第六夜 3
「ゆき~?ゆきぃ~?」
ここもいなかったか、と障子を閉める。帰り支度を済ませた花蓮がゆきを探し回っていた。これで屋敷の中をくまなく見回るのは三度目だ。だが、影すら見当たらない。庭先に降り立ち、ふーむ、としなやかな指先をあごに添える。
そこへ銀次が通りかかると、指はTシャツの襟をつまんだ。
「銀次、ゆき見なかった?」
おらんの? という銀次をつまんだまま、花蓮は山に足を向けた。
ザリ……、という
握りしめた木刀にわずかばかりの汗がにじむ。隠そうとしても分かる。平太の肩がわずかに上がっている。――次の一撃が、最後だ。
まだ、時間あるやろ、と言われ、ゆきは平太に裏の山に連れて行かれたのである。
ゆきは筋がよかったらしい。たった五日間の合宿ではあったものの、めきめきと上達した。
「ゆきの親は
と真に言われた。体を動かしていると、それがなんとなく、分かる。
理屈ではない、勘が、戦闘に向き合うようにできていた。サボることしか能がない生活をしていたときには、思いもよらなかった。その感覚に、うれしさと気恥ずかしさが入り混じる。――自信、というものかもしれない。
若葉が風に揺れる。刹那、びゅうっと葉が震えたとたん、どちらも飛び上がった。身を打つ鈍い音を響かせると、二人は地面に落ちていった。
「……いったぁ。この間ケガしたところ、また打ったでしょ!」
「お前かて……鬼やな!」
打ち身をさすりながら立ち上がった平太が、ゆっくりとゆきを見下ろした。
「ええか。オレら新月生まれは、新月の日しか能力を発動できん。なんぼお前の力が大きゅうても、普段は役立たずや。そやから、鍛錬は怠ったらアカンで」
まっすぐ平太を見つめ、ゆきはうなずいた。
新月生まれの若手は今、ゆきと平太の二人しかいない。新月生まれのものは、里から特別扱いされるものの、普段は何もできない。その歯がゆさを払拭するために、平太は武道の鍛錬をした。能力を使わなくても強くいられるように、と――。
「また、来るね」
別に来んでもええわ! と言いながら、平太は山を下りていった。すると、おそらく見守っていたのだろう、木の陰から銀次と花蓮がひょいと顔を出した。
「へへ……平太に来るな、って言われた」
と言いつつも、ゆきの顔はほころんでいた。
「帰り際なのに、派手にやったわねぇ」
ドロドロになったゆきの体をあちこち払いながら、花蓮はあきれた声を出した。
「この間打ったところ、また打たれちゃって……」
「また、藤助さんにやられるで」
それを聞いて、ゆきはブルッ、と身震いをした。
京都から帰って一週間が過ぎた。
日常は変わらない。が、ゆきの何かが確実に変わった。
ゆきは平太に言われたとおり、毎晩のように真に稽古を付けてもらっていた。
平太のようにあの里を率いなければいけない、という気負いがあるわけではない。ただ、自分の身を守れなければ、銀次や真、花蓮や藤助がケガをしてしまう立場に変わってしまったことだけは、確かだ。
時折、苦しそうな千秋の顔が浮かぶ。それを振り払うように、ゆきは大きく振りかぶった。
「ほれ! 右がガラ空きやで!」
カン! と音を弾かせて、ゆきの木刀が空を舞う。
「もう一回!」
真がニヤリと笑った。
「なんで!? 平太がここにいるの!?」
白い肌が真っ赤に染まるくらい、大きく素っ頓狂な声を上げた。
昨夜の打ち身を見せに保健室に行くと、少し大きな耳をした少年が、近所の中学の制服を着て立っていた。
「ばーさまにワガママ言って、こっちに来たんですって」
〝藤子〟の姿をした藤助が、深く大きなため息を吐く。
「ワガママちゃう! コイツが甘ちょろいから、手助けが必要やろ思うて!」
少し大きな耳をピクピクさせながら、平太がゆきを指しながらわめく。
「要は、おもろかったんやろ?」
銀次がコーヒーをすすりながら言う。細い目がニコニコ笑っていた。
「ちゃうー! ほんで、なんで藤助さん、こんな格好やねん!?」
「それはオレらも分からん」
真が心底いぶかしがって言う。窓をひょいと飛び越えて、いつものように銀次の鼻をつまむと、我が物顔でコーヒーを入れていた。
「なーんか、にぎやかになったわねぇ」
花蓮はアメを
「はい! おしまい!」
腕をつかまれたゆきの悲鳴がこだましていた。
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