無重力の中で
ヘッドフォンから流れてくる音楽は、多分、私のイメージには似つかわしくないぐらいに激しい。
疾走するギターの音に合わせて、目を閉じてアンプに繋いでいない自分のギターの弦を弾いていく。
お腹の底に響くような音を出すベース、それに、何を叩いているのかもわからないぐらいに色々な所を叩くドラム。そして、全ての力を振り絞るかのように叫ぶヴォーカル……。この瞬間だけは、自分がこのバンドのメンバーになれたような気がする。
目を開ければ、そこにはただの音楽室があるだけなのに。
真面目、大人しい、委員長にぴったり、なんて言葉で形容される私の耳元で、こんなに激しい音楽が流れていることを、クラスの皆は知らない。
私が軽音楽部に所属していて、その場所でギターを奏でていることは知っていても、それがどんなものかは誰も知らない。
多分、ポップな音楽をやっているのだろうとタカをくくっている。
それが、たまらなく嫌になる。
女の子だからってかわいい音楽をやらなきゃいけないなんてルールはない。
ドラムがスネアを叩くタイミングに合わせて持っているギターを抱えて飛び上がる。膝を思い切り胸に上げて、ギターのネックを押さえてる指はコードを押さえたままで。
この瞬間だけ、自分が何ものにも縛られていないと感じる。
無重力の中にいるかのように宙を舞える。
このまま、ずっと空中にいたいとすら感じる。けれど、あっという間に気持ちのいい時間は過ぎて、つま先が地面に触れて着地する瞬間目を開けると、自分の前にスマホのカメラを構えた七瀬先輩がいた。
「せんぱっ、ふああああああああああああああっ」
着地のバランスが崩れて、そのまま後に倒れた。
背中に痛みは無かったけれど、持っていたギターがお腹に落ちてきて、カエルが潰れたような声が出た。
「りっち、何してんの?」
倒れている私の顔を覗き込む七瀬先輩の顔は、全てを知っているかのようにニヤニヤとしていた。多分、全部見られたのだろう。私が、ギターを弾きながら一人コンサートをしていたのを、全て。
「なんでも……ないです」
目を逸らしたが、その先にスマホの画面を置かれてしまった。そこには、ギターを奏でながら空中に向かって声を出さずに叫んで、ギターを奏でる私の姿が動画で映っている。
「別人です……」
「ほほう、ならば、この動画は不審者だと。ふふん、じゃあ皆に見てもらわないと。部室に不審者がいましたって……」
「私ですううううううううううう」
半ば泣きそうになりながらそう言うと、七瀬先輩は歯を見せて笑いながらピースサインをこちらに見せてきた。
『いいよ、黙っていてあげる』とでも言ってくれていると思ってピースサインを返すと、首を横に振られた。
「違う違う、今日から二日間、多賀屋のラーメン奢りな」
「えっ」
「嫌ならいいんだ。この不審者を他の連中にも……」
「わかりました、わかりましたよ。奢りますよ」
「わかればよろしい」
腕組みしながら頷く先輩が、なんだかむかつく。
「でも先輩、太りません?」
嫌味の一つでも言いたくて、そんな言葉が出たが、七瀬先輩はふふんと笑った。
「大丈夫、私はドラムだからね。全身運動なんだよ。太らせてほしいもんよ」
ドラムセットに近付き、スネアとクラッシュシンバルを叩くと、ニヤリと笑った。
「そんな嫌味言うよりも、りっちは自分の心配した方がいいぞ~。さっきジャンプした時に見えたお腹、ちょっとヤバくない?」
「ふひゃっ」
素っ頓狂な声を上げながら、セーラー服の端を掴んで前屈みになる。
「だだだだ、大丈夫ですよ!」
「まあ、それならいいけど。さ、練習しますよー」
「あれ、幸華先輩は?」
「アイツは掃除当番~、さ、取敢えずベースはいないけど曲を合わせるよ」
「は、はい」
「なんならさっき見たいにノリノリで演奏してもいいよ?」
「いいからやりますよっ!」
ギターをアンプに繋いで、音を大きめにして七瀬先輩の言葉を遮る。
あ、恥ずかしかった。
まさか、あんなところを見られるなんて。
ついてないや。
「じゃあ、この前合わせた曲、go end go の頭からね、いくよ。ワンツスリーフォー!」
七瀬先輩のドラムが走り出して、私はさっきまでの恥ずかしさを無くしていた。
轟音が、私の恥ずかしさを洗い流してくれた気がした。
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