第47話 新天地

 


 セン達が王都に来てから半月以上が経過した。

 王都ではずっとライオネルの家に厄介になっていたセン達だったが、ライオネルやサリエナ、エミリ達と色々な打ち合わせをしたり王都観光をしたり……そしてセンによる勉強会などをして過ごしていた。

 何故か子供達への勉強会にライオネルやサリエナが飛び入り参加することもあり、しかも随分と興味深そうに授業を受けていたのが印象的であった。

 そして本日、ようやくセンの次の目的地であるシアレンの街に行くための準備が整ったと連絡がきたのだ。


「セン殿……やはり私も行くべきではないだろうか?」


「……ライオネル殿。申し訳ありませんが、私からは何とも……」


 王都滞在期間中、何度となく繰り返されるライオネルの呟きは……センにしか届かない。

 一言、一緒に行きたいと言えばいいのではないだろうかと思うセンではあったが……それをライオネルに伝えることはなかった。

 流石にそれをライオネルに言うのは色々と可哀想な気がしたのだ。


「それではお父様、行ってまいりますわ」


「う……うむ。その……エミリ、何かあったらすぐに戻ってくるんだぞ?」


「大丈夫ですわ、お母様がいらっしゃいますし……それにセン様もおられます」


 にっこりと笑うエミリの頭を優しく撫でるライオネル。

 体のサイズが違い過ぎて、親子と言うよりも別の種族の様に見えなくもないが……ライオネルの表情はその体に似合わず非常に優しげだ。


「エミリ、向こうは王都とは違う。何かがあった時、お母さんやセン殿が必ずしも助けてられる状況にあるとは限らない。治安が悪いという訳ではないが、探索者はその職業柄、荒っぽい者も少なくない。決して一人で出歩いてはいけないよ?」


「承知いたしましたわ。お父様を心配させるようなことは、決してしないと約束いたしますわ」


「ありがとう、エミリ。頑張って来なさい」


「はい!」


 晴れやかな笑顔で返事をするエミリの事を抱きしめたライオネルは、立ち上がりサリエナへと向き直る。


「頼む」


「勿論よ。貴方も、これから忙しくなるからしっかりね」


 言葉は少なかったがお互いの事をしっかりと理解し、やるべきことを把握している二人にはそれで十分だったのだろう、ライオネルはしっかりとサリエナに頷くと今度はセンの方に向き直る。


「セン殿、何かあればサリエナ達を頼って下さい。全力でお助けいたします」


「ありがとうございます。ライオネル殿にはお世話になりっぱなしで」


「はっはっは!とんでもない、十日後には物流システムの正式稼働ですし……エミリを助けてくれた恩もあります。世話になりっぱなしなのはこちらのほうですぞ!」


 そう言ってセンの両肩を叩くライオネル。

 センは脱臼しなかった己の肩に賛辞を送りつつ、ライオネルに手を差し出す。


「十日後、荷物と共に帰ってくるのでまたよろしくお願いします」


「楽しみにしておきますぞ。そして、エミリにも言いましたが、くれぐれもお気をつけて」


 ライオネルががっしりとセンの手を握る。


「ありがとうございます」


 センの手を離したライオネルが満足そうに頷き、今度はセンの横にいたラーニャ達に目線を合わせるために膝をつく。


「エミリの事をよろしく頼むよ。そして、セン殿の元で色々な経験をして頑張って来なさい」


「はい、ありがとうございます」


 ライオネルの言葉に代表してラーニャが答えその横でニコルが軽く頭を下げる。トリスは頭を下げると言うよりもライオネルに頷いたような感じではあったが……そんな、三人の様子を見たライオネルは笑みを浮かべた後立ち上がり改めて全員に声を掛ける。


「それでは、気を付けて。成果を楽しみにしているよ」


 ライオネルの言葉にエミリが手を振り、傍らに鎮座している大きな箱へと一番に入っていく。それに続くようにサリエナ、そして子供達、最後にセンが箱の中に入り内側から横開きになっている箱を閉じる。

 今セン達が入っている箱はシアレンの街でライオネルが作らせたものだ。当然、センが王都に召喚したからここに存在している訳で……センが箱を閉じ、ほんの一瞬箱の中が真っ暗になったところですぐに箱を開いてしまう。


「セン様?何か忘れものですか?」


「いえ……」


 エミリの問いににっこりと笑ったセンは箱の外へと出ていき答える。


「シアレンの街に到着しました」




「ありがとうございます、ハウエン殿。わざわざ馬車まで出してもらって」


「いえ、セン様は大事なお客様ですので。この程度当然の事でございます。しかし本当に家の中まで案内しなくてよろしいのですか?」


「えぇ、お気遣いありがとうございます。ですが、子供達に自由に探検させるのもいいかなと思いまして……」


 そう言ってセンは一軒の家を仰ぎ見る。

 センの視線の先には二階建ての家が建っており、この家はセン達に先立ってシアレンの街に来ていたハウエンが用意してくれていたものだ。

 といっても、お金を払ったのはセンである。

 物流システムの稼働はまだだが、契約金として一月分の基本使用料が既に支払われており、その金額はミスリル貨三枚。

 この世界の一般的な労働者の月収は金貨一枚に届くか届かないかといった所、センの月収はその三百倍強である。家の一件程度、一括キャッシュで支払っても痛くも痒くもなかった。


(いや、俺が家を買う日が来るとは思わなかったな……しかも現金一括で)


 センは元の世界で賃貸マンションに暮らしていた。

 収入は安定していたし、家を買うことも出来たのだが……気分転換に引っ越しをすることが何度かあった為、あまり家に縛られたくなかったのだ。


「なるほど……そう言う事でしたか。気が利かずに申し訳ありません」


「いえ、こちらこそ。折角のお気遣いに申し訳ない」


 センがそう言うとハウエンが折り目正しく頭を下げる。


「ご依頼通り、簡単な家具のみ搬入させていただいておりますが、ご入用の物があった際は連絡して頂ければすぐにお届けいたします」


「ありがとうございます。家具は少しずつライオネル商会で買わせていただきますので、サリエナ殿にもよろしくお伝えください」


「承知いたしました。明日のお約束は昼頃からと伺っておりますが、何時頃お迎えに上がれば良いでしょうか?」


「あ、明日は地理を覚えがてら歩いて伺わせていただこうと思っていたので、迎えは必要ありません」


「承知いたしました。それでは明日、お待ちしております」


 そう言ってハウエンは馬車でこの場を後にする。

 センはその後ろ姿を見送った後、非常にうずうずした様子の三人に向き直る。


「さて、待たせたな。これが、今日から俺達が住む、俺達の家だ。まずは……家の中を探検してから、その後で家の周りも見てみるか?」


 センとしては周囲の探索を先にしたい所だったが、子供たちの表情を見るに先に家に行った方が良いと考えたのだ。


「「はい!」」


 返事をするや否や、トリスとニコルが家に向かって走り出す。


「あ、もう……二人ともはしゃぎ過ぎですね」


 センの傍に残ったラーニャが苦笑しながらセンに話しかける。

 しかし、そんなラーニャも早く行きたいのをぐっと堪えている様子が見て取れた。


「喜んでもらえて何よりだ……まぁ、家の鍵はここにあるから入れないんだけどな」


 そう言ってセンが鍵を見せると、ラーニャが口を開けて笑いだした。


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