第7章
第49話 死にたい私と衝撃の事実
高校二度目の冬休みが始まった。バイトにも慣れてきて、ここ最近はマスターに言われる前に動けている。自分で動いているうちにしっかり働けている実感が湧いてきた。
そんなある日のお昼時、
「いらっしゃいませ!」
手が空いていた私はすぐに入口まで向かう。しかしお客さんの顔を見たところで息が止まった。
「あはは、来ちゃった」
「お、お母さん⁉」
接客に慣れ始めたはずなのに、急に羞恥心が込み上げてくる。顔が熱くなり次に言うはずの言葉が飛んでしまった。
「あ、え、なんで場所が……」
「隣駅にあるカフェをしらみつぶしに探していたの。娘が楽しそうにバイトに行く姿を見ていたら気になっちゃって」
「……席にご案内いたします」
「身内なんだからそんな固くならなくていいのに~」
「…………」
お母さんの言葉を無視して一人用の席に案内する。
「ご注文がお決まりしたらお呼びください」
なんとかセリフを思い出し、お辞儀をしてからマスターさんのいるカウンターへ戻った。平然を装いながらそっと息を吐く。
「お疲れ様、あの人がお母さんか。最近退院したんだっけ?」
「はい、もう完治したらしいので」
マスターさんには病気が治ったと説明してある。今更ながら、保護者が入院中だったのによく私のこと雇用してくれたよね。
「すみませーん」
お母さんに呼ばれてカウンターを後にする。伝票を持つ手に力が入っているのを意識しながらも接客を始めた。
「失礼します、ご注文はお決まりになりましたか?」
「ナポリタンとアメリカンコーヒーのホットください」
「ナポリタンが一つ、アメリカンコーヒーのホットが一つですね。少々お待ちください」
「あ、ちょっと待って」
「はい?」
カウンターへ向かいかけた足を止めて振り返る。お母さんはこちらに体を寄せると耳に顔を近づけた。
「レジで会計していた男の子が目当ての子?」
「ばっ……」
耳打ちされてすぐに離れる。お母さんはすぐこれだ。なんでもかんでも色恋沙汰に持っていこうとする。
「それで、どうなの? 反応でお察し的な?」
「違うからっ!」
これ以上反論してもおもちゃにされるだけなので急いでカウンターに帰る。
「マスターさん、ナポリタン一つとアメリカンコーヒーのホットが一つです」
「ありがと、それにしても仲良さそうにして何話していたのかな?」
「……そんなに仲良く見えました?」
「もちろん、見ていて心が温まったよ」
マスターさんは話題を逸したことに気にする様子もなく、笑顔のまま厨房へ向かわれる。私が話したくないこと察したのかな。やっぱり大人だ。でも若そうな見た目だし、何歳なんだろう。
「あの人が
そこで
「うん。今は私と二人で暮らしてる」
「そうか。ちゃんと見てもらえてよかったな」
昔、『フォレスト』でした響也くんとの会話を思い出す。
ちゃんと私の相談した内容覚えていてくれたんだ。嬉しい……。
「あ、
「もちろん」
お母さんから視線を感じながらもテーブルの片づけを行う。そういえばさっきまでマスターさんは料理で忙しそうだったから全然食器洗いできてない……よね。
テーブルを拭き終わると空になった食器を持って厨房に向かう。案の定洗い物が溜まっていたので食器洗いを始めた。
「あ、助かるよ」
「バイトですので」
「……そういえば
「はい?」
急な質問で手が止まる。もしかしてお母さんとの会話聞かれてた?
「えっと……」
この場合どんな言葉を返せばいいんだろう。
『よく周りを見ていて優しい、頼りになる』なんて好きな人の特徴みたいで言うの恥ずかしいし……。
「あー、ごめんごめん。別に異性としてってことじゃないから。ただみんな
全然私が答えないことで察したのか、ナポリタンを盛る手を止めて訂正してくれる。マスターさんも
「優しくて周りをよく見ている、頼りになる強い人だと思っています」
さっきは言えなかった言葉もスラスラと出てきた。『異性として』という言葉じゃなくなっただけで言えるなんて不思議だ。
「そっか、強い人間か。うん、確かに
特に深い意味はないのに噛みしめるようにマスターさんが私の言葉に頷く。
「でも、僕は弱い人間であってほしかった」
「え?」
思いもしなかったマスターさんの言葉に変な声が零れる。そんな私の声は気にせずマスターさんは言葉を続けた。
「強くてもいつかは限界が来る。でも強い人間はその限界に気付かない。いや気付いても助けを求めない。そのまま、あるときに限界が訪れて……壊れてしまう。でも弱い人間は壊れる前に助けを求めるんだ。そうして自分を救えるんだ」
それなら私は弱い人間だ。
「けど、弱い人間はその分迷惑をかけませんか?」
自分を重ねながら尋ねる。私は
「まぁね。ただ僕は助け合う関係こそが人間にとって良い関係だと思うな。独りで溜め込むのは辛いからね。愚痴を言うだけでも楽になるんだけど……」
心配そうに言葉を零される。きっとそれは
彼が助けを求めたことがあっただろうか。
彼が弱音を吐いたことがあっただろうか。
私の知る限りでは一度もない。幼馴染の
「だから
「もちろんそれはいいんですが、どうしてそこまで
「それは……」
言葉が続いてこない。言うべきかどうか悩んでいる? でもどうして……。
私が疑問に思っているとマスターさんが口を開いた。
「僕と
「え⁉」
流石に驚いてしまう。ちょっと似ているような気もしていたけどまさか親戚だったなんて。
「じゃあ
「いいや、それは僕の姉の再婚相手の名字。僕の名前は
「そう……だったんですね」
今日一番の驚きだ。
今まで仲の良いアルバイターとマスターとばかり思っていた。親戚なんて予想できるわけがない。
「ほらほら、まだお昼時過ぎてないからどんどん食器流れてくるよ。食器洗い任せるね」
マスターさんに注意され、止まっていた手を再び動かす。
マスターさんが
ほんと、なに考えちゃっているんだろ。思考を止めるように頭を空っぽにすると黙々と食器を洗い続けた。
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