第23話 「ひっつみ汁」の思い出
おれの母は岩手県出身である。
今から約40年ほど前、母がおれを出産するにあたり、岩手県の内陸にある町に里帰りしたのだが、当時産科のある総合病院はそこから車で片道1時間30分ほどかかる沿岸の町にしかなく、分娩当日はやっとの思いで出産しに言ったという話を聞く度に、改めて昭和という時代のすごさと、里帰り出産の意味とは・・・といった感想が頭の中を駆け巡る。
現在おれが住んでいるのは岩手県ではないが、そんなこんなで、岩手県のグルメは母がよく作ってくれたというのもあり、割と思い入れがある。うちは見知らぬ献立が食卓に並ぶとき、予めて「これは母の実家がある岩手県の郷土料理なんだよ」という説明がなされていたので、自分以外のクラスメイトは誰も判らない謎グルメ、みたいな状況がなかったというところは、母に感謝すべきだろう。
岩手県には「わんこそば」「冷麺」「ほや」「南部せんべい」などメジャーなグルメが多いが、あまり知られていない郷土料理に「ひっつみ汁」というのがある。自分はこれが好きで、自分にとっては岩手県を代表する郷土料理ならこれだろう、というグルメである。
ひっつみ汁というのは「手で引きちぎる」の方言である「ひっつむ」から来ており、簡単に言えば「すいとん」のようなものである。薄力粉を練って指でひっつみ、それを醤油ベースの鶏だしスープに入れて具材と煮れば出来上がり。団子とうどんの中間のようなひっつみの存在感が麺類の如くたのもしく、具材も鶏肉と野菜、きのこ類を中心にいろいろと入っていておいしい。
それなりに有名な郷土料理で、食べられている範囲も広いので、岩手県市中のごはん処では「ひっつみ定食」なるものが提供されていたりもする。鶏だしスープをベースとしたけんちん汁にひっつみが入っており、それを味わいながら米飯なども頂くという寸法だ。ネギと七味唐辛子が絶対に合うので、入れ忘れてはいけない。
最近調べたところによると、おれが生まれたその沿岸の病院は3.11の大津波で無くなってしまったそうで、まあ40年も経てば生まれた病院なんて無くなっていても不思議ではないのかもしれないが、そういった出来事で岩手県の近状が目に飛び込んでくると、ふとこの「ひっつみ汁」を食べたくなるときがある。まあ、母はまだ健在で、妹夫婦が帰省すると妹の好きなひっつみ汁を作ったりしているので、食べようと思えばまだ食べられる機会はあるのだが。
父母がそれぞれ違う都道府県の出身だと、このように名物も異なるので、食生活におけるバラエティがかなり豊かになるということがあったりする。おれがこうしてひっつみ汁のことを書こうと思ったのも、その土地その土地の名物というものが、知らないうちに体に染み込み、子や孫のDNAに練り込まれ、受け継がれていくものだからなのかもしれない、などと考える。
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