第28話 それが永遠の別れでも
「おそいなあー」
ルイは、ハイドを待っていた。ソファのうえでゴロゴロしたり、落ち着かなくなってそわそわと歩いたりしながら、魔王城のロビーで、ハイドの帰りを待ちわびる。
寝る前の時間、すこしぐらいなら遊んでくれないかな。そんな思いでいると、一緒にいてくれたシルフィアが急に、焦りながら姿を消してしまった。それを見てからルイはなにか胸騒ぎがして、そわそわと落ち着かなかった。
だれかが帰ってきた。
ルイは口を開けながらふり返ってみると、ふたりが横たわっていた。
だれよりもはやく、ルイは走り出した。帰ってきたシルフィアとハイドのほうでなく、こんなときに力になってくれそうな人物のもとへ。
見ただけで、まずいとわかってしまった。ハイドの腹には嫌な感じがするナイフが突き立てられている。シルフィアには、ハイドを抱きしめる手さえなかった。
「おねーさん!! シルフィとおにーさんが重症。すぐに来て!! 入口のところ!」
コルトの部屋の扉をあけ放ち、そう言い切ると、なかのコルトが目の色を変えた途端にルイは走りだす。
ニンファの花園で、盛大にジャンプした。菜園にいるニンファを見つけると、ルイは空中で姿勢を変え、空気の壁を蹴り飛ばす。一直線に、ニンファのもとへと向かった。
「りんごちゃん、おにーさんとシルフィが大変なの。たすけて!」
ニンファが返事をする前に、ルイはエルフの身体を抱えて飛び出した。
魔王城の入り口では、すでにコルトと騒ぎを聞きつけたリースメアが到着していた。そこに、ルイとニンファも駆けつけた。
「……最悪の状況ね」
「だれか腕つなげられる? コレ抜きたい」
「天使よ、一体なにがあったのだ」
ルイに連れて来られたニンファは、すぐに自分が成すべきことをなした。
「大地よ、土の精霊よ。かの者に母なる命をわけあたえたまえ。〝アース・ヒール〟」
ハイドの周りに植物の蔦が生まれ、ゆりかごが作られた。天然のベッドのうえでハイドは静かに回復のときを待つ。
痛々しく刺されたナイフは、いまだ抜けずニンファは目を逸らしてしまいそうになる。
「教えてくださいます? なんなんですの、このナイフは。精霊が近寄れませんわ」
「〝不死殺し〟の魔剣よ。一度刺さったら、触れたものすら殺すみたい。でも、抜くしかないわよね。ハイドが苦しんでる」
「ダメ。さわらないで。触れたら煉獄の炎で焼かれる。メアでも抜く前に死ぬよ。こうなる」
さきのない右腕は、赤黒く焼きただれていた。水泡も形成できないほどに、組織が破壊されている。
「煉獄の炎とな。腹立たしい……小僧を目の前にして、なにもしてやれぬとは」
「肘でも、抜けるかな。マスターが死ぬよりいいよね」
シルフィアがハイドに近づきためらうことなく、剣に近づこうとする。あわてて止めるのは、リースメアだった。
「待ちなさい、シルフィア。許可できないわ」
「離して。彼を救うのに、だれの許可がいるの? いらないでしょう」
「……天使よ。小僧はもう、助かる可能性は低い。お主まで、その……巻き込まれることもなかろう」
コルトは、言いにくい事実を言葉にした。
天使が感情をあらわにした叫び声が響いた。リースメアとコルトがふたりで必死に抑えるなか、ニンファはハイドの顔色を見る。だんだんと、弱よわしくなっていた。
「うそでしょう。ニンゲン……だから、短命種族は苦手なのです。こんなにも生きようとして、明日のために種までまくのに、急に眠ってしまうだなんて……。知ってしまうと、切なすぎるではありませんか。ああ、義理堅いあなたは、最後まで希望の種を離しはしてくれませんでしたのね」
体温の下がりかけている手を握るニンファは、ハイドに向かって語りかける。自分との約束を守り、律儀に種の入ったペンダントを身に着けていることに、泣きそうになっていた。
「……なんで、あなたが」
ニンファは、ハイドに刺さっているナイフを見た。
――これさえ抜いてしまえば、かなしい思いをしないですむ
命の危険があることを知りながらも、ニンファはだれにも気づかれないようにそっと〝不死殺し〟へと手を伸ばした。
手は、横から出てきた手が止めた。
「しーっ……ばいばい」
ルイはニンファの目の前で、やさしくハイドを抱きしめ持ち上げる。そのまま誰にも気づかれないほど素早く城内へと消えていった。
ニンファは止められなかった。溢れ出てくる愛しさに胸をいっぱいにしていた。
――ばいばい
ルイのそんな言葉が、いつまでもニンファのなかで木霊する。
「おにーさん、おにーさん。おにーさんっ、おにいさんっ」
ルイは、広々とした草原の中心にハイドを降ろした。尻尾をゆらし、ハイドの名前を呼び続ける。
「なんだかね、これが最後って思うと世界がきらきらーって光っちゃうの。きっと、おにーさん、苦しいよね。でもね、ごめんね。ちょっとだけ、付き合ってほしいんだ。困っちゃうかな」
ルイは泣きそうな笑顔で、ハイドに言う。
「あのね、おにーさんとルイね。ずうっと前に、会ってるんだよ。ルイはそのときね、オオカミの姿しかできなくて、おにーさんを襲っちゃってもね、おにーさんはルイのこと、助けてくれたんだよ。そいえば、そのときルイもお腹に傷があってコルトおねーさんに絵を入れてもらったんだ。えへへ、おにーさんと同じ位置だね」
ハイドの腕についている傷をなつかしむように撫でながら、ルイは語りかける。言葉は届かなくても、想いだけはここにおいていこうとしていた。
「ルイはね、おにーさんに助けられたことがあるんだよー。だからね、今度はルイの番なんだ。ほんとはね、もうちょっとだけおにーさんと一緒にいる時間があったらうれしかったんだけど、これって、ルイが欲張りなだけかも。いっぱい遊んでもらったから、ルイは大丈夫です」
ルイは唇を歪ませ、目から溢れる涙をぬぐった。
「……なんかね、なんかね。言いたいこと、あってね。でもね、わかんなくなっちゃってね」
子供のようになきじゃくるのを止められない。ルイは、大きく息を整えると涙を拭いた。
赤い瞳は、しっかりとハイドを見つめて、最後に笑う。
「えへへっ。おにーさん、だいすきだよ」
ルイはハイドに覆いかぶさり胸に額をくっつけ、左手を置く。
耳をすませば聞こえるハイドの心臓の音。それと、ひとつになるのは悪くないと感じていた。
ルイの右手は、鈍い銅色のナイフの柄にかけようとする。
「ルイはね、おにーさんの前から消えちゃうかもしれないけど、探さないでね。あとね、おにーさん。負けないで。ぜったい、ぜったい、助けるから。幸せになってね」
言い切ると、ルイはハイドにお別れを告げた。言ってしまうと、さみしくなるので決して口には出さなかった。ハイドを助けるためならば、永遠の孤独にも耐えられると強く誓った。
――例え死ぬとわかっていても
「負けるもんかあああああああああああああ」
ルイはハイドに突き刺された〝不死殺し〟の魔剣に挑む。
痛みを与え続け刺したものを殺す魔剣。刺された剣に触れたものをも焼き殺すルール。正面から、魔剣を打ち破らんと戦いに挑んだ。
ルイの体が、黒い炎に覆われた。炎のなかで、ルイはもがき苦しむ。
希望だけは決して離さななかった。
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