*4-1-5*

 イベリスは一呼吸を置き、厳しい眼差しでマリアを見据えて言う。

「逆算的に考えて、プロヴィデンスによる未来予測、演算結果をヘルメスを持たぬ各国軍隊へ伝達する為には誰か直接言葉で意思伝達が可能な第三者を媒介にする方が効率が良い。そして、現時点においてそれを可能とするのが私だけであると。

 貴女の言いたいことは分かったわ。私がプロヴィデンスの示す意志を艦隊に伝達し、指揮を執れば良いと言うのね?

 そうすれば、この世界に救いがもたらされる可能性があると貴女の目には映っている。

 マリー。貴女が私を信じてそのように言うのであれば、私も“貴女を信じて”その話を受け入れることにしましょう。私にしか成し得ないというのなら、私は私の為すべきことを為すだけのこと」

「待ってくれ! プロヴィデンスと直接繋がりを築き、システムからもたらされる莫大な情報を直接思考内で共有するということは、それは突き詰めれば個人が持つ自らの意識を放棄して機械の言いなりになることに等しい。そんなことに……」

 玲那斗はいつになく感情を表に出し、イベリスへ考えを改めるように言う。


 個人と世界。

 その2つが天秤にかけられるという重大な協議の場において、個人の感情でものをいうなど普通であれば言語道断であるわけだが、この場で玲那斗を咎めようとする者は誰もいなかった。

 彼の言う言葉の意味は元より、彼自身の気持ちを汲み取れば“当然の物言い”であるからだ。

 しかし、イベリスは自らの意思で玲那斗を制止して言う。

「心配してくれているのね? でもその気持ちだけで十分よ、玲那斗。私は2週間前から今日に至るまで、何一つとして周囲の誰かの役に立つことが出来なかった。

 自分の気持ちの在り方が正しいのか、間違っているのかを考えることに夢中で、結局それ以外のことが見えていなかったのかもしれない。

 いつだって誰かのことよりも自分のことが大事で、これまでを振り返ってみれば、私がここに訪れたあの日からずっとそうだったのよ。

 本当は見えていたのに見ようとしていなかった。きっと、そうでしょう? アイリス。

 2週間前、サンダルフォンがアンティゴネに追われた時に貴女が言った言葉の意味が今なら分かるわ」

 アイリスは視線だけをイベリスに向け、肯定も否定も表すことなくただじっと彼女を見据えた。

「それにね、玲那斗。きっとこれが定められた成り行きというものだったのよ。人にはそれぞれ果たすべき務めがある。生まれた意味とか、生きる目的とは違う。

 私に割り当てられた役割というものがたまたまそうであったというだけの話。昔も、今もそう。これが私にしか出来ないことだというのなら、私は受け入れなければならない。

 己の為すべきことを為す。いつも、ここの皆が言っていることだわ」

“皆”という言葉を言った時、イベリスは玲那斗へ顔を向けて微笑んだ。彼女の話を聞いた玲那斗は首を横に振りながら黙り込み、力なく椅子に座った。

 イベリスの話に静かに耳を傾けていたマリアが静かな口調で言う。

「そうだ、それで良い。これで名実ともに、君は人類史における“民を導く希望の光”となる。世界を破滅から救うたった一筋の希望。未来を照らす“光の王妃”。遠い遠い昔に示せなかった光。千年を越えた今、ようやくそれを示す時が来た」

 だが、彼女に対してイベリスは厳しい視線を浴びせるようにして言った。

「マリー、私は貴女の希望に沿ってこの計画を受け入れるわ。ただし、今ここで貴女も約束しなさい。貴女自身も自らの理想の為ではなく、この世界の為に最善を尽くすと」


 マリアはイベリスが自らに浴びせかける視線と同じ視線を向けた。

 彼女は暗に、自分の理想実現が危険なものであると警告をしている。

 要望には従うが理想は諦めろ―― “今この時点において”断ることの出来ない究極の要求を受け入れるよう迫っているわけだ。

 であるなら答えはひとつ。

「分かった。約束しよう」


 今、この時点においては。


 マリアは短く言葉を告げると、アザミへ話を続けるよう身振りで指示を出した。

 アザミは何事もなかったかのように淡々とした口調で言う。

「先の話を前提とし、世界連合艦隊の旗艦はサンダルフォンに担って頂きます。もちろん、イベリス様に乗艦して頂く艦船もサンダルフォンです。乗船する人員は2週間前と同じ割り当てで良いでしょう。ただし、機構側に用意して頂く艦隊編成には変更を加えさせてください」

