第39話 後始末



「新しい店舗ですか……」


「元々あの街に店は作りたかったのですよ。ダンジョンから得られる利益はかなりの物ですからね。ただ本当に交通の便が悪く、大量の荷物を輸送できない上、道中の危険も多く……リスクが高すぎて中々踏み出せなかったのですが、セン殿のお陰でその辺りは一切気にせずにやれますからな!儲かる予感しかありませんぞ!」


 非常に嬉しそうに笑うライオネルを見て、センは苦笑しながら思う。


(まぁ、濡れ手に粟状態になるはずだからな。早い所物流システムを稼働させたい所だ)


 センとしてもライオネルの商売が拡大していくのは望むところだ。

 ただ、箱を作るだけにしても、その拠点まで指示を届けなければならない以上まだもう少し時間がかかる。ライオネルは既に箱を置く拠点を決めているようで、予定通り連絡が届いていれば一月程で五拠点すべてに連絡が行くようだった。


「しかし、その街を物資の集積拠点にするつもりではなかったので箱を作るのは難しいですな」


「それもそうですね……」


 センが少し思案顔になるとライオネルが非常にニコニコした表情に変わる。


「セン殿がその街に行くという事でしたら……どうでしょうか?予定外ではありますが、初期稼働させる拠点数を一つ増やして頂けませんか?」


「……最初の契約を稼働前に破ってしまうのも気が引けますね」


「まぁ、そこはお互いの合意の上での更新ということで一つお願いします。勿論料金は正規の物をお支払いさせていただきますぞ。それと、先程の拠点間移動の件ですが、あと数日もあれば王都の箱が出来ますし……良ければ、一緒に王都に行きませんか?王都からの方がそのダンジョンのある街も近いですし、手紙も早く届きます。」


「なるほど……ライオネル殿が王都に帰る時に同行するってことですね。しかし、そうなるとハウエンさんとエミリさんも一緒にという事になりますね」


 センがそう言うとライオネルが難しい顔になる。

 ライオネルの執事であるハウエンと娘であるエミリは、ライオネルについてこの街に来ているだけなので、王都へ帰る際は一緒に帰るだろう。勿論、普通に帰るのであれば問題ないのだが……今回、王都に帰る手段として使うのはセンの召喚魔法だ。

 そして召喚魔法の事は……見せてしまってはいるものの、まだ二人には秘密となっている。


「……馬車で王都に向かいましょうか。ダンジョンの街にはここから手紙を送るのがいいでしょうな」


 すこしバツが悪そうにしているライオネルを見て、センは一つ決心をする。


「いえ、折角ですから私の能力で移動しましょう。安全な方法があるのに、わざわざ危険な旅をする必要はないでしょう。ハウエンさんはあの日の誓いを守ってくれていますし、エミリさんも不可思議な体験をしたにもかかわらず詮索する素振りもありません。お二人には物流サービスについて話してしまっても大丈夫でしょう」


「よ、よろしいのですか?」


「えぇ、それに共同経営者……奥様に私の能力を黙ったまま事業規模を拡大していくのは難しいと思いますが、如何でしょう?」


 センの言葉を聞いて、困ったような表情になりながら頭を掻くライオネル。


「はっはっは!実は最近その事ばかり悩んでいましてな!まぁ、色々相談なく大きなことを決めたので、大目玉は確実ですが」


(もしかしたら恐妻家なのだろうか?いや、商売上のライバルという事だったらしいし、対等にやっていそうだが……結婚するとそう言った関係も変わったりするのだろうか?)


「申し訳ありません。ライオネル殿の奥様も商会に関わっていると知らなかったので、契約の範囲を絞り過ぎました」


「いえいえ、あの契約は正しい物です。秘密を知る人間は少なくあるべきです。セン殿の安全に関わってくることですしな。もっと慎重にしても良いくらいですぞ?」


「そうですね。いたずらに秘密を知る人を増やすつもりはありませんが……ライオネル殿達は、自分の目で見て信頼に足る人物と判断しましたからね。もしそれで失敗したとしても自己責任ですよ」


 センがにこやかにライオネルに言うと、ライオネルは困ったような笑みを返す。


「その言い方は実に卑怯で素晴らしいですな!金も脅しも使わず、ただ未来という不確かな担保、空手形だけで相手の行動を縛る。しかも、空手形ながらそれを失えば確実な不利益が約束されていると言う恐ろしさ、これ程までに拘束力のある信頼は初めてですよ!」


 豪快に笑いながら言うライオネルだが、その内容はかなりひどい。


(ほぼ詐欺師に対する評価だな……まぁ、まだ銅貨一枚の利益すら生まれてないのだから当然ではあるが……まぁ、こういう評価も信頼されていてこそだな)


