風邪ひいた日

 風邪をひいた。

 どこでもらってきたのか、検討がつかないそれの為に、私はぼんやりと天井を眺めながら二日過ごしていた。

 親元を離れて一人暮らしをしているせいで、誰も助けてくれない。昨日も今日もご飯らしいご飯を食べてない。買ってあったスポーツドリンクを飲んで飢えを凌いでる様な感じだ。

 この風邪が終わる頃には2キロは痩せてるだろう、寝ているだけの生活で楽しみなのはそんな期待だけしかなかった。

 そんな状態の私に、大学の講義というのは容赦無く襲いかかってくる。仕方なく、友人の佐織に欠席する旨をメールして、そのまま気絶するように眠りの世界に落ちた。

 ふと気がつくと、脇に置いた携帯が震えていた。マナーモードにしたのを解除するのを忘れていたようだ。

 通話ボタンを押すと、向こう側から佐織の声が聞こえた。

「弥生?鍵開けて」

「かぎ?」

「アンタの家の前にいるから、早く開けて」

 返事するのもだるいが、来ているのなら、挨拶ぐらいはしないと……と思って玄関まで歩いていく。

 床が、波打っているかの様に歪み、まっすぐ歩けない。

 地震?

 ああ、違う。これは私の意識の揺れだ。

 壁に体を預けながら玄関まで歩き、鍵を開けると、両脇に大きなスーパーの袋をぶら下げた佐織が立っていた。

「おはよう」

 何か言わなければと思ってでてきた言葉がそれだった。

「混乱するぐらいの風邪か、やっぱねえ」

「やっぱ、って、何が?」

「アンタ、さっきの電話の内容覚えて無い……だろうね、その様子だと」

「電話……玄関開けろってやつじゃ」

「その前にアンタからメールもらってすぐに電話かけたら、アンタ泣きながら寂しいよー、おかあさーん、って叫んでたんだよ」

「嘘」

「嘘も何も取敢ず寝る!ご飯は私が作るから」

「あり……が……とう」

 涙が出るのに任せて、佐織にお礼を言うと、彼女は少し恥ずかしそうに、おバカさん、と呟いた。

 彼女は私をベッドに寝かすと、キッチンに向かって行った。

 佐織のああいう不器用で優しいところ、憬れるし、好きだな、なんて思いながら、目を閉じる。

 扉を一枚隔てた向こう側で、彼女の独り言が聞こえる。

「お粥だけだと栄養たりないよなあ……あ、栄養ドリンク混ぜて、消化にいいからヨーグルトも……」

 そういえばそうだった、彼女は味オンチなのだ。

 止めようと思ったけれど、私の意識は無情にも眠りの世界へと落ちていった。


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