな顔を隠そうともせずに彼を視界に捉えた、がしかし。

 直後に流れ込んできた“彼の心情”というものを読み取り、不満で満ちていた心は洗われていった。

『阿呆め。肩の力を抜けってんだ。国連の姫様が言う通り、気を張り過ぎて本当に敵さんに足元を掬われたらどうする。俺はあんたのそんなところ、見たくないっての』

 心配を重ねていたのは自分だけではなかった。

 こともあろうに、自分自身が彼に余計な心配を掛けてしまっているなど情けない。これでは文句や不満のひとつを言うこともできないだろう。


 ロザリアは一度視線を落として考えを改めると、再び前を向いた。

『目の前に現れる脅威は恐らく―― アンヘリック・イーリオンに満たされる気配。感じるのは赤い霧に包まれた時と似た感覚。アンジェリカ曰く、あの霧は当人たちが最も忌避したいと願うものを招き寄せる効果があるという話でしたわね。であるならば…… わたくしの勘が正しければ、この先に待つのはわたくしがテミスの4人の内で“最も出会いたくないと思っている人物”。彼女に違いない』


 募る不安。

 呼び起こされる先のマリアの言葉。


『マリーは、そのことを承知の上でわたくし達に東への道を歩ませた。彼がこの場に必要であるという意味はきっと“そこにある”。

 わたくしとアシスタシアだけで挑めば敗北するかもしれないという未来を見取った? そのような話が…… 信じたくはありませんが、否定もできませんわね』


 ロザリアはそこで考えを断ち切り、静かに深呼吸をするとしっかりと前を見据えた。

 進んだ先にあるというイーストクワイア=エウロス。


 神域聖堂と呼ばれるその場所で何が起きるのか。

 答えは“神のみぞ知る”



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