 豪快に笑うライオネルに苦笑するセンだったが、この場に第三者がいたら二人とも楽しげに見えた事だろう。

 その後も他愛のない話を二人は続けていたが、部屋の扉がノックされ話を中断した。

 ライオネルが入室を許可すると、ハウエンが一礼してから部屋へと入って来た。

 先日のエミリの誘拐以降、ハウエンだけはセンが来ている時でも部屋に入ることが許されている。


「旦那様、お客様がお見えになられました」


「ん?今日は予定がなかったはずだが?」


「来られたのはケリオス様です。セン様がこちらにいらっしゃっていると聞いたそうでして」


「ケリオス殿か……何か進展があったかな?ここにお連れしなさい」


「承知いたしました」


 ハウエンが一度退出して、すぐにケリオスを伴って部屋に戻って来た。

 部屋に通されたケリオスは鎧姿で無精ひげを生やし、目の下には隈を携え、どう見ても疲労困憊と言った様子だ。


「大丈夫か?相当疲れているみたいだが」


 そのあんまりな姿にセンが心配する。


「あぁ、連日尋問続きだからな……相手もこっちも眠れねぇんだ」


「今回の大捕り物の後始末、頭が下がる思いですな」


「これが俺達の仕事ですから……それに衛兵の中にも鼻薬を嗅がされている連中が少なくないもんで、尋問出来る人間も限られているんですよ」


 疲れを滲ませながら笑うケリオスに、センもライオネルもなんとも言えない表情になる。

 本来治安を守るべき組織の人間が犯罪組織と繋がり、その稼ぎから金品を受け取っていたのだから笑えない。


「厄介なのは、やはり今回捕まえたのは組織の一部、言うなれば誘拐チームだったみたいでな……誘拐と人身売買を専門にやっていたらしい。最初はスラムにいる浮浪児を攫っていたらしいが、最近身代金目当てでいい所の子供を狙いだしたらしい。身代金を払っても子供は売り飛ばしていたらしいがな」


「胸糞悪い話だ」


 表情を消したセンが吐き捨てる様に言うとライオネルとケリオスが深く頷く。

 センとライオネルにとっては他人事ではない。実際に身内が被害に遭っている訳で、本来であれば犯人に自ら制裁を加えたい所だろう。


「本当にな。それで、センに頼まれていた背後関係だが……特に誰かに依頼されたとかじゃなく、攫いやすそうな子供が固まっていたから狙っただけだとよ」


「……そうか」


 ケリオスの言葉を聞き、センは不謹慎とは思いつつもほっとする。

 怖い思いをした子供達には申し訳なかったが、自分が原因でそんな目に合わせたと言う訳では無かったことに安心してしまっていた。


(しかし、今回は偶々そうであったというだけだ。気を引き締めて三人の安全も確保するように努めなければな)


 センが気を引き締め直している間にもケリオスの報告は続く。


「それと、ライオネルさん。そちらのお嬢さんは……計画的に狙われたようです」


「やはり、そうですか」


「こちらも背後関係はしっかり確認しましたが、依頼等はなく、身代金目当ての犯行でしたが」


 ケリオスの言葉に腕を組んだライオネルが目を瞑り大きくため息をつく。

 その厳めしい表情はライオネルの物としては珍しい物ではあったが、愛娘が金銭目的で狙われたとあっては当然のものだろう。

 しかし、その巨体から発せられる威圧感はかなりの物で、センは内心冷や汗を垂らしていた。


「分かりました、ケリオス殿。貴重な捜査情報を教えて頂きありがとうございます。後は犯人共がしっかりと裁かれれば文句はありません」


 ライオネルが普段の豪快な声とは全く違う、地の底から響く様な声音で言うとケリオスが肩をすくめながら答える。


「まぁ、まだ尋問中ですし……情報を絞れるだけ絞ったら……縛り首ですかね?」


「妥当ですな」


「……」


(……マジで?裁判とかそう言うのもなく尋問後即死刑?この国、王権だったと思うが……捕まったら即アウト?冤罪とか多そうだな……怖すぎる)


 二人の会話を聞き、センが戦々恐々としていると、ケリオスが軽い口調でセンに問いかける。


「センも処刑を見にいくか?俺達の隊の連中は殆ど顔見知りだし、特等席で見れるぞ?」


「……いや、俺はそう言うのは興味ないな」


(寧ろ積極的に見たくない。当日は人だかりに近寄らない様にしよう……うっかり目に入ったら最悪だ)


 処刑が一種の娯楽という話はセンも聞いたことがあったが……流石にそれを娯楽と捉えられる程センは擦れていない。


「まぁ、センはお上品な所があるしそんなもんか。あぁ、処刑で思い出したが……」


(それで思い出したことをニコニコと告げるのは止めて貰いたいんだがな……)


 あっけらかんとした様子のケリオスにセンは内心ため息をつくが、そんな思いは伝わらない。


「俺の元上司。今は詰所の地下牢に入っているんだが、今度、話を持って行った中隊長のいる詰所に移送するんだ。悪いけどセン、そいつの事見ておいてくれるか?万が一逃げ出した時の為に」


「あぁ、そのくらいお安い御用だ」


 思っていたよりも軽い話題だったのでセンは快く引き受ける。


「助かる、詳しい日取りが決まったら連絡するわ。それじゃぁ、ライオネルさん。私はそろそろ失礼します」


「ありがとうございました、ケリオス殿。何かあった際は我が家をお尋ねください。出来る限り協力いたしますぞ」


「ありがとうございます」


 ケリオスがハウエンに案内されて部屋から出ていくのを見届けた後、センは今後の予定をライオネルと決めた後屋敷を後にした。


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