第57話 ダンジョンとは

 


「それでは、改めましてルデルゼン殿。お付き合いいただきありがとうございます」


「よろしくお願いいたす。セン殿」


 運ばれてきた飲み物で乾杯しつつ、セン達は挨拶を交わす。

 そのまま一口飲んだセンだったが、ルデルゼンのトカゲ顔は飲み物を飲みにくそうだと思った。

 ルデルゼンの口はワニとまではいかない物の、前方に少し突き出すような形になっており、側面まで大きく開くようになっている。酒が横から零れるのではないかと思ったセンだったが、どうやら人間の唇の様に一部分だけを開いたりすることが出来るようになっているらしく、ルデルゼンの飲んだ酒が横から零れだす様な事は無かった。


「しかし、本当に私で良かったのですか?正直、私は探索者としてはあまり自信が……あー、三流もいい所と言いますか」


 声が尻すぼみになっていくルデルゼンに対しセンがキョトンとした表情を見せる。


「そうだったのですか?てっきり結構な手練れかと……」


(初めて会った時、荷物持ちをして急かされていたのは立場が弱いせいだったのか?しかし……ルデルゼン殿のレベルは17……俺がこの街で確認した中で三番目に高いのだが……)


 センはレベルと言う概念が一気に信じられなくなる。

 因みに二番目に高かったのは街であった老人クリスで20、そして一番高かったのは領主レイフェットの21だ。


「それは申し訳ない。人族の方からは強そうなのに期待外れとよく言われていて……」


「いえ、私の方こそ申し訳ありません。ですが、私がルデルゼン殿に今回お話を聞かせて貰いたいと思ったのは、ルデルゼン殿のお人柄ゆえでして」


 センがギルドの受付に行くのを止めてルデルゼンを誘ったのは、短い時間ながらルデルゼンであれば丁寧な対応をしてくれそうだという事と……傭兵に多かった、言葉の前に手が出るタイプに見えないと言うのが大きかった。

 相手にとっては軽く叩く程度の物であっても、センにとっては致命傷になりかねないのだ……ツッコミを入れられて死亡……などという事にはなりたくないのである。


「それに……実は、先日ルデルゼン殿にお会いした日、あの日に私達は移住してきたのですよ。なので知り合いもほとんどおらず……顔見知りであったルデルゼン殿に縋ってみたと言う訳です」


「なんと、そうでしたか……では、ご期待に添えられるよう、微力を尽くす所存です」


「ははっ、そう畏まらないで下さい。じゃぁ、まず簡単な所から……ルデルゼン殿は探索者という事ですし、ダンジョンに行くのが仕事と言う訳ですよね?」


 センがまずはといった感じで質問をすると、ルデルゼンがゆっくりと頷く。


「えぇ。勿論、ダンジョンに行くための準備や依頼を受けた際の交渉というダンジョンの外での仕事もありますが、基本的にはそうです」


 聞くまでも無いような質問に対し、真摯に補足を交えつつ返答するルデルゼンにセンは好感を覚える。


(ルデルゼン殿を選んで正解……いや、大正解だったな。これは期待できそうだ)


「なるほど、ありがとうございます。そのダンジョンですが……ギルドのすぐ隣にある建物、あの奥がダンジョンに繋がっているのですか?」


 センはギルドの隣にあった古代ギリシャの神殿のような建物を思い出す。

 時間帯の問題なのか、先程センがギルドに行った時はその建物に入る者よりも出て来る者の方が多い感じであったが、その誰もが身体を汚し疲れた様子を見せていた。中には怪我を負っている者もおり、センは恐らくその建物がダンジョンに繋がっているのだろうとあたりをつけていた。


「えぇ。奥に転送陣がありまして、そこから自分達の目的地に向かうのです」


「……?転送陣で目的地に向かうと言うと……」


 まずは軽いジャブで様子見といった所に予想外のカウンターを喰らい、目を白黒させるセン。


「ん?どうしました……あ、セン殿は移住して来たばかりとおっしゃっていましたが、今までダンジョンの無い地方におられたのですかな?」


「えぇ、お恥ずかしい限りですが……ダンジョンについて殆ど知識がなく」


「やはりそうでしたか……」


「ダンジョンと言うのは……洞窟の様な物で、この街の地下に広がっているのではないのですか?」


「いえ、違います。この街の下にダンジョンは広がっておりません……あ、いや、それが証明されたわけではありませぬが……少なくとも十数メートル掘った程度ではダンジョンにはたどりつけませぬ。ダンジョンに行くには正規の転送陣を使う他方法はありませぬ」


「なるほど……」


(これは予想外だったな。ライオネル殿からも聞いていなかった話……常識過ぎて忘れられていたって感じか?まぁ、その辺りはいい。今はルデルゼン殿に色々質問するべきだ)


「先程目的地に向かうとおっしゃっていましたが……ここから行けるダンジョンは複数あるということですか?」


「その問いには少々答えにくいですが……そうですな……私達探索者にとってのダンジョンの基本をお話ししましょう。学者先生達にとっては違うかもしれないので、あくまで探索者としてのということでお願いいたす」


「分かりました、よろしくお願いします」


 センに一言断りを入れ、それを了承したのを見てからルデルゼンが話を続ける。


「ダンジョンにはいくつもの階層と呼ばれるものがあります。ダンジョンの入り口である転送陣を起動すると、最初に向かいたい階層を選択することが出来ます」


「……」


「階層選択後、ダンジョンに転送されるのですが、この際必ず選択した層のスタート地点に飛ばされます」


 センが真剣な表情で話を聞いていたが、内心複雑なものがあった。当然、ルデルゼンはセンのそんな様子に気付く事は無い。


「転送陣で一度に移動出来る人数には限りがあり、最大七人までとなっています。それと階層にも人数制限があり、大体五十人前後が入るとその階層には転送出来なくなります」


「……一層ごとに人数制限があるとは言え、自在に好きな階層に移動が出来るのはいいですね」


「いえ、最初から自在に好きな階層に行けると言う訳ではありません。最初に転送陣に足を踏み入れた人間が行く先を選択するのですが、選択出来る階層には条件があります」


「条件ですか……」


 センが少し考え込むようにルデルゼンから視線を外す。

 ルデルゼンは、センがその条件を考えていると思い続きを話すのを止めていたが、センはその間全く別の事を考えていた。


(どこまでも胡散臭い……ダンジョンが人為的なものなのは確定だが……ゲームっぽいと言うか遊びがある、いや……感じだ。気に入らないな)


 センは自分の機嫌が悪くなっていくのを感じたが、それを表に出すようなことはせず笑みを浮かべてルデルゼンに肩をすくめてみせる。


「一つ前の階層に行った事がある……とかですか?」


「少し惜しいですな。一つ前の階層のボスを倒し、その奥にある転送陣を使ったことがあることが条件です。但し、一層から順に攻略していなくてはいけません」


「一層から順に……?つまりルデルゼン殿が十層まで行けると仮定して。ダンジョンに一度も行った事のない私が、ルデルゼン殿にくっついて転送してもらいそのまま十層を攻略したとしても、自分で転送陣を使う際に十一層を選択することは出来ないわけですね?」


「そういうことです」


「……なるほど」


(またか……しかし、この分だと攻略不可能な造りはしていないのだろうな。人を呼び込む魅力的な餌も用意して……攻略できる程度に難易度を調整……ダンジョンを作った奴の狙いはなんだ?)


 ルデルゼンの話を聞きながら、ダンジョンへの不信感を募らせていくセンだった。


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