第139話 結局、頭は使うわけで
「なんで勝てないにゃー!!」
センの家のリビングにニャルサーナルの叫び声がこだまする。
「どういうことにゃ!?おかしいにゃろ!?なんでニャルの手札だけこんなに……いち、にぃ、さん……一杯あるにゃ!?」
ゲーム終了時の手札は、センが二枚、ラーニャが五枚、ニコルが三枚、トリスが一枚、そしてニャルサーナルが三十枚強となっていた。
「途中まではいっつもニャルが一番にゃ!なんでこうなるにゃ!いんぼーにゃ!ん?りんぼー?」
目下、五連続で最下位になったニャルサーナルが机をバンバンと叩きながら首を傾げる。
「そりゃ最初から手札をどんどん場に出していけば、最初の方は調子いいだろうがゲーム後半は厳しいだろ……」
「よっぽど運が良くない限り……後半まで手札は温存するべき……周りの手札の枚数と……自分の手札の枚数を……ちゃんと把握するのが大事」
センが苦笑しながら言うと、トリスが若干ドヤ顔をしながらニャルサーナルにアドバイスを送る。
「そんな面倒なこと考えながらいつもゲームやってるにゃ?弟子とラーニャも同じかにゃ?」
「僕はそこまで考えてはいませんでしたが……手札は後半まで温存するつもりでした」
「えっと……私は残っている数字とスートをなんとなく把握してたので……」
「……弟子はともかく……ラーニャは何を言っているにゃ?」
あんまりなラーニャの台詞に、ニャルサーナルは訳が分からないといった表情になる。
「ぶたのしっぽは、場に出るカードが一度めくられて、全員が確認出来るからな。覚えておくのは不可能じゃない」
「……おまえら気持ち悪いにゃ」
ニャルサーナルが心底気持ち悪そうな顔をしながらセンを見る。
「っていうかそれズルっこにゃ!ラーニャがやってるってことは、センもこそっとやっていたに違いないにゃ!」
「……どうだったかな?」
センが首を傾げると、より一層ニャルサーナルが興奮する。
「ズルっこにゃ!反則にゃ!謝罪と賠償を要求するにゃ!」
「そう言われてもな……意識せずになんとなく把握してしまった物は仕方ないだろ?ラーニャもなんとなくって言っているように、見ていたらなんとなく分かってしまっただけだ。ズルって程じゃない」
センはそう言って肩を竦めるが、興奮しているニャルサーナルは納得しない。
「そもそもセンが提案したゲームはダメにゃ!センが圧倒的に有利にゃ!」
「……それは否定しないが、俺よりトリスの方が勝率はいいだろ?圧倒的に俺が有利って訳でもないさ。ニャル以外は互角くらいの戦績じゃないか?」
「……ぶっちぎって……弱い」
「ほかの!他のゲームにするにゃ!もっとこう……覚えるとか無いやつにゃ!」
再びテーブルをばんばんと叩きながらニャルサーナルが喚き、子供達は苦笑し、センは飽きれたたようにため息をつく。
「他のゲームと言っても……基本的に俺が知っているゲームしか提案できないんだが……カードを記憶しておく必要が無いゲームか……七並べとかにするか?」
なんだかんだでニャルサーナルの要求を呑み、違うゲームを提案するセンは彼女に甘いのかもしれない。
「ハートの八を止めてるのは誰にゃー!」
セン一家の休日は、そんな感じで日が暮れるまで賑やかだった。
「センが探索者ギルドに行きたがるって珍しいにゃ?」
「そうね……外に出る時は領主さんの所か、エミリちゃんのお店に行くかのどっちかしかないと思ってたけど。引きこもりだし」
「否定はしないが……その言い方は止めてくれないか?」
セン一家揃っての休日から数日後、センはニャルサーナルとミナヅキの二人と共に探索者ギルドに向かっていた。
その道中、二人のアウトドア派はインドア派のセンを揶揄っていたが……普段色々とやりこめられている仕返しであることは否めない。
「レイフェットから相談があるって呼ばれているんだよ。ついでに探索者ギルドにいい人材がいないかと思ってな」
「人材……?あんたの手伝いをするような人がギルドにいるとは思えないけど……」
ハルカやセンが、事ある毎に手伝いが欲しいとぼやいているのを知っているミナヅキは、首を傾げながら言う。
「そっちも探していない訳じゃないが、今日見ておきたいのはお前達の手伝いが出来る人物だ」
「ニャルたちのにゃ?」
「あぁ。十二階層から罠が多くなって来たんだろ?」
センの言葉に、ミナヅキが困ったように眉尻を下げながら同意する。
「あー、うん。ちょっと厄介よねぇ……」
「そうだにゃー。ニャルは魔物の気配に注意を向けているから、罠を見つけるのはちょっと苦手にゃ」
「私はそういうの全然駄目だしね……でも、セン。私達はダンジョンへの行き方が少し特殊だし、普通の探索者を仲間にするのは難しいって話じゃなかったっけ?」
「まぁな。だがこの前、知り合いの探索者から一緒にダンジョンに行く人を雇うってやり方があるって聞いてな」
先日、エミリの店でルデルゼンに会った時に聞いた話を二人に伝えるセン。
「へぇ?罠とかに強い人を雇うってこと?」
「あぁ、勿論人格というか……お前たち二人が、そいつと組んでもいいってのが最低条件になるがな。ニャルはどう思う?」
「雇われ探索者にゃー。いい奴がいるかは微妙なところにゃ」
センに問いかけられ、少し難しそうな表情になるニャルサーナル。
「貴族とか金持ちに雇われている連中はそもそも雇えないし……フリーの雇われはやっぱりどこか問題がある奴が多いにゃ。いい奴は基本的にチームを組むし、雇われでもいい奴はそのままチームに誘われることが多いからにゃ」
「なるほど……いい人材が余っている可能性が低いのは何処でも一緒か」
「そういう事にゃ」
したり顔で頷くニャルサーナルを見ながら、センは小さくため息をつく。
「しかし、お前達の探索が滞るのは問題だしな……最悪クリスフォード殿に相談してみるか」
「あのじーちゃんなら百人力にゃ!」
ニャルサーナルの言葉に、センは苦笑しながらかぶりを振る。
「いや、クリスフォード殿に探索を協力してもらう訳じゃないぞ?クリスフォード殿の部下にいい人材がいないか相談させてもらうって意味だ。あの人は俺達以上に忙しい筈だからな」
「残念だにゃー、滅茶苦茶頼りになりそうなんだけどにゃー」
「それについては同意するが……クリスフォード殿に頼り切りになったら後が大変じゃないか?」
「それは確かにそうにゃ。実力以上の所に行っても仕方ない……というよりも危ないにゃ」
「そうだね……今の所魔物は凄く弱いけど……強い人に引っ張ってもらうと自分の実力を勘違いして大怪我しそう」
ニャルサーナルだけでなく、ミナヅキまで慎重な台詞を言った事にセンは少し驚く。
(ダンジョンはそれだけ恐ろしい場所という事か……それともミナヅキがダンジョンに揉まれて成長しているということか……どちらにせよ悪くない兆候ではあるな)
同郷の娘の成長に、少しばかり安心を覚えつつセンは口を開く。
「……欲しい人材は、一緒に切磋琢磨出来るレベルでニャルたちと相性が良く、時間の融通が利いて口の堅い人材……条件がきつ過ぎるな」
条件を口に出したセンは高すぎる理想にげんなりとしたが、ニャルサーナルとミナヅキはそんなセンの様子を見て笑っていた。
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