イロウツリ

 この『箱』の中で生きるのに必要なのは、なんだろうかと考える。

 光もあれば、水もある。

 けれどもここは息苦しくて、冷たくて、残酷。

 色を持つのは一握りの人間だけで、それ以外の人間は透明で生きていくことが望まれる。


 それが、私達が生きる『教室』という場所。


 そこに、気になる子が1人だけいる。



 教室の隅で、来る日も来る日も本を読んでいる彼女。


 背中の半分まで伸びている髪が揺れるたび、その白くて細い指が本をめくるたび、小さく空気が揺れる。

 何もしなくとも注目を集めてしまう彼女は、この世界にいてはいけなかった。


 そのうちに彼女は目を付けられて、色を持つ他の人間の醜悪な行為に晒されていった。


 けれども、彼女は動じなかった。


 本の世界に没頭し、色を持つ人間や透明な人間に、興味を示さなかった。

 その態度を見て、彼女自身も空虚であるように思えた。


 空虚であるが故に、本で自身を埋めていくような……そんな気がした。



 だから、私は声をかけた。



 教室の中。

 透明で透命な私が。

 色を欲した。


 彼女の色を欲した。


 そして、禁忌を犯した。



「何を読んでいるの?」


 少しだけ微笑んで、彼女は答えた。


「人が沢山死ぬ話よ」


 空虚の目。

 そこに、自分が映る。

 この中に、入り込みたいと思った。


「それは素敵ね」

「ええ、本当に素敵な話よ」


 彼女は『よかったら』と言ってその本を閉じて私に差し出してきた。

「私は全部読んでしまったから」

 彼女の言葉に頷いて、受け取る。

 その際に、指が触れた。

 人ではないような冷たさが、私を冷やした。

 けれども、芯が熱くなっていくのを感じた。


 色がうつることを、期待した。

 彼女の色がうつるのを。


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