2章 秘密

取引9 お付きメリッサ


 大学の厚生棟。講堂や教室などから離れた場所にある、サークル施設や生協、学食といった、学生生活のために建てられた施設。普段は学生達がごちゃごちゃしているので苦手な米太だが、現在3コマ目真っ最中ということもあり、人はまばらだった。

 中でも遺失物保管コーナー、と書かれたその場所は、ただ透明のプラケースに、文房具や靴下などが展示されているだけだ。殺風景すぎて誰も寄り付かない。その場所で一人、迷子のように周囲を見回す人物がいた。


「……あの、もしかして、忘れ物か?」


 不振に思われないように、なるべく自然を装って米太が声をかけると、


「……?」


 水色髪の少女がこちらをふり返る。サマーニットに細身のパンツを合わせたシンプルな姿。くせ毛ショートという素朴な髪形なのに、背格好がスラっとしているせいか、不思議とサマになる。透き通るような髪色に似合う整った顔だちは、ボーイッシュでクールな印象を感じさせる。


「……はい。そちらは、職員の方ですか?」

「や、学生だよ。けどここ、説明が何も書いてないし、システムわかりづらいから……」


 不審に思われないように、なるべく自然を装う米太だが、


「……親切ですね。さすが日本人、きっとオモテナシの心というやつでしょう……」


 そんな懸念をよそに、水色髪の少女は穏やかな顔をする。近くで見ると中々の美少女だった。そしてこの人物こそが、昨日のパソコン室で、ミアを探していた張本人。


「あの、俺、花野井、米太。キミと同じ一回生だ。……よろしく」

「私は、メリッサ。留学生です」


 自然を装うあまり思わず手を差し出すと、メリッサはじっと米太の手を不思議そうに見つめる。握手なんて柄にもないことを求めてしまったことを後悔するが、かと思うと、ぎこちなくメリッサから手が差し出され、照れ隠しにブンブンと音が出るくらい大げさに握手をした。メリッサは、


「……それにしても、どうして学年を知っていますか?」

「有名人だからな、キミら。人気者は何かと大変だよな」

「……いいえ、実は見られるのは好きです。でも、なぜか、誰も見るだけで話しかけてくれないのです。こっちから話しかけても、返事がない。……やっぱり日本人は奥手なのでしょうか?」

「どうなんだろうな。でもほら、キミらみんな美人だし、きっと内心では友達になりたいって思ってるんじゃないか?」


 自分なら絶対言わないだろう返しも、半ば演技と思っていても、言った自分が恥ずかしくなる。タメ口もしかりだ。しかし、米太の葛藤とは裏腹に、


「そうですか、……ありがとうございます。その点、貴方は口が達者ですね……」

「そりゃどうも。それで? 忘れ物は、何を忘れたんだ?」

「あ、そうでした。ライセンス……学生証? あの、カードのやつです」


 メリッサが、両手の人差し指で空を四角くなぞる。この大学の学生証にはICチップが付いていて、講義の出席や証明書の発行に必要となる。正直、失くしちゃいけない上位に入る。


「んー、ここにはないと思う。持ち主の情報がわかる物は、大学から連絡が行くはずだから」

「そうですか、……それは、困りました……」

「……とすると、後は警察だな。手続きに時間はかかるけど、学外ならそっちの方が確実だ。近くの交番の場所、教えようか?」

「それは助かります」

「ほら」


 言いながらスマホを取り出し、地図を表示して近くの交番を表示する。


「すみません、ちょっとお借りしてもいいですか?」

「ああ、構わない」


 メリッサは米太のスマホを受け取ると、もう片方の手で自分のスマホを取り出し、てきぱきと何かを入力していく。何気なく眺めていた米太だが、


「あの……」

「?」

「そんなに見られると、気が散るのですが……」

「ああ、すまない」


 慌てて視線を逸らす。そのまましばらく待ってから、


「どうも、ありがとうございました」

「お安い御用だ、気にしないでくれ」


 米太がスマホを受け取った時、ピコン、と前方から通知音がして、


「……? ……あ、なんという最悪なタイミング」

「どうした?」

「いえ、実はさっきの落とし物、落としたのは、もう一人の留学生だったのですが……」

「あの、金髪の人?」

「ハイ、でも今、勘違いだったと連絡が。……ハァ、……これだからミア様は」

「よかったじゃないか。何にせよ、探し物が見つかったんだし」

「……ポジティブな人ですね。せっかくの親切を無駄にしてしまい、こちらとしては申し訳ない気持ちで一杯ですが」


 一切表情を変えないまま、メリッサが言う。米太は最大限に爽やかな笑みを浮かべ、


「気にしなくていいさ、……またどっかの講義で被ったら、挨拶でもしてくれ」

「それはもちろん。……この度はどうもでした、それではまた、花野井くん」


 手を振り合って別れる男女。まるでリア充のやりとりだな、と、米太は内心冷めた感想を漏らしつつ、顔に張り付けた営業スマイルを崩さない。メリッサの姿が見えなくなった瞬間、


「……ハァ。まずは手はず通りか……」


 意味深な一言を漏らす米太が、スマホを取り出す。取引メッセージ画面は、ミアへの送信済みのメッセージが、二分前に送信されたことを表していた。

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