第六夜 1

「あだ! あだだだだ!」


 屋敷中にゆきの叫ぶ声が響き渡る。あまりの痛がりぶりに、皆が苦笑を止められない。

 ある者は必死になって口元を押さえ、ある者はもうかまうものか、と畳の上を転げ回る。幼い子ども達はくるりとゆきを取り囲み、「痛いの?」「頑張れ!」「我慢しぃーやぁ」と、思い思いにゆきを励ましていた。


「このぐらいでわめくな。ただの打ち身じゃねぇか」


 藤助が薬を貼りながらあきれている。その顔をゆきはキッとにらみつけた。


「藤助さん、〝藤子さん〟の方が、手当、優しくない?」

「今は〝藤助〟だっ!」

「ぎゃあ!」


 包帯を巻かれたところをつかまれ、悶絶した。


「Sだ……藤助さん、Sだ……」


 床にへたり込み痛がるゆきを見て、よじれ倒した腹を押さえ、真はまた笑い始めた。

 涙目に、開け放たれた縁側の隅が映る。母親の後ろに隠れたかんなが、じっとこちらを見ていた。気づいたゆきが小首をかしげ、様子をうかがう。すると、ストトト……とそばに走り寄り、耳元でささやいた。


「……ありがとう」


 言うと、あっという間に母親の元へ行き、後ろに隠れてしまった。


 ゆきが能力を発動し、かんなを奪還してから、里の空気が変わった。


 最初に屋敷の敷地内に入ったときは、表面上は穏やかなものの、あからさまな拒絶を感じた。結界の中にある全てのものに怪しまれた。しかし、今は〝仲間〟だと認識してもらえたよう気がする。また、自分もそうであるのだ、とゆきは、くすぐったいような、慣れない感触を実感していた。


 若手の女性がゆきに茶を運んでくる。畳に盆を静かに置くと、ぽつりと言った。


「ごめんね。ずっと襲われ続けてるから、じんびょうはとっても用心深いねん」


 笑みを浮かべ黙って頷くと、ゆきは、立ち上る芳しい香りを胸一杯に吸い込んだ。


 ふと、感じる視線。――平太だけは、ゆきを遠巻きに眺めていた。



「ゆき、大婆様が呼んでるで」


 若手の一人がおずおずと声をかける。初めて会ったときの、あの凜とした姿を思い出し、ゆきはぐっと喉を詰まらせた。その姿にクスクスと笑いながら、花蓮が奥座敷まで連れて行ってくれた。

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