第52話 死にたい私とクリスマスイヴ
マスターさんからは休む許可を取れて、あとは
「おはようございます」
「おはよう、朝から来てもらってごめんね。今日はクリスマスケーキの受け渡しとかもあって忙しくて」
「いえいえ、明日働かない分頑張ります!」
「そこまで気を使わなくていいんだけどね。バイトなんだからさ」
「そうですけど、クリスマスって客足増えますし」
「まぁ大丈夫だよ。昔は一人でなんとかしていたからさ」
休憩室に荷物を置いてフロントの清掃を軽く行う。いつもなら先に来ているのに、今日は全ての席の清掃を終わらせても
「マスターさん、
「いや、今日は来るはずだけどね。休みの連絡もないしどうしたんだろ」
明日は映画を見に行くのに大丈夫なのかな。連絡しても既読が付いてくれない。寝ているだけならいいんだけど……。
開店しても
「いらっしゃいませ! 二名様ですね。席へご案内させてもらいます」
二名を案内しているうちにまたドアベルの音が聞こえてきた。
「あ、ご注文がお決まりしましたらお呼びください」
すぐに入口へ向かう。いつも
確かに一人アルバイトが増えるだけで忙しさが格段に変わってくる。今でも手一杯なのに、客足は伸びる一方で休む暇がない。マスターさんは厨房から出られなくなったらしく、私がフロントの仕事全てを行うことになった。
ずっと動いているので足が疲れる。それでも接客を続けて、お客さんがいなくなったのはお昼の二時を少し過ぎたあたりだった。
「お疲れ様、よく一人で捌ききれたね」
「まだまだですよ。お客さんを待たせることも多かったですし」
「今日は特に人が多かったからね。多少は仕方ないよ。何か食べたい料理はあるかい?」
「サンドイッチのランチセット貰ってもいいですか」
「はいよ」
今日はお弁当を持ってこなかったので言葉に甘えさせてもらう。マスターさんが厨房に入ったのを見送って私はスマホを取り出した。
しかし出てくれない。最後まで音を聞き続けると画面に『もう一度通話を掛けますか』と表示された。
もしかして何か事件に巻き込まれたのだろうか。不安が込み上げてくる。一度そういうことを考えたら嫌な想像が止まってくれない。
風邪、交通事故、誘拐、通り魔。
どうしよう、家に行った方がいいのかな。でも私
賄い料理を待っていると、またドアベルの音が店内に響く。
「いらっしゃいませー!」
「やっほー
「
「どうして『フォレスト』に? 遊びに行ってたんじゃないの?」
「それがさ~、遊びに行く友達の一人が風邪ひいちゃって。流石にその子抜きで遊ぶのは気が引けたから今日は中止にしたの」
「へぇ」
一人抜きにして遊びに行かないんだ。そういうところが優しいというか、
「それでそっちは? デートはどう?」
「で、デート⁉」
デートという言葉に反応してしまう。あれ、
「あはは、反応面白すぎ。いつものバイトデートには慣れたか聞いてるの」
そういうことか。ただからかっていただけなのね。
「デートじゃないって。それに今日は
「へぇー珍しい。風邪でも引いたのかな」
「それがさ、無断欠勤だから何も分からないんだ」
「珍しいね。
思い当たる節があるのか顎に手を当てる。
「何か知ってるの⁉」
「いやー、知ってるってほどあたしも
「幼馴染なのに?」
「うん、あたしと違って全然人に頼らないから。それに泣いてるところや弱音を吐いてるところも見たことないかも。全部一人で背負い込んでる。……だから……」
そこまで言って
「やっぱなんでもない。そんな心配しなくてもいいよ。どうせふら~っと現れて『無断欠勤してすみません』とか言って戻ってくるからさ」
「そう……だよね」
一応頷いておく。それでも不安の種は消えそうにない。ずっと胸の中で渦巻いている。未だに嫌な想像も止まってくれない。万が一
「ねぇ、
「どうして?」
「ちょっと
「時間帯的には夜……だよね」
「バイト終わりだからそうなるけど」
「じゃあやめといたほうがいいんじゃないかな」
「え、どうして?」
「そりゃあ夜に男の子の家に行ったら狼に襲われるぞ~」
「狼? 夜に口笛を吹くと蛇が出るとかそんな感じかな?」
「あーはいはい。そういうことだから行っちゃダメだよ」
なぜか呆れたような声を出される。なんで呆れているんだろう。
「あ、いつもの頂戴」
「分かった。キャラメルラテのホットね」
伝票に書き込んで厨房へ向かう。そこでちょうどサンドイッチを作り終わったマスターさんがやってきた。
「あ、
「オッケー。キャラメルラテのホットね。賄いはできたから持って行っていいよ」
「ありがとうございます」
自分でお皿を持ってカウンター席に向かう。
「わー美味しそう」
「いいでしょ? 賄い料理なんだよ」
「いいなぁ。あたしもバイトしようかな」
少し雑談しながら席に座る。働きすぎて空いたお腹を満たすように大きくサンドイッチを口に含んだ。
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