異世界ファンタジーでありながら、SFのエッセンスと現代ドラマの感覚をミックスした作品。
主人公の旅立ちの一歩が冒頭となるこの作品は、そこから目的に向かって進んでいきます。山の頂を目指して、ただひたすら。そこでまた新しい目的を見つけ、竜に魅了され、危険を感じつつも進んでいきます。
この作品の世界はとても特殊です。我々が球体の外側に住んでいるのに対して、主人公が居る世界は球体の内側。太陽はその球体の真ん中にあるという世界。この、『とても広大なのに閉塞感のある世界』がたまらなく好きになりました。なんだかまるで、人生の選択肢みたいじゃあないですか。
短いセンテンスと体言止めによってリズムが作られ、テンポよく読み進めることができました。
目的物とテーマに関わる事柄以外の描写がこれでもかというほど削られ、それゆえにこの作品でもっとも見せたい部分や筋道、伝えたい言葉がより際立ち、鮮明に伝わってきました。
描写と言えば言葉の限りを尽くして事細かに綴るものと思われがちですが、このように不必要な言葉をバッサリ切ることで本当に必要なものだけを見せる技法もあるんだなと思いました。
特に素晴らしいなと思ったのは、1年間の経過をたった5行で終わらせてしまうところ。人は、目的に向かって必死であればあるほどにときが経つのを忘れてしまいます。それを、淡々と短い言葉で結ぶことで表しているのではないかと思いました。
この作品には、『山』『竜』『太陽』などなど、なにかの隠喩とも取れる単語がいくつも出てきます。それがなんなのかは作中では明かされません。
おそらく、読者が各々考えて自分なりの答えを持つと言うのが正しいスタイルなのだと思います。
私なりの考えもありますが、ここでは割愛。ただ一点、これは作者から頑張って生きている人たちへのエールなのではないか、ということだけを記させていただきます。
タイトルは『旅』。読み始める前はなんとも味気ないタイトルだと思っていましたが、読み終えてからは確かに『旅』以外の何物でもないことに気付かされ、それ以外のタイトルは考えられないと思いました。
考察を巡らせる作品は好きなので、とても良い読書体験ができました。
ありがとうございました!