第35話 聖剣

フルコンプリートがレンタルしている体育館

その床に、息も絶え絶えの郷間兄妹が転がっている。


「……うぅ……きついぃ……」


「……はぁ……はぁ……死ぬ」


今日は特に楽しくもない、郷間達の訓練の日だ。


「いや、全然それぐらいじゃ死なんよ」


『義妹を育てろ!エンジェルハニー♡完全版』を、俺はまだプレイしていない。

其方に移るには、まず先に据え置き版を終わらせなければならないからだ。

途中で放り出して、同系統とは言え別の物に移るなどゲーマーの名折れだからな。


はやる気持ちを押さえつつも、ピリンとの楽しい日々を堪能。

もう残すは彼女のメガハッピートゥルーエンドのみ。

正にリーチ状態。


早くピリンとの素敵なエンディングが見たい。

そして早く発売前のゲームがしたい。


そんな思いからか、無駄に時間の取られる今日の訓練には少し恨み……じゃなく、熱が入ってしまっていた。


……ま、しょうがないよね。


「蓮人……30分休憩を……」


「安心しろ。今回復してやるからな」


「……っえ?」


以前までなら休憩を挟んでやっていたが、今回からは違う。

何せ水の精霊の力があるからな。

俺は素早く魔法を唱え、アクアスを呼び出す。


「お呼びでしょうか、マイロード」


「ああ、郷間の奴を回復してやってくれ」


彼女には他人の体力を回復する力がある。

便利な能力だ。


「お任せください」


アクアスが郷間に手を翳すと、彼女の手から優しい青い光が注がれ、奴の消耗を急速に癒していく。


「すげぇな。おい」


「元気になったな。じゃ、特訓再開だ」


「え!?」


下らん特訓にいつまでも付き合うつもりはないからな。

郷間にはチョッパやで強くなって貰う。

そのための回復だ。


「アクアス。凛音の方も回復してやってくれ。とは言え、凛音の方は10分休憩だ」


凛音はいつも通りで行く。

そもそも彼女には、攻撃用の能力があるからな。

郷間の様に急造する必要は無い。


「わ、私もやります」


回復した凛音が起き上って来る。


「体力は回復しても、連続は精神的に辛いぞ」


体力は回復しても、疲弊した精神はそんな急に回復する物ではない。

当然心は疲弊したままである。


「大丈夫です!私も強くなりたいから!」


大した根性だ。


「やれやれ。俺も兄として、妹にゃ負けるわけにはいかないからな」


頑張ろうとする妹を見て、郷間の奴も奮起する。

いい傾向だ。

同じ様に訓練しても、やる気の有無でその成果は大きく変わって来るからな。


これは俺の剣の師匠であった、剣聖グラントの言葉だ。

まあ受け売りって奴だな。


師匠には本当に色んな事を教わった。


戦う者の心構え。

剣の扱い。

戦場での戦い方。


緊急時に食べられる物の見分け方――は、あんまり役に立ってないか。

そこはかなり大雑把だったからな。

口に入れて舌が痺れたり溶けたりしたらそれは毒だとか、そんなもん習わなくても分るっての。


――そんな師匠の最後は、魔王を倒すための聖剣に命を吹き込む事だった。


神代の時代に世界を救ったとされる、伝説の聖剣。

その名すら失われた剣は、長き時間の流れの中で力を失いさび付いていた。


その聖剣を蘇らせるため、師はライバルであった剣帝カリバルと聖剣の復活の義――決闘を行っている。

2人の凄まじい戦いが錆び付いた聖剣に命を吹き込み、そして剣聖と剣帝、二人の達人が命を捧げる事で剣は力を取り戻した。


――世界を救うための希望の聖剣。


それを俺に託し、二人は息絶える。

だがその剣も、今や魔剣と化していた。


――俺の怒りと憎しみよって。


師匠達が命を賭けて再生させた剣を穢してしまった事を、申し訳なく思わなくもない。

だが、恐らく聖剣のままだったなら、俺は魔王に勝ててはいなかったはず。

だから二人もその事を怒ったりはしないだろう。


寧ろ師匠なら、今の俺の自堕落した姿に怒り狂う気がする。


そんな事を考え、俺は苦笑いした。

そしてエギールレーンから渡された指輪を見る。


その中に収められている魔剣――喰らう物グルメに、師匠達の魂など籠ってはいない。

剣はどこまで行っても剣でしかないのだ。

だが俺は指輪からそれを取り出し、かつての師に挨拶するかの様に握りしめた。


「お、おい……まさか訓練にその剣を使うつもりじゃないだろうな?」


それを見て、郷間が焦った様に顔を引きつらせた。

勿論訓練でこんな物を使う気はない。


だが俺はニヤリと笑って――


「ここからが本当の特訓じごくだ」


郷間を意地悪く脅してやった。

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