第27話 死にたい私と文化祭

 11月2日。月が移り変わってすぐに文化祭が始まった。


 学校内はお祭りムードで包まれており、賑やかというか煩いぐらいだ。廊下を歩けば歩くほど周囲の喧騒が耳に響く。たとえ良い喧騒だとしても慣れそうにない。トラウマと呼ぶほどではないが嫌いだ。あの事件を思い出しちゃうから。


「顔をしかめちゃってどうしたの? 頭でも痛い?」


 隣を歩いているしずくちゃんが心配そうに私の顔を覗き込む。


「いや、そういうわけじゃないんだけどね。賑やかなのが苦手で……」

「そうなんだ。でもさ」


 そう言って私より数歩先に足を進めると振り返った。


「今日は文化祭で、お祭りなんだから! 目一杯楽しもうよ」

「あはは、そうだね」


 思えば最近はお祭りを楽しむことがなかった。去年の文化祭は図書室にいたし、涼香すずかが死んでからは昔遊んでた祭りにも行ってない。


 だったら今日はしずくちゃんの言う通り目一杯楽しもう。


「ほらほら! あそこでチュロスが売られているよ!」

「ちょっと、引っ張らなくても歩けるからぁ」


 しずくちゃんが私の腕を掴んで走り出す。そんなしずくちゃんに連れられて私も文化祭の始まりを楽しんだ。


「はぁ、食べた食べた」

「チュロスにクレープにたこ焼き、ちょっとお昼前に食べすぎじゃないかな?」

「あたしはリハーサルと本番の二回も動くからいいの。それじゃ、絶対本番見に来てね!」

「もちろん! しずくちゃんのミチル、楽しみにしているよ」


 リハーサルの集合場所で別れて独りになる。私はこれから何をしようか。相原あいはらくんはシフトじゃないから教室にいないだろうし、独りで文化祭を回る勇気は持ち合わせていない。なら、やっぱりあそこだよね。


 私は目的地に向かう。向かうにつれて教室も減っていき、展示物もない普通の学校の姿が見えてくる。その中でも一つ、外へ光を漏らしている扉があった。私は中へ入る。そこは去年の文化祭でお世話になった図書室だ。


 文化祭という祭り行事にも図書委員は活動をしている。展示としてオススメ本を紹介カードと共に飾っているだけであるが。それでも開いてくれていることがありがたい。私のような陰キャが独りで時間を潰すには持ってこいの場所だ。


 そう思っていたのだが、一人先客がいたようだ。それも知っている顔の。


「誰か来たと思ったら琴葉ことのはさんか。しずくはどうしたんだ?」

「さっき演劇のリハーサルをしに向かったよ。私は本番までの暇つぶしでここに」


 思いもしなかった出会いからか、独りじゃなくなった安堵からか、嬉しくて相原あいはらくんに近付いた。


「ところで相原あいはらくんはなんでここに?」

「酷なこと聞くんだな。図書委員でもなければここにいる理由は一つしかないだろ?」


 言われてみればそうだ。でも相原あいはらくんの性格なら友達の一人や二人いると思うんだけど。


相原あいはらくんってもっと陽キャだと思ってた」

「そんなわけあるか。俺なんてノリの悪い高校二年生さ。部活も入ってなくて、遊びは全て断っていたら話す相手も消え去った。今ではバイト三昧の生活だよ」

「でもなんでそんなにバイトしてるの? そんなに欲しいものがあるの?」

「俺さ、夢があるんだ」

「夢?」


 唐突な言葉につい聞き返してしまう。すると相原あいはらくんは頬を掻いた。


「ちょっと言うの恥ずかしいんだけど医師とか人を助けるような仕事に就きたくてな。だから大学に行くためにバイトしてお金貯めてるんだ」

「全然恥ずかしくないよ! 立派だし相原あいはらくんならいい医者になれるって」

「ありがと」


 相原あいはらくんは勉強だってできるし私の命を助けるような正義感もある。きっとこういう人が良い医師になるんだろう。


「でも、大学の費用をどうして相原あいはらくんが? 親は出してくれないの?」


 私の言葉に相原あいはらくんは少し黙り、やがて口を動かした。


「……うちってシングルファザーなんだ」

「え?」

「と言っても血は繋がってないけどな。本当の父親は俺が幼い頃に病気で死んで、シングルマザーになった母親は再婚したけど事故死。そのまま今の母親の再婚相手と暮らしてる。それで自分の金で行こうってなったんだ」

「ごめん、聞いていい話じゃなかったよね……」


 実際に身近な人を亡くした私だからこそ、事の重大さがより分かる。昔から一緒にいた人の死は人生を百八十度ひっくり返すようなものだ。それが二人も。私が考えている以上に傷ついたはず。


「悲しそうな顔するなって。昔の話だ。母親の死は結構最近だけど、今じゃもうなんともない」

「なんともないなんて、そんなわけ……」

「ほら、この話はお終いだ。ここは図書室。話すんじゃなくて読書する場所だぞ。だから時間が来るまで本でも読んで待っていろ」


 相原あいはらくんは閉じていた本を開き、一切私の方を見ない。


 本当に両親の死は乗り越えられたのだろうか。それだけ相原あいはらくんの心は強いのだろうか。


 分からない。分からないからこそ、これ以上のこの話を掘り返さないほうが良い。


 私は本を一冊持ってくると相原くんの隣で読み進める。まるでこの空間が文化祭から隔離されているかのように、静かで落ち着ける時間を過ごした。

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