第52話 死にたい私とクリスマスイヴ

 マスターさんからは休む許可を取れて、あとは二十五日クリスマスが来るのを待つだけになった。そんな二十四日クリスマスイヴの今日、朝から出勤することになった私は開店十分前にフォレストに着いていた。


「おはようございます」

「おはよう、朝から来てもらってごめんね。今日はクリスマスケーキの受け渡しとかもあって忙しくて」

「いえいえ、明日働かない分頑張ります!」

「そこまで気を使わなくていいんだけどね。バイトなんだからさ」

「そうですけど、クリスマスって客足増えますし」

「まぁ大丈夫だよ。昔は一人でなんとかしていたからさ」


 休憩室に荷物を置いてフロントの清掃を軽く行う。いつもなら先に来ているのに、今日は全ての席の清掃を終わらせても響也きょうやくんは来なかった。


「マスターさん、響也きょうやくんは今日オフですか?」

「いや、今日は来るはずだけどね。休みの連絡もないしどうしたんだろ」


 明日は映画を見に行くのに大丈夫なのかな。連絡しても既読が付いてくれない。寝ているだけならいいんだけど……。


 開店しても響也きょうやくんはやってこない。今日はクリスマスイヴということもあり、開店してすぐに男女ペアのお客さんが入ってくる。


「いらっしゃいませ! 二名様ですね。席へご案内させてもらいます」


 二名を案内しているうちにまたドアベルの音が聞こえてきた。


「あ、ご注文がお決まりしましたらお呼びください」


 すぐに入口へ向かう。いつも響也きょうやくんはこんな忙しかったんだ。


 確かに一人アルバイトが増えるだけで忙しさが格段に変わってくる。今でも手一杯なのに、客足は伸びる一方で休む暇がない。マスターさんは厨房から出られなくなったらしく、私がフロントの仕事全てを行うことになった。


 ずっと動いているので足が疲れる。それでも接客を続けて、お客さんがいなくなったのはお昼の二時を少し過ぎたあたりだった。


「お疲れ様、よく一人で捌ききれたね」

「まだまだですよ。お客さんを待たせることも多かったですし」

「今日は特に人が多かったからね。多少は仕方ないよ。何か食べたい料理はあるかい?」

「サンドイッチのランチセット貰ってもいいですか」

「はいよ」


 今日はお弁当を持ってこなかったので言葉に甘えさせてもらう。マスターさんが厨房に入ったのを見送って私はスマホを取り出した。響也きょうやくんはまだ既読を付けていない。一応電話を掛けてみる。


 しかし出てくれない。最後まで音を聞き続けると画面に『もう一度通話を掛けますか』と表示された。


 もしかして何か事件に巻き込まれたのだろうか。不安が込み上げてくる。一度そういうことを考えたら嫌な想像が止まってくれない。


 風邪、交通事故、誘拐、通り魔。


 どうしよう、家に行った方がいいのかな。でも私響也きょうやくんの家知らないな。


 賄い料理を待っていると、またドアベルの音が店内に響く。


「いらっしゃいませー!」

「やっほー涼音すずねちゃん。イヴだというのにバイトお疲れ様。ってあれ? お客さん全然いないんだね。もしかして不況?」

しずくちゃん!」


 しずくちゃんの姿を見るとなんだか元気が出てきた。カウンター席に案内して私も隣に座る。


「どうして『フォレスト』に? 遊びに行ってたんじゃないの?」

「それがさ~、遊びに行く友達の一人が風邪ひいちゃって。流石にその子抜きで遊ぶのは気が引けたから今日は中止にしたの」

「へぇ」


 一人抜きにして遊びに行かないんだ。そういうところが優しいというか、しずくちゃんのいいところだよね。


「それでそっちは? デートはどう?」

「で、デート⁉」


 デートという言葉に反応してしまう。あれ、しずくちゃんに響也きょうやくんとデートすること話したっけ?


「あはは、反応面白すぎ。いつものバイトデートには慣れたか聞いてるの」


 そういうことか。ただからかっていただけなのね。


「デートじゃないって。それに今日は響也きょうやくん休みなの」

「へぇー珍しい。風邪でも引いたのかな」

「それがさ、無断欠勤だから何も分からないんだ」

「珍しいね。響也きょうやが無断欠勤。もしかして……」


 思い当たる節があるのか顎に手を当てる。


「何か知ってるの⁉」

「いやー、知ってるってほどあたしも響也きょうやについては知らなくてさ」

「幼馴染なのに?」

「うん、あたしと違って全然人に頼らないから。それに泣いてるところや弱音を吐いてるところも見たことないかも。全部一人で背負い込んでる。……だから……」


 そこまで言ってしずくちゃんは首を横に振った。


「やっぱなんでもない。そんな心配しなくてもいいよ。どうせふら~っと現れて『無断欠勤してすみません』とか言って戻ってくるからさ」

「そう……だよね」


 一応頷いておく。それでも不安の種は消えそうにない。ずっと胸の中で渦巻いている。未だに嫌な想像も止まってくれない。万が一響也きょうやくんの身に何かあったらと考えるだけで『フォレスト』を飛び出したくなってしまう。


「ねぇ、響也きょうやくんの家の場所教えてくれない?」

「どうして?」

「ちょっと響也きょうやくんの様子が気になってね。後で行ってみようかなと」

「時間帯的には夜……だよね」

「バイト終わりだからそうなるけど」

「じゃあやめといたほうがいいんじゃないかな」

「え、どうして?」


 しずくちゃんが真面目な顔をしていたから理由を聞いてみる。しかし次に口を開こうとした顔はニヤリと口角を上げていた。


「そりゃあ夜に男の子の家に行ったら狼に襲われるぞ~」

「狼? 夜に口笛を吹くと蛇が出るとかそんな感じかな?」

「あーはいはい。そういうことだから行っちゃダメだよ」


 なぜか呆れたような声を出される。なんで呆れているんだろう。


「あ、いつもの頂戴」

「分かった。キャラメルラテのホットね」


 伝票に書き込んで厨房へ向かう。そこでちょうどサンドイッチを作り終わったマスターさんがやってきた。


「あ、しずくちゃんから注文来ました」

「オッケー。キャラメルラテのホットね。賄いはできたから持って行っていいよ」

「ありがとうございます」


 自分でお皿を持ってカウンター席に向かう。


「わー美味しそう」

「いいでしょ? 賄い料理なんだよ」

「いいなぁ。あたしもバイトしようかな」


 少し雑談しながら席に座る。働きすぎて空いたお腹を満たすように大きくサンドイッチを口に含んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る