香雪蘭 ~あの人へ~

 図書委員の仕事をする為に、図書室へと行き、貸出カウンターへと入った。

 外から聞こえる運動部の声が、ガラスを隔てているせいか違う世界のBGMに聞こえる。

 秋と冬が重なり合い、2つの季節を行き来するこの時期になると、放課後のこの時間には陽の光はオレンジ色になってしまう。


 図書室に来る人なんて、ほとんどいない。

 私みたいな本好きで、なおかつ帰宅部でないとほとんど来ることはない。

 だから、図書委員の仕事はこの貸出カウンターに座って自分の好きなことをするだけ。


 いつもなら私はここで宿題を済ませるか、自分の読みたい本を開いて読んでいる。

 でも、今日は違った。


 鞄の奥にしまった1通の手紙を取り出す。


 今日の朝、私の下駄箱に入っていた手紙。

 女子校でこんなものを貰えるなんて思ってなかったし、下駄箱に入れるなんて古風だな、と思って少し笑った。


 封筒を開けると、微かに桜の匂いがした。

 季節にそぐわない匂いなのに、何故かじんわりと心に沁みてくる。





 先輩は私のことは知らないと思います、これからもきっと知らないと思います。

 それでいいと思います。

 私のこの気持ちを伝えたいけど、きっとそれは先輩に迷惑をかけてしまう。

 だから、この気持ちを伝えて、私の恋は終わります。


 先輩、好きです。


 先輩と図書室でお会いするのが好きです。

 先輩と廊下ですれ違うだけで、胸がドキドキして呼吸を忘れてしまいます。


 本当に、大好きです。



 ありがとうございます、先輩を好きになって本当に良かったです。





 名前は最後まで書かれていなかった。

 その代わりに微かに付けられた桜の匂いが、彼女の葛藤を表していた。


 私は手紙をまた封筒に入れて、鞄の奥底に沈めた。

 彼女の好意に、胸が締め付けられる。

 こんな風に思ってくれているのに、私たちは会うこともできない。

 それでも彼女は、好意を伝えてくれた。

 それがうれしくもあり、悲しくもある。

 その思いが、私の目からあふれ出る涙となって床へと落ちていく。

 私は涙を拭くこともせず、出るに任せておいた。

 外から聞こえる声は、先程よりも遠い世界へと行ってしまっていた。


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