63円の距離

 私の友達は、夏の日差しが容赦なくさしてくる今日、遠い場所に行ってしまった。近くにある高い山を超えた向こう側よりも、もっともっと先。小学生の私では、絶対に一人では行けない場所に。

 見送る際、彼女は車の窓から手を出して、私の手を握った。

 何か言葉をかけなければと思ったけれど、言葉は喉の奥で詰まって、代わりに涙が出た。

「泣かないで」

 零れた涙がなぞった頬に軽く触れる彼女。

「たったの63円の距離だから、大丈夫」

 彼女が離れて行くのを見守り、陽炎の中に車が溶けた後も、しばらく私はそこに立ち尽くしていた。


 何もすることがおきなくて、彼女が去ってからは私は家の中でぼんやりと過ごした。彼女の言った『63円の距離』という言葉の意味を時折考えながら。

 しかしその謎は、その日に解けてしまった。

 お母さんがくれた、彼女からの配達物―――葉書には、真っ黒に日焼けした彼女の写真がプリントされていた。

 消印を愛しく撫でながら、心を通わせるのに距離は関係ないということを知り、私はプリントアウトされた彼女に微笑みかけた。

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