第37話 笑顔



「今回の……誘拐の件は何とかなったが、次も同じように上手くいくとは限らない。だからここで……」


「「嫌です!」」


 センの言葉を遮り、ラーニャとニコルが叫ぶ。

 そのあまりの声量にセンが面を喰らっていると、椅子から立ち上がりセンの横に来たトリスがしがみつきながら言う。


「兄様は……私達がいると迷惑……?」


「……いや、そうは言わないが」


 普段とは違う、怯えを含んだトリスの声音にセンは若干歯切れが悪くなる。


「私達は、確かにセンさんに比べたら何も出来ない子供です!でも、貰ってばかりじゃなくって、何か一つでもいいからセンさんのお役に立ちたいんです!」


「……いや、ラーニャ。そう言う話ではなく……」


 椅子から立ち上がり、強い意志を込めて言うラーニャに押されるように口籠るセンに、更にニコルが畳み掛ける。


「兄さん!僕は兄さんみたいに強くなりたいんです!傍で兄さんを見ながら強くなって、いつか兄さんを助けたいんです!」


「あ、あぁ、だからニコルもな?そう言う話ではなく……危険だって話をしていてな?」


 子供たちの激しい反応にセンは狼狽えた。

 しっかりしているように見えても、彼らはまだ十歳前後の子供だ。センの話す危険や理由なんてものはどうでも良く、ただ好きな人と別れたくない……その一心で三人はセンに縋りつく。

 これもまた、センの失敗であろうことは間違いない。

 三人の瞳が揺れ、今にも涙が零れそうになった瞬間センが慌てながら口を開く。


「ま、まて。もう少し話を聞いてくれ!あー、あれだ」


 若干しどろもどろになりながらセンが口を開くが、意味のある言葉になっていない。

 恐らく、世界広しと言えど、センをここまで動揺させることが出来るのは、この三人を置いて他にはいないかもしれない。


「先ほども言ったが……俺にはやらなければならないことがあってな?その為この街を離れようと考えているんだ。ここみたいに安全の確保が出来るかどうか分からないし、慣れていない場所に行くのはそれだけで色々と苦労がある。俺としては、ライオネルさんの世話になった方が、良い暮らしと仕事にありつけるんじゃないかと思うのだが……」


「「着いて行きます!」」


 センがここに残った方がいいと口にすると、間髪入れずにラーニャとニコルが決壊寸前と言った瞳に力を入れて叫ぶ。


「……トリスはずっと兄様と一緒に居る……兄様が嫌だって言うまでずっと一緒に居る」


 センにしがみついているトリスは力を込めてセンに自分の気持ちを吐露しているが……その言葉を聞きつつも、センは自分の腕がそろそろ折れるか千切れるかするのではないかと心配している。


「……兄様は、トリスと一緒にいるのは……嫌?」


「そんな事は無いが……」


 そこまでセンが言ったところで腕にしがみついていたトリスが座っているセンの膝へと登り、今度は正面から抱き着いた。


「……トリスはずっと兄様と一緒」


 抱き着かれたセンは若干困ったような表情をしたものの、トリスの頭を軽くぽんぽんと撫でる。撫でられたトリスはぐりぐりとセンの胸に顔を擦り付けた後、後ろを振り返って愕然とした表情でトリスを見ているラーニャに対し、にやりとしてみせる。勿論、センからは見えない角度でだ。


「と、トリス!貴方!」


 ラーニャの上げた声に反応したセンが、向かいに座るラーニャの顔を見ると、慌てたように首や手を振ったラーニャが口を開く。


「私も!センさんと一緒にいます!ずっといます!」


「兄さん!僕も一緒に居たいです!」


 ラーニャに続き横に座るニコルも必死な様子でセンに言う。


(参ったな……一ヵ月程度の付き合いとはいえ、この子達にとって、俺は初めての保護者だ。インプリンティングとは少し違うが……ここまで懐かれてしまうとは予想外だ。正直、俺一人であれば逃げ隠れするのはそんなに難しくないと考えていたのだが……この子達と一緒に居るという事は、この子達の事を本気で考え守っていく必要がある。俺にそれが出来るのか?)


 黙り込んでしまったセンを見てラーニャ達の表情が不安そうに揺れる。

 その表情を見たセンは、自分の考えが非常にくだらない事であることに気付いた。


(俺はこの世界で生きていくしかない。その上で誰とも縁を結ばずに生きていけるとでも?この子達だけじゃない、この街で既に俺は多くの縁を結んでいる……そもそもこの世界に起こる災厄の対抗手段として、他人の力を当てにしている俺が、その他人を守る事に躊躇ってどうする?そこは全力を尽くして初めて義務を果たせるのではないか?)


 そこまで考えたところでセンは笑顔を見せる。


「……センさん?」


(仮であっても保護者を称するなら、この子達が俺の手を必要としなくなるその時まで守ってやる……いや、一緒に居て見守っていくことこそがこの子達に対する義務……いや、違うな。どうして俺はこうも理屈っぽいかね。この一か月の生活は、俺が考えていたよりも遥かに穏やかで楽しい物だった。それ以外の理由は良いだろう)


「すまない、不安にさせたな。少し話が戻るんだが……俺はこの街を出て新しい街へと行く」


「「……」」


 センは笑顔を見せながら三人に優しく言い、三人は固唾を飲んでそれを聞く。


「だから俺について来てくれないか?」


 センの言葉に満面の笑みを浮かべたラーニャとニコルが、既に抱き着いているトリスを押しつぶす様にセンに抱き着いてくる。

 苦し気なうめき声を漏らすトリスに苦笑しながら、三人の頭を撫でるセンはいつものビジネススマイルとも皮肉気な笑みをも違う、少しだけ爽やかな笑みを浮かべていた。


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