第9話 死にたい私と温もり

「お待たせしました。カフェオレのホットとキャラメルラテのホットです」

「やったー!」

「ありがとう」


 相原あいはらくんが私たちの前に注文した品を置いていく。しずくちゃんがスマホで写真を撮るのを横目に私はコップを手に持った。


「それにしてもしずく琴葉ことのはさんと遊んでいていいのかよ。来週は中間テストだぞ。小遣い消えていいのか?」

「別に遊んでたわけじゃないです~。ここ三日間はちゃんと勉強してました〜」

「ほぉ〜、なら……」


 挑発的なしずくちゃんに相原あいはらくんは試すように暗記問題を数問出題する。今回の範囲では基礎的な問題だ。勉強の成果もあってしずくちゃんはスラスラと答えた。


「なっ……いつも一夜漬けのしずくがもう暗記に手を出しているだと⁉」

「ふふっ! あたしってやればできる子だから!」


 完全に勝ち誇った顔をするしずくちゃん。早めに暗記系の重要なところを纏めていてよかった。


「こりゃ、二桁順位目指せるんじゃないか?」

「そう? まぁ確かに全教科ある程度できるようになったしいけるかも」

しずくちゃん、それは流石に言い過ぎじゃない? まだ一回しか問題集解いてないでしょ?」


 調子に乗っているしずくちゃんにブレーキをかけさせる。いつもよりはできると思うけど、学力というのはそう簡単に上がるものではない。


 私たちが通う高校は三百名近くの生徒が通っている。順位が真ん中より下のしずくちゃんからしたら大体五十位ほど上げないといけないのだ。


琴葉ことのはさん、しずくに何やらせたんだ?」

「えっと、終わってない課題とまだ習ってない範囲をさらっと予習させたくらいかな。あと重要そうなところの暗記」


 ここ三日間にしたことを思い出しながら口に出す。予習と言ってもテスト範囲のページを読ませて、週明けの授業で定着しやすくするためにしただけだ。


「そうか……やっぱり二桁に行けるんじゃないか?」

「え?」


 それでも意見を覆さない相原あいはらくんに声が漏れる。


琴葉ことのはさんも疑問に思わなかったのか? コイツ、異常なほど飲み込み早いんだ」

「確かに言ったことは大体すぐに覚えていたけど定着は無理じゃない?」

「それができるのが秦野はたの しずくってやつなんだよ。全ては無理だが良くて八割ぐらいは定着するんだ。いつもテストの順位が普通なのはテスト前に遊んでるコイツに問題がある」


 私なんて勉強して半分定着していたらいい方なのに。そのスペックが羨ましい。相原あいはらくんの言葉が信じられず、しずくちゃんの顔をじっと見つめる。


「もう、そんなに見つめられたら恥ずかしいよぉ〜」

「ご、ごめん」


 目が合って思わず視線を外した。それにしても相原あいはらくんが言っていたことが本当なら、頑張れば二桁順位を目指せるだろう。


 中間テストは来週火曜日から金曜日までの四日間。しずくちゃんからすれば残り一週間もある。そういえば『彼女』も試験一週間前から勉強始めて一位取ってたな。


 私にとっては一週間しか……だけど。もうすぐ一週間を切るんだ。そろそろ追い込みを始めないと。


「今日は初めて見るお客さんがいるなぁ」

「あ、マスター」


 声と共に奥から若い男性が現れた。見た目は三十代くらいで、お父さんよりは確実に若い。私の中のマスターは老けた印象があるので違和感を覚えた。悪いけどマスターよりも店員という言葉の方が似合うと思う。


秦野はたのちゃんもいらっしゃい。いつも来てくれてありがとうね。お隣は友達かな?」

「はい! クラスメイトの琴葉ことのは 涼音すずねちゃんです」

琴葉ことのは……あ、彼女が例の学年一位の生徒さんか」


 マスターさんに顔をマジマジと観察される。あまり異性の視線に慣れていないので恥ずかしい。


「マスターさん、それ涼音すずねちゃんに対するセクハラですよ」

「あぁごめんごめん」


 しずくちゃんの言葉ですぐに頭を下げるマスターさん。しかし本当に悪びれた様子はなく相原あいはらくんの肩に手を置くとサムズアップした。


「可愛い子じゃないか。響也きょうやは彼女と一緒にお昼を取っていたのか。羨ましいねぇ〜、青春してるねぇ〜」

「ちょっ! マスター⁉」

「大丈夫、お似合いだよ」

「なんの話してるんですか!」


 珍しく動揺する相原あいはらくん。いつもクールな面しか見てなかったけど、こんな顔するんだ。


「え! 二人って一緒にご飯食べてたの⁉」

「つい最近はな」

響也きょうやは食堂で食べてなかった?」

「中間二週間前に勉強がてら、昼休みに屋上行くと琴葉ことのはさんがぼっち飯してたもので」

「ぼっち飯なんて言わないでよ……」


 しずくちゃんにはあまり知られたくなかったのに。


涼音すずねちゃん一人で食べてたの⁉ 確かに昼休みになったら姿見なくなってたけど、屋上にいたんだ……。誘ってくれたら一緒に食べたのに」

「でもしずくちゃんには前々から一緒に食べてる友達がいるでしょ?」

「そうだけど、涼音すずねちゃんが一人なら放っておけないよ!」


 私の左手がしずくちゃんの小さな両手に包まれる。


 温かい……人の手ってこんなにも温かいんだ。


「ありがと、でも気持ちだけもらうよ。私はいつも勉強ばかりしてるし」

「そんなの気にしないよ。あたしは涼音すずねちゃんと一緒にいたいんだから」


 そんな嬉しいことを言われて断れるほど私は強くない。だからしずくちゃんに笑顔を向けた。


「うん。分かった。本当に、ありがとね」

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