「用意できるものであれば用意しよう」レオナルドが言う。

「いいや、出来なくても用意してもらおう。予備の艦船をセントラルに残しておく余力などない。出せるものはすべて出してもらうよ? レオ」

 要求は絶対であると、顔を向けることすら無く言い放つマリアをレオナルドは見据えて息を漏らした。

 受け入れるが納得はしないという様子を見せるレオナルドに追い討ちをかけるようにマリアは言う。

「その為に、わざわざ攻撃用兵装の改修を打診したんだからね。改修も遅滞なく進んでいるんだろう?」

「クリスティー局長、その件につきましてはこの場で報告すべきことが2点ございます」フランクリンが言う。

「聞こう」

「はい。まずラファエル級フリゲートは元々、牽制射撃用の機関砲しか備えていませんでした。現在は電磁加速砲による武装が完了しておりますが、如何せん付け焼き刃の代物に過ぎません。そう幾度となく連射も出来ませんので、武装としての過度な期待はされませんよう」

「もうひとつは?」

「サンダルフォンのミラーシステムについてです。前回の遠征において破損したミラーシステムは予備パーツからの補給で賄っておりますが、その全てを完全に補完できたわけではありません。そもそも、調査艦艇として建造されたサンダルフォンのミラーシステムの大多数が損壊する状況など、端から想定されておりませんでしたから。

 現状は仮にシステムを起動したとしても、本来持つ性能の8割程度の調査能力しか発揮でないことをご承知おき頂きたい」

「十分だ。それに、あれには本来とは違うベクトルでの使い道というものもある」

「と言いますと?」

「いずれわかることさ」

 含みのある言い方をするマリアにフランクリンはそれ以上の問いを発することは無く、彼の報告は終わった。

 報告が終わると同時にアザミが言う。

「機構にはラファエル級フリゲート8隻とサンダルフォンによる艦隊を編成して頂きます。サンダルフォンの艦長はゼファート司監、引き続き貴方に担って頂ければ」

「元よりそのつもりです」

「結構です。続いて艦隊における配置について」

 アザミはそう言うと立体視モニターに艦隊配置についての情報を表示して続けた。

「サンダルフォンとラファエル級フリゲートの艦隊は、全艦隊戦列正面中央に陣取って頂きます。共和国側の艦船群と艦隊戦になったとして、すぐに共和国側へ突入できる位置に付いていた方が良いでしょうし、なによりサンダルフォンには現代科学によってもたらされた兵器以上の力があります。他艦艇の支援をするにも、後方に控えさせるより先陣を切って頂いた方が都合が良いのです」

 映し出された映像にはサンダルフォンを正面中央に据え、その後方にV字で続くようラファエル級フリゲートが配置された頭が示されている。

 さらに左右や後方には各国の海軍艦隊の艦船名称がところせましと表示されているといった具合だ。

「アメリカ海軍、第七艦隊を始めとする各国の海軍艦隊が左右に配置されるわけか。空母打撃群に潜水艦艇も加え戦力としては凄まじいものがあるが、しかし100隻にもなる艦隊をサンダルフォンの指揮能力で統率できるものなのか。隊列を維持するだけでも相当な調整が必要になると思われる。

