第140話 探索者ギルドの長



「以前ちらっと覗いた時よりも活気があるな」


 探索者ギルドに足を踏み入れたセンは、軽くギルドの中を見回して感想を口する。


「そうなのかにゃ?ニャルが知る限り、大体いつもこんな感じにゃ」


「もう少し遅い時間になったらもっと混雑してるわよ?」


「なるほど……活気があっていい事だ」


 センの呟きを拾ったニャルサーナルとミナヅキが普段のギルドの様子を口にする。

 センが以前探索者ギルドに来た時はまだ、大通りの方のエミリの店すらオープンしていなかった。その頃も活気が無かったわけでは無いが、それでも今目の前に広がる光景とはかなり差があると言える。

 レイフェットから、ライオネル商会が素材の買い取りの規模を大きくしたことで、新人探索者も随分と経済状況が良くなったとセンは聞いていたが、新人冒険者に限らず全体的にかなり活気が増しているように見えた。


「探索者は街に何人くらいいるんだろうな?」


「さー、いっぱいいるけどにゃー。数えた事は無いにゃー」


「うーん、百人以上はいると思うけど……どのくらいだろ?全然見た事無い人がいっぱいいるし三百人くらいはいるのかな?」


「三百か……ダンジョンの入場制限を考えてもまだ余裕はありそうだな」


(探索者ギルドはパンクするかもしれないが……)


「あー、あんまり増えると畑階層の突破が大変そうだにゃー」


「畑階層って……あれか?農業や家畜を育てている階層か?」


「そうにゃ。ダンジョンの六階層と七階層。あそこはダンジョンの中で働いているおっちゃん達がいるから入場制限がきつめにゃ。魔物はよわよわだけど、一応ボスもいるからにゃー」


「なるほど……その辺をどうするかは問題だな……」


(順番に階層を攻略しないと次の階層へのショートカットが出来ないからな……六階層と七階層を無視してその先の攻略を進めるのは現実的じゃないだろう。最低でもチーム内の一人は一階層から順番に攻略しておく必要はあるし、その人物が抜けることも考えれば全員が足並みを揃えて攻略していくのが正道だろうな)


 今後、探索者が増えていくことで出て来そうな弊害を考えながら、センはギルドの受付に向かい声を掛ける。


「領主に呼ばれて此処に来たセンだ。ギルド長と会合をしていると聞いているのだが」


「セン様。ようこそお越しくださいました。話は伺っておりますが、少々お待ちいただけますか?すぐにご案内いたしますので」


 そう言ってカウンターに座っていた人物が近くにいた職員と受付を入れ替わり、カウンターの外に出て来て案内を始める。


「セン。あたし達はどうすれば?」


「……確かドリンクとか頼んで打ち合わせをするスペースがあるんだろ?そこで待っていてもらっていいか?注文は好きなだけ頼んでくれて構わない」


「……お酒も?」


 ギルドの職員に着いて行こうとしたセンは、ミナヅキの一言で足を止める。


「……お前はまだ未成年だろ?少なくとも俺の前では飲酒はさせないぞ?」


「こっちじゃ誰も気にしてないじゃん」


「そういう問題じゃないんだが……ニャル、酒は無しだ。他は好きに頼んでくれて構わない」


「了解にゃ。いってらっしゃいにゃ」


 案内をしてくれる職員を待たせているので、ミナヅキとのやり取りを強引に打ち切りニャルサーナルに後を任せたセンは、職員に軽く詫びを入れた後ギルド長のいる部屋へと案内してもらった。

 通してもらった部屋には既にレイフェットが居り、その向かいには一人のやせこけた人物が座っていた。


「おう、来たかセン。サンサ、コイツがいつも話しているセンだ」


「初めまして、セン様。私は探索者ギルドのギルド長を務めております、サンサと申します」


 そう言って折り目正しく頭を下げるサンサは、荒くれ物の多い探索者という者達と日常的に接しているとは思えない程線の細い人物で、役所の中間管理職辺りと言われた方がしっくりくる見た目だとセンは感じた。