 プロヴィデンスのサポートを受けているとはいえ、イグレシアス隊員にのしかかる負担も相当なものとなるはずだ」

「問題ないだろう。各艦艇には機構の隊員に数名ずつ乗船してもらい、手持ちのヘルメスによってプロヴィデンスによる航行に対する補正情報が常に送られるように取り計らう。

 大規模な指揮については非合理であり、現実的ではないと言ったが、航行に関する細かな修正程度であれば問題ないと考える。

 海流や風向き、その他波の高さなど環境要因による航行状況のモニタリングや隊列維持をある程度まで気にしなくて済むのなら、イベリスの負担も軽くなると見込めるだろう?」

 レオナルドの懸念にマリアは答えた。

「サンダルフォンが全てを抱える必要はない。むしろ、諸君らが乗り込むサンダルフォンが自由に動けるようにする為に策を弄するつもりなんだ。

 私が視る未来と、プロヴィデンスの未来予測を照らし合わせ、どのように行動するのが最適解であるのか答えを導いてもらう役割をイベリスには担ってもらう。

 故に、出番が来るのは出航してからかなり経ってからになる。共和国周辺に接近する道中は穏やかに過ごしてもらって構わないくらいだよ」


 そう言うとマリアは立ち上がってアザミのすぐ傍に歩み寄る為に再び立体視モニターへと向かって歩いた。

 ゆったりとした歩調で、気品あるヒールの音を鳴らしながらロザリア達の後ろを通り抜けていく。

 やがてアザミのすぐ隣に辿り着くと、後ろを振り返り全員を見渡しながら言った。

「世界連合艦隊およそ100隻による共和国への侵攻と攻略。世界の調和を取り戻すための最終決戦。過去に類をみない大規模な艦隊侵攻計画になるが、計画において最も重要な点はただひとつ。

 私達が目指すのは何よりもアンジェリカの打倒だ。彼女を無力化しないことには共和国攻略は有り得ないからね。言い換えれば、彼女を止めることができなければ我々の敗北となるだろう。

 そして彼女に力で直接対抗する為には我々、亡国に所縁を持つ者達の力を集めるほかにない。故にサンダルフォンをどのように動かして彼女と決着をつけるのかが重要で、他の艦隊はあくまでサンダルフォンがアンジェリカと直接対峙できる環境を整えることに尽力してもらうことになる。

 アンジェリカが決戦に表立って出てくるのならそれを潰す。だが、場合によっては海上決戦だけではなくアンヘリック・イーリオン内部にてアンジェリカと再び対峙することが必要となるかもしれない。

 そうなれば今度は話し合いではなく、正真正銘の殺し合いとなるだろう。

 人類の行く末を賭けた、ね。おおまかにだが、これが私達がこれから行う作戦計画、ノアの箱舟。【アーク】だ」

 毅然と言い、マリアは一呼吸置いて続ける。

「さて、しかしながらアークの中身については細かく詰めなければならないところも未だ多い。例えば、先に言ったように最終的にアンヘリック・イーリオン内部まで我々が赴かなければならない状況が訪れる可能性について、その場合にどうするか、などだ。

 それについて、ここまでの内容も兼ねて共和国の出方を想定し、それに対する対応の仕方を細かく決定していくわけだが…… その前に、太平洋地域に関する情報も把握しておこうと考える。

 共和国本国へ対する侵攻だけでなく、非常に厄介な2つの問題への対処も考えておくべきだ。ただ、この件についての説明は我々国連からではなく君達機構の側の人間にしてもらう方が良い。そうだね? レオ」

 レオナルドは言葉なく、二度ほどゆっくりと頷いた。

 マリアは彼の意思を確認すると左手を掲げて指を弾く。

 すると、立体視モニターのすぐ傍で待機状態となっていた2つのホログラフィックモニターに1人ずつ、それぞれ2人の男性の姿が映し出された。

 一方のモニターに映る男性が言う。

『太平洋地域の現状。その情報については、私達から説明をしたいと考えます』

 その後、もう一方のモニターに映し出された男性が続いた。

『同じく。この2週間の間に、徹底して調べ上げた情報を皆さんに伝えましょう』

 短く整えられたライトブラウンの髪は変わらず、健康な肉体を象徴する良い色に日焼けした肌も相変わらずといったところだ。

 最初に言葉を発した彼を見て、マークתの誰もがそう思った。

 ジョシュアが言う。「モーガン中尉、久しぶりだ」

『大尉もお元気そうで何よりです』

 元気そうな彼の姿を見たジョシュアは頷きながら、もう一方のモニターに目を向けて言った。

「それにハワード…… いや、ウェイクフィールド少佐も」

『お互いにな』

 マークתの一同は、モニターに表示された2人の顔と聞き馴染みのある声にすぐさま反応を示し、これまでの話で高まった緊張が少しほぐれるのを感じた。

 2人と通信がうまく繋がったことを見て、マリアは言う。

「私の口から説明するより、貴官らの説明の方がよほど的確だろうという話を総監殿から聞いていてね。宜しく頼むよ」

『承知しました。その前に、まずは初対面である貴女方国際連盟、及びセルフェイス財団の方々にご挨拶をしなければなりませんね。

 私は太平洋方面司令 ミクロネシア連邦支部の司令官を務めます、リアム・セス・モーガン中尉であります。以後、お見知りおきを』

 ハワードが続く。『太平洋方面司令 マークב(ベート)所属、ハワード・ウェイクフィールド少佐だ。特務調査艦隊旗艦メタトロンの艦長の任を預かっている』

 2人の自己紹介に対し、マリアはホログラフィックモニターへと顔を向けて言う。

「モーガン中尉か。聖母の奇跡に関する資料を読ませてもらった。話で聞く以上に良い指揮官であると窺える。

 それと、ウェイクフィールド少佐。君が私の存在についてどう思うかは置いておくとして、機構でもその手腕を存分に発揮しているようで何よりだ」

 ハワードはマリアへ視線を向けたまま、やや険しい表情を浮かべている。それを見てマリアは言う。

「少佐、言いたいことはわかっている。しかし、今は耐え時だ。過去ではなく未来を語るべき場だと弁えて頂きたい」

『心得ているつもりです。可憐なる“予言の花”』

“予言の花”というハワードの言葉を聞いたマリアは彼の目をじっと見据え捉えた。だが、すぐに視線を逸らして言う。

「そうだね。貴官らもこの会議に参加する以上は、総監殿から事前にある程度聞き及んではいるのだろうが名乗りくらいは上げておこう。私はマリア・オルティス・クリスティー。国際連盟 機密保安局-セクション6の局長を務めている。隣の彼女は筆頭書記官のアザミで…… 残る彼女の説明について、君達には必要無いね?」

 マリアはアイリスを指しながら言った。

『えぇ、もちろん』

 リアムが言うと、アイリスはじっとモニターを見つめながら言う。

「中尉、お久しぶりです。それよりもまた一層日焼けされたのでは? 最後にお話した時より随分と」

『久しぶりだね、アヤメちゃん。いえ、アイリスさん。日焼けか。そう見えるかい? でもそうかもしれない。最近は屋外調査に出ることが多くてね』アイリスに笑みを見せながらリアムは答える。

「それと、少佐。貴方は…… 相変わらず気苦労が多そうね。少しお休みなされた方が良いかと。目の前に広がる景色を見て、開放的な気分に浸るのも大事であると存じます」

『そうだな。確かに、たまには海以外の景色を見た方が良いかもしれない』

 人の魂の色を見る。

 アイリスの持つ特別な力を知るハワードは、自身の抱える疲れが見抜かれていることを察し、軽く息をつきながら穏やかな口調で彼女へ答えた。

 返事を聞いたアイリスは笑みを見せながら言う。

「目に見えるものを大事にしなければなりません」

『心に留め置こう。ありがとう』

 1年前とは違う、優しい笑みを浮かべるアイリスにハワードは意外さを感じながらも礼を伝えた。


 アイリスとの久方振りの会話を終えた2人は、次の瞬間に表情を切り替え、はっきりした口調で報告を始める。

『太平洋地域の屋外調査に関する報告が多数あります。主にマリアナ海溝に出現した例のミサイル基地と潜水艦についてです。

 ミサイル発射施設〈アストライアー〉。その施設の護衛任務をしているのであろう原子力潜水空母〈アンフィトリーテ〉。これらについてはマルクトからの情報提供を受けて以後、継続して観測を続けていますが、2週間前から“まったく動きがありません”』リアムが言い、ハワードが続く。

『特に不気味なのがアンフィトリーテだろう。この艦については潜水艦であるにも関わらず、浮上して姿を晒したまま動く気配すらない。だが、メタトロンのあらゆる観測システムを用いてこの潜水艦の稼働状況を調査してみても有益な情報は掴めなかった。

 ただそこに浮かんでいるだけで、中に人間が乗って活動しているという様子など微塵もない。

 どういった意図を持ち、どういった意思で行動を起こすのか不明であり、正直、施設の護衛以外にあの潜水空母がどういった意味を持って存在しているのかは掴みかねているという状況だ』

「動く気配がない? しかし、アンフィトリーテはオーストラリアから差し向けられた小規模な艦隊と交戦したという記録を見たが」

 真剣な目でマリアが言う。だが、2人はやや困惑した風に言った。

『あれを交戦と言って良いのか。何せ、ほぼ一瞬の出来事です』

『それについては映像を見て頂いた方が早い。その時に記録したメタトロンの観測データを送ろう』

 2人が言うと、正面の立体視モニターに太平洋で記録された映像が映し出された。


 映像は上空から俯瞰するような情景から始まった。

 太陽の光を反射して輝く海面に、オーストラリア海軍所属艦艇3隻で構成された艦隊とミサイル施設、及びアンフィトリーテが識別枠付きで表示されている。

 高高度からの撮影データという特性上、艦そのものは点のようにしか見えない。

 広域が表示された映像から読み取るに、双方の距離はかなり開いている。右下に表示されている距離表示を見る限りでは、互いがおよそ200キロ程度離れた位置にあるという状況だ。

 ハワードが言う。

『この映像記録はメタトロンの持つ調査システムとリンク接続された衛星軌道上の監視衛星によるものだ。攻撃の意図をもったオーストラリア海軍の艦艇がアンフィトリーテとアストライアーに対し距離を縮めていく中、“それ”は起きた。30秒後に注目してほしい』

 この時、ミサイル発射施設は何も動きを見せる様子はなく、それは海面に巨体の影を浮かび上がらせるアンフィトリーテも同様であった。

 しかし――

 丁度30秒が経過した頃、オーストラリア海軍の艦隊側に変化が生じた。というよりは、異変が起きた。

 異常事態を確認するように、衛星の映像も3隻の艦隊を大写しにするよう近付いて行く。

 すると、上空からの俯瞰映像でも明らかに見て取れるほどの巨大な水柱が立ち上がり、その海水が再び海面へ激突して戻る頃には3隻の艦艇群からは次々と火の手が上がっていくという様子が映し出されたのだ。

 やがて大小の爆発を繰り返した艦は、船体に侵入する海水の排出が間に合わずに浮力を失い、ゆっくりと海中へと引きずり込まれるようにして消えていった。

「魚雷攻撃? あの距離からか」ジョシュアが言った。

『映像から読み取れる情報を詳細に解析した結果、一連の攻撃はアンフィトリーテから射撃された魚雷による攻撃であるという調査結果は得られている。使用された魚雷の種別は不明。推定される速度から考えればスーパーキャビテーション魚雷の類だろうが、現状はおそらくは共和国しか持ち得ない種類のものだろう』

 ハワードの言葉の後で、声のトーンを下げてリアムが言う。

『とはいえ、映像では克明に映し出されている出来事にせよ通常は“有り得ない”。皆さんも知っての通り、現代における長魚雷の速度と射程距離から考えると、数百キロ離れた場所から射撃されたものがこうもうまく対象に当たるはずがないのです。

 そもそも、この位置で魚雷を直撃させる為には数時間前という、遥か前の時刻には射出を完了させておかなければなりません。しかも、相手の艦船がどういった航路を取るのかを全て把握した状況で。撃たれた側としても、魚雷が通る道筋を知った上で、自ら当たりにでもいかない限りこの状況での直撃など絶対に有り得ないと断じます』

「だが、実際にそれは起きた。確かに“交戦”と呼べるかどうかは怪しいな。近付こうとした結果、近付くことすら出来ずに一方的に沈められただけ、か」

『予め、オーストラリア海軍の艦艇がその場所を通過することを知っていたかのように』

 ハワードはマリアを見据えて言った。対するマリアもハワードに視線を向けて言う。

「アンフィトリーテには全天候型索敵システム〈アルゴス〉と呼ばれる索敵レーダーが備わっているという。

 プロヴィデンスに新たに登録された機密データの情報によれば、これは機構が〈シオン計画〉によって新たに作り上げた艦船、サンダルフォン、メタトロン、ミカエルに搭載されている調査レーダー、及びシステムの始祖というべき存在だ。そう考えれば捉え方も変わってくるのではないだろうか。

 少佐、君の感覚で構わない。例えばメタトロンが長魚雷を射撃するとして、目標到達位置を完全に予想した上で直撃させるという、同様の射撃を行うことは可能かな?」

 マリアに問われたハワードは考える間も無く答えた。

『有り得ない、という評価から“非常に難しい”という評価へ変えましょう。プロヴィデンスによる高精度予測を用いたとしても、現実的には実現困難な射撃であることに違いはない。共和国の他艦船がどうであるかは分かりませんが、彼らの所有する艦船群を排して申し上げれば、世界に現存する艦船群の中で、そのような射撃を可能としているのはおそらくあの潜水空母ただ1隻のみであるかと』

 答えを聞いたマリアはしばし考え込む素振りを見せてから言う。

「そうか。では、もうひとつ質問しよう。アンフィトリーテが動きらしい動きといえる行動を示してみせたのは、先に映像で見たオーストラリア海軍艦艇の撃沈のみで間違いないだろうか」

『間違いない。9月24日に太平洋上で観測を開始し、25日未明に初めてその存在を感知した時から片時も監視の目を離すことなく観測し続けてきた。

 あの潜水空母はまるで海に浮かぶ棺のように沈黙を保ったまま、死者を招き寄せるようにチャレンジャー海淵直上で佇むだけの存在だ。

 来るものは確実に迎撃し、しかし打って出ることは無い。不思議と、まるで誰かを待ち続けているかのようにも見える』

 ハワードが言うと、アイリスが何かに思い出したように言った。

「あら、これって。昔の貴女みたいじゃない? イベリス」

 彼女の言葉を聞き、視線を落として俯くイベリスであったが、それを見たアルビジアはアイリスを窘めて言う。

「アイリス、止しなさい」

 アルビジアに従い、アイリスはそれ以上に何かを言うことは無かったものの、イベリスに向かっては軽く舌を覗かせながら嫌な顔をしてみせたのだった。

 その時、2つ目の質問の答えを聞いた直後からしばらく考え事を巡らせる様子を見せていたマリアが顔を上げて言う。

「分かった」

 直後、続けて言い放った。

「アークにおいて、アストライアーとアンフィトリーテへの対処はしないものとする。ただし監視の目だけは緩めないでくれたまえ。動きがあれば対処せざるを得なくなる可能性もあるが、そちらに保険の為に戦力を差し向けるだけの余裕などない。監視の任はウェイクフィールド少佐、引き続き貴官に一任する」

 ハワードはレオナルドへ視線を向け、指示に従うかどうかの判断を仰ぐが、レオナルドは静かに首を縦に振った。

『承知した。メタトロンは引き続きアストライアー及びアンフィトリーテの監視任務と、周辺海域に近付く艦船への対処を継続しましょう』

 ハワードの返事を聞いたマリアは、次にリアムへと視線を向け直して言う。

「宜しい。では続きだ。モーガン中尉、ミクロネシア連邦支部が持つ太平洋地域の各国の動きの様子を報告してくれたまえ。国家の動きというよりは、国民の動きというべきか。直接国民と触れ合う君達なら、我々国連が手にする情報よりもよほど事実に基づいた視点からの“現実”が分かるはずだ」

『分かりました。ミクロネシア連邦支部管轄地域、及びオーストラリア支部のデータと、セントラル2と共有している情報を元に報告します』


 リアムはそう言うと、自身の持つ詳細なデータを立体視モニターへと転送して太平洋地域の現状についての説明を行うのであった。



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