 勿論そんな感想はおくびにも出さずにセンも丁寧に挨拶をした後、椅子に腰かける。


「新人探索者への講習の件や引退した探索者への仕事の斡旋等、セン様が色々と案を出してくださったと聞いています。この場を借りてお礼を言わせてください」


「いえ、探索者というよりも街全体の事を考えての提案だったので……その対象が偶々探索者だったというに過ぎません。それと、様は止めて貰えますか?私は無位無官、一般人に過ぎません」


 神経質な印象さえ受けるギルド長サンサが、椅子に座ったセンに改めて深々と頭を下げるのを見て、センは苦笑しながらかぶりを振る。


「……承知いたしました。ですが、多くの探索者がセン様の提案して下さった取り組みに感謝しております。その謝辞だけは受け取っていただけますよう、お願いいたします」


「……堅いだろ?」


 再び頭を下げるサンサを見ながら、レイフェットが笑いながらセンに向かって話しかける。


「まぁ、挨拶も済んだことだし、本題に入るとしよう。今後、街の人口が増加……それに伴って探索者の数が増加することが予想されているんだが……ダンジョン内の農地階層で問題があってな……」


「農地階層か……丁度さっき話していたな」


「お?そうなのか?じゃぁ、問題点は分かっている感じか?」


「いや、踏み込んだ話は知らないぞ?ただダンジョンの入場制限がキツそうだなって」


「あぁ……その通りだ。今問題にしているのはそこでな」


 そう言ってレイフェットは腕を組みながら苦い表情になる。


「新人探索者向けの講習を実施するようになった結果、新人でも比較的容易に六階層までたどり着けるようになったのですが……当然新人だけでなく、今までそれ以下の階層でくすぶっていた者達が一気に到達階層を更新していまして……」


「農地用の階層ではそれぞれ五十人程が常時働いていて、探索者は十人程度しか入ることが出来ない。そこで少し農業従事者と探索者でトラブルが起きていてな」


「なるほど……どちらもこの街にとっては欠かせない者達だからな……どちらかを優遇するというのも難しいか……」


「低階層は新人が多く、ダンジョンの人数制限に引っかかり易かった為、探索者同士のいざこざは以前からあったのですが……五階層のボスが比較的強く、今まではあまり農業従事者とのこういった問題はありませんでした」


 申し訳なさそうな表情をしながらサンサが弱ったように言う。


「問題は分かったが……何故それを俺に?」


 もっともな意見をセンが言うと、腕を組んだままレイフェットが鼻を鳴らす。


「お前の提案した取り組みのせいでこの問題が浮上したんだ。解決策……あるよな?」


「い、いえ!レイフェット様!セン殿!そういうつもりは私共にはありません!ただ、何か良い知恵でもあればと相談させて頂いた次第でして……」


 レイフェットの台詞をサンサが慌てて否定する。その恐縮っぷりは、いっそ哀れささえ感じさせる。


「……まぁ、私の責任と言えなくもないですし……」


 軽くレイフェットの事をひと睨みしたセンは、口元に手を当てて考えながら口を開く。


「問題は、攻略を進めたい探索者が足止めを喰らう事……そして今後、探索者が増加するにしたがってその問題が深刻化しかねない事」


「どうだ?なんかいい案浮かんだか?」


「この場で聞かされた問題に、いきなり解決出来るような案を出せるわけないだろ……そんな簡単な話なら、そっちで解決策が既に出ているだろ」


 センがため息をつきながら言うと、サンサが申し訳なさそうな表情になる。


「農場のある階層のボスはそんなに強く何だったか?」


「弱いとは言えねぇな……特に新人にとっては中々手強い相手だと思うぞ?」


「……そうなのか?」


(ミナヅキやニャルサーナルの基準はあてにならないか……まぁ、ただの新人とあの二人は一緒に考えるべきじゃないな。しかし……面倒な問題ではあるが……避けては通れないな)


 センは情報を整理しつつ、この問題の落としどころについて頭を悩ませた